『ファーザー』を見た。アンソニー・ホプキンスは、ハンニバル・レクター博士の不気味さもよいが、俳優としては『日の名残り』と『ファーザー』だなと思った。『日の名残り』は30年近く前の映画なのに、現在の彼の実年齢に近い男を演じている。

映画の備忘録

先週の土曜日。ようやく『ファーザー』を見た。

アンソニー・ホプキンスをはっきりと認識したのは『羊たちの沈黙』(1991)だ。『エレファントマン』(1980)はみた記憶があるが、アンソニー・ホプキンスが出ていたことは知らない。『羊たちの沈黙』はDVDも購入しているから、かなり気に入った作品。もちろんジョデイ・フォスターの鮮烈な印象とセットだが。

ほかに印象に残っているのは執事を演じた『日の名残り』(1993)ハンニバル・レクターを演じた『ハンニバル』(2001)『レッドドラゴン』(2002)、あとは『ブレインゲーム』(2015)『二人の教皇』(2019)くらい。熱心なファンとは言えないが、大好きな俳優だ。

 

 

『ファーザー』(2020年製作/97分/イギリス・フランス合作/原題:The Father/原作・脚本・監督:フロリアン・ぜレール/出演:アンソニー・ホプキンス オリビア・コールマンほか 日本公開2021年5月14日)

 

ひとりの老人の視点と心理を描くために、映画的な技法をことさらに使うことなく、かといって同じような似ている場所を使いながらするっとそれが変わっていく。

いつのまにか老人の視点と不安な心理を追体験させられていた。

f:id:keisuke42001:20210726121426j:plain

アンソニーが現実と自分のアタマのなかのずれを何とかして一致させようとするように見ている自分も現実の不一致を何とかして統一しようとしている。しかしそれがうまくいかない。

そうしたことを全く説明なく、ただシーンが重ねられていく。

もともとは演劇として発表されたものらしいが、演劇を映画に翻案したというより、映画として愚直に表現したことが成功していると感じるのは、やはりアンソニー・ホプキンスの演技によるところが大きい。

 

見ながら何度も、認知症を患って逝った義母の言動を思い出した。10年間、生活を共にしたが、思い出すのは義母の言動以上に私自身の心理だ。

認知症の義母と50代の自分は架橋できない懸隔があると感じていたし、それが自分の言動にも表れていただろう。

f:id:keisuke42001:20210726121446j:plain

 

この映画をみながら考えたのは、義母やアンソニー(劇中の名前)は間違いなく自分の中に同居しているということだ。

 

十分に集中してスクリーンを見つめ、考えてみていたのに、最後の数分間、不覚にも記憶を失っていた。

珍しく一緒に見に来ていたMさんにラストシーンを聴いたのだが、見ていないのだからそれについて書くのはやめようと思う。

 

アンソニー・ホプキンスは、ハンニバル・レクター博士の不気味さもよいが、俳優としては『日の名残り』と『ファーザー』だなと思った。『日の名残り』は30年近く前の映画なのに、現在の彼の実年齢に近い男を演じている。

 

日本では誰が演じられるだろうか、と帰り道、Mさんと話した。

「スーさんでしょう」とMさん。

三國連太郎か、そうだね」と同意。

いまとなっては望むべくもないが。

息子ではまだまだ難しい。

 

ところで、俳優の松重豊がエッセイ集『空洞のなかみ』で、ロンドンで芝居をしたときに地元の俳優が楽屋を訪ねてきて話したというエピソードを書いている。

英語でよくわからない話をしたあと、松重は「あんたも頑張ってね」と軽くあしらったというのだが、その役者がじつはアンソニー・ホプキンスだったということが後でわかるというオチ。

 

二本とも忘れられない映画になりそうだ。

f:id:keisuke42001:20210726121503j:plain