また同じことが繰りかえされ、そればかりか今度は「おれは間違っていない!」と強弁するありさま。 恥の上塗り、である。 12000人を超える教職員をビビらせるための見せしめ処分を続けてきた報いである。 もっと丁寧にきっちりしたしごとをせい!である。

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「人事委員会裁決」に対する意見への回答書(横浜市教委)

 

前回の問題である。

2016年の体罰案件に対して出された横浜市人事委員会の決定に対する市教委の正式見解がこれである。神奈川新聞の報道は、正確に市教委の姿勢を報じていたことがわかる。

 

それにしてもこの理屈はすごすぎる。

 

たとえば殺人事件の裁判で、被告が殺人に至ったという証拠が不十分、あるいは見つからなかったので無罪とする、という判決が出た時に、

 

『裁判所は「証拠がないから無罪」と云っているが、被告によって殺人がなされていないとは云っていないのだから、無罪とは言えない』ということか。

 

なんとも言い抜けの上手な役人たちだが、基本的に「疑わしきは罰せず」の近代法の原則はここ横浜市教委では通用しないらしい。

 

人事委員会が指摘したのは、ひとこと「市教委の調査が不十分だった」ということだけ。不十分な調査に基づく処分は認めませんよ、とごく常識的な指摘をしたにすぎない。

 

おのが無能ぶりを同じ行政の公平機関に指摘されていながら、

 

体罰がなかったものと判断されたものではないと認識している」つまり「体罰はあった」と言い続けているのだ。

 

体罰あがったから処分をした。➡ 体罰の証拠がないから処分を取り消した ➡証拠はなくても体罰はあったと認識している

 

言葉が汚くなるが、お前の認識などどうでもいい、結論は「無罪」なのだ。やらねばならないのは、給与の返還と杜撰な調査で大変な迷惑をかけたという当該教員への謝罪だ。

 

出した処分が99%、人事委員会で追認されるのがこの世界の常識なのに、

この10年ほどで横浜市教委はどれだけの処分の撤回を人事委員会に指摘されてきたのか。

どれもこれも「調査が不十分」、つまり仕事が「雑」だということだ。

穴があったら入りたいほどのかっこ悪さなのに、この往生際の悪さはどうしたものか。

 

さらに高給取りの教育委員会議の委員諸氏のコメント

 

横浜市人事委員会、教育委員会の体罰処分(戒告)を取り消す。教育委員会事務局コメント「調査が不十分だったという裁決であり、体罰があったという判断が誤っていたとの認識はない」こんな理屈が通用するのか。

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土曜日の朝の空

 

 


以下の文書は、横浜市教育委員会の「記者発表」からの引用である。                

 

 

          横浜市記者発表概要

                           令和2年11月6日

                        教育委員会事務局

                        教職員人事部教職員人事課

 

                      懲戒処分に対する人事委員会の裁決(取消し)について
教育委員会は、平成28年8月1日、児童に対し、胸ぐらを手で掴み胸もとを押して叱責する等体罰を行ったなどとして、横浜市立小学校教諭に対し戒告処分を行いました。
この処分について、被処分者は平成28年10月28日付で横浜市人事委員会へ、処分の取消しを求め、審査請求を行いました。
人事委員会での審査の結果、令和2年10月28日戒告処分を取り消す裁決が出されました。
1 裁決の骨子
(1) 処分者は、本件審査請求手続において、処分対象行為の存在を認めるに足りる証拠等を提示しているとはいい難い。
(2) 体罰に関する報告書の作成に際しても、請求者の確認を十分に求めたかどうか疑義がある。
(3) 事案発生時に現場の近くにいた児童への聞き取りにおいて、合理的理由なく、児童1人のみを対象とし、他の2人から聞き取りをしていない。
(4) 請求者についても、その主張には正確性に疑義があるが、本件にあっては、処分対象行為が行われたという事実の存在を認めることはできない。
よって、本件処分は、その前提を欠くものとして違法と判断すべきであり、取消しを免れ得ない。

2 原処分の概要

 所属    小学校

 被処分者  教諭(30歳代)

 処分日   平成28年8月1日(月)

 処分内容  戒告

 概要

 当該教諭は、平成28年2月9日(火)当時担当していた学年の児童に対し、胸ぐらを手で掴み胸もとを押して叱責する等体罰を行った。加えて、当該児童に対し、言葉による暴力とも取れる発言をした。

 

3 教育長コメント
教育委員会の主張が認められなかったことについては遺憾ですが、人事委員会の裁決を踏まえ、適正に対処してまいります。
不祥事と思われる事案の対応にあたっては、事実関係の認定をより慎重に行ってまいります。

 

<参考>審査請求について
職員は、その意に反して懲戒その他の不利益な処分を受けた場合には、人事委員会に審査請求をすることができます。(地方公務員法第49条の2)
審査請求があった場合、人事委員会は、その処分の違法性・不当性を審査して、裁決(処分取消し、処分修正又は請求棄却)を行い、必要がある場合には処分によって受けた不当な取扱いを是正するための措置を任命権者に指示します。
裁決は書面により行い、当事者に送達することによって、その効力を生じることになります。
お問合せ先
教職員人事部教職員人事課 Tel 045-671-3244

 

この事案についての新聞記事。

中澤晶子さんの『ワタシゴト』の紹介、ワタシゴトとしての被服支廠保存問題。大牟田聡さんのお話。

先週の土曜日、朝日新聞広島支局の宮崎園子さんという記者から電話があった。

Twitterでお名前は知っている。フォローもしている。お子さんのことなど日々の生活と仕事を重ねて、いい感じでつぶやいている方だ。明るい人だなという印象だったが、実際に話してみると明るくアグレッシブな方。 

中澤晶子さんの『ワタシゴト』の紹介記事を書くとのこと。

最近、Zoomの授業以外で話すことがほとんどない。取材とは言っても、宮崎さん自身のことも話してくださって30分、楽しくおしゃべりした。

 

けさの中国地方4県版の記事を中澤さんが送って下さった。作品の中身がよく伝わってくる記事。拙文の一部を引用してくださったようだ。

 

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 この『ワタシゴト 14歳のひろしま』について、子どもの本の編集者のほそえさちよさんという方が、『子どもと読書』という本で、次のように紹介している。新鮮な論評。

 

「・・・修学旅行などで被曝者の話を聞いても、「ピンとこない」「よくわからない」と感想文に書く子どもが増えていると聞くが、そんな時、読んでもらいたいのが『ワタシゴト 14歳のひろしま』だ。修学旅行で広島に来た中学三年生が出会う「ヒロシマ」を五編の短編にまとめている。それぞれの中学生の実生活での心の揺れと原爆資料館にあるモノとが重なり合う。「見たくない」「関係ない」と抗うこころから始まる”揺れ”を包み込む大人の目があたたかい。」

 

 

現在の広島の「ワタシゴト」の大きなテーマ、旧陸軍被服支廠の保存問題、現地ではさまざまな取組が行われている。そのひとつに「HIFUKUSYO ラジオ」がある。

月に2回、youtube で約毎回1時間ほどの配信。

10月30日は、大阪毎日放送元プロデューサーの大牟田聡さんが、被服支廠を保存、継承することの意義についてお話している。大牟田さんのお父様は、元広島平和文化センター理事長で原民喜を顕彰する『広島花幻忌の会』の初代会長の大牟田稔さん。お父さんの影響もあって大牟田さんも原民喜に傾倒、広島を離れてからも原爆や被爆遺跡に強い関心を寄せている方。今回、独自の視点から保存、継承について自論を展開されてい

る。聴きごたえがある。ぜひ。

 

 

 

大竹しのぶ「ファイト!」11月7日の『ミュージックフェア』の幸福な時間。

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11月7日にあった『ミュージックフェア』の録画をMさんが見ているのを、となりの部屋で聴いていた。

 

中島みゆきの『ファイト!』が聴こえた。

なんだ、これは?

大竹しのぶ、だ。

 

夜、酒を呑みながら聴いた、見た。

最近とみに涙腺が弱くなりつつあるのに、酒を呑んでこんな歌を聴いてはいけない。

 

 

 

あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている
ガキのくせにと頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる
悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる

私 本当は目撃したんです 昨日電車の駅 階段で
ころがり落ちた子供と つきとばした女のうす笑い
私 驚いてしまって 助けもせず叫びもしなかった
ただ恐くて逃げました 私の敵は 私です

 

目と声に力がある。引きずり込まれる。

こちらが「あたし」にかかずらっているうちに、大竹は「私」へと一気に飛ぶ。

 「私」の敵は「私」。

 

自分への失望のやりきれなさ。

 

そしてささやくように


ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

 

と歌う。このささやきにまいる。「ファイト」は受ける光によって色合いが変わっていく。

 

 

「冷たい水の中」のイメージが歌われる。

暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光ってるのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく

勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて あいつは海になりました

海になった「あいつ」、「私」の敵は、まだ「私」なのだろうか。

 

 

朝、起きてもう一度録画を見た。

 

大竹しのぶのひとり舞台というのは通俗的か。

一点を見つめながら歌い続ける大竹は、演技に置いてけぼりを食わせて、勝手に先に歩いていく。

 

また涙腺が緩む。酒のせいではないようだ。


薄情もんが田舎の町にあと足で砂ばかけるって言われてさ
出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

あたし男だったらよかったわ 力ずくで男の思うままに
ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ

ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

ファイト!

 

物語の断片の間に差し込まれる、明るく大きな声の健康的な「ファイト」が、吐き出されたとたんやせ我慢をしているように。

「闘う」と「闘わない」は、どちらも吃音のようだ。たやすく口に出せない「闘い」という言葉。

 

間奏で大竹はギターのソロの方を見る。所在なげな視線。間がもたなそうな。

 

エンディング。カメラはずーっと引いておわる。

 

ところが、次の瞬間、大竹のアップ。何ともいえない含羞の表情。

 

歌は、ここまでがうただ。

 

久しぶりにいい歌を聴いた。

2016年の「題名のない音楽会」、藤木大地の「死んだ男の残したものは」以来かな?

 

 

 これは2017年のもの。

こちらの方が劇的な表現に聞こえる。でも、今回の方がいいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渦中にいて必死に感染を防ごうとしている人たちにとって、受診や検査のキャンセルが闘う意欲をそぎ、気持ちの張りを失くすもとだということは重々分かっているつもりだ。 しかし患者の立場からすると、いくらかでもリスクがあるならば、回避したいと考えるのも一つの判断だと思う。

ファイザー製薬が新型コロナのワクチン製造に目途がたったと発表。今、世界中がこのワクチンで浮足立っている。

 

日本は11月に入って感染者が増えてきている。北海道、東京、神奈川も。

 

横浜では二つの病院でのクラスターが報じられた。鶴見のさいわい病院と青葉台昭和大学藤が丘病院。

藤が丘病院は10月24日に看護師1名が陽性に。26日に緊急搬送の80代の方が陽性反応。濃厚接触者80人を検査したところ患者4人が陽性。11月3日には患者1名。6日に患者10名職員4名が陽性に。11月7日7人増え、合計17人が新型コロナに感染。この時点で県版だけでなく、東日本版でも報じられた。

10日現在、感染者は患者15名職員4名の合計19名となっている。

 

数字的にはさいわい病院の方が多いのだが、関心はやはり藤が丘病院。

私は10月28日に、大腸の精密検査の件で受診。経緯についてはこのブログでも書いた。

病院の入り口でのチェックはかなり厳しいものだった。

 

検査の予定は12月10日。あと1か月もある。

 

年齢のことを考えると、2時間程度の検査とは言え、気にならないとは云えない。

年齢も含めいろいろ考えた末、検査をキャンセルすることにした。

 

昨年7月、早期胃がんで入院、手術。短い間だったが、ドクター、看護師の方々にはとっても良くしていただいた。

それなのにここでキャンセル。彼らが闘っているときに逃げ出すようで、なんとも後ろめたい。

 

検査室に電話。

「年齢のこともあって今度の検査をキャンセルしたいのだが」

一瞬だが、先方の女性が緊張する空気が伝わってくる。

キャンセルが相次いでいるのかもしれない。

少し待てと言われた。私のカルテを確認しているようだ。

 

「わかりました。12月10日をキャンセルですね。そうしますと1週間後の診察もキャンセルになりますね」

「はい」

「それでは、また少し経って予約し直してください」

「いや、今回はそちらでは検査を受けないつもりです。精密検査自体はなるべく早くやりたいので」

「そうですか」先方のトーンがまた少し低くなる。

胃がんの手術の2年めの検査を4月にすることになっています。その時はまたお世話になります。○○先生によろしくお伝えください」

「はい、わかりました」と電話が切られる。

 

互いに「コロナ」という言葉はひとことも出さなかった。

 

渦中にいて必死に感染を防ごうとしている人たちにとって、受診や検査のキャンセルが闘う意欲をそぎ、気持ちの張りを失くすもとだということは重々分かっているつもりだ。

 

しかし患者の立場からすると、いくらかでもリスクがあるならば、回避したいと考えるのも一つの判断だと思う。

 

 

 

朝、電話で確認したにもかかわらず、ワクチンが欠品となって窓口で断られたインフルエンザの予防接種。Mさん、あちこち調べて、都筑区に予約なしで摂取できる医院を見つける。

9日に受診。接種を受ける。診療科目に内視鏡内科とあったので、急遽院長に取り次いでもらい相談。ここで検査することに。結果的に検査日は2週間以上早まった。

 

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11月8日朝日新聞

 

 

 

萩生田大臣の『修学旅行にGoToを』は、国策推進のために「他人のふんどし」を使って、学校や児童、生徒を効率よく利用しようという試み。この呼びかけでまた現場はいらぬ問題を抱え込むことにならないか。

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グランベリーパークのくまの親子(散歩の途中で)


文部科学省新着情報メール配信サービス」を登録している。無料である。

大変な分量だから、毎回は読まない。

気が向いたり、気になることがあるとさかのぼって見てみたりする。

 

フォローしているTwitterで、GoToトラベルと修学旅行の関連がツイートされていた。

それで11月4日の萩生田文科大臣の定例会見を見てみた。すでにテキストになっている。

 

記者)
 Go Toトラベルの関係で伺うんですけれども、観光を主目的としない旅行が除外される方針が出されていますけれども、今後ですね、修学旅行、積極的に使ってほしいというふうにおっしゃっていたと思うんですが、同じように、対象からいずれ外れていったりとかしないかというので不安を持たれているところもあるみたいなんですけれども。何かもう、政府の方で擦り合わせができているようであればお願いします。

大臣)
 このGo Toトラベルを始める前からですね、学校の修学旅行は、このGo Toトラベルの対象にしてほしいということで、国土交通省観光庁としっかり擦り合わせをして始めましたので、将来的にも、修学旅行が外れるということはございません。安心して使っていただきたいと思います。で、あの、色んな自治体がですね、文科省のメッセージも受けて、知恵を出していただいていることに感謝したいと思います。一度中止をした自治体が、改めてですね、旅行会社などとも検討しながらですね、日程を短くしたり、場所を近くにしたりしながら、何とか、代替の修学旅行を実施していただいている事例をたくさん聞いておりまして、繰り返しになりますけど、3月31日までが学期なので、仮に、卒業式が終わった後であってもですね、6年生や中学3年生、ぜひ、修学旅行に代替するようなイベントをですね、やって、集団活動の総仕上げをしていただきたいなと、そう期待をしています。

事前に質問を出しているのだろう、大臣は立て板に水を流すがごとしだ。この後のやりとりはなし。とりあえず言っておこうということだ。

 

GoToトラベルが会社の出張など観光目的外の利用がなされることに対し、国交省などがストップをかけ始めている。

修学旅行も観光目的とは言えないということから、記者は「いずれ対象から外れて」いくのではないかという危惧があっての質問だったようだ。

 

萩生田大臣は、関係省庁としっかりすり合わせをしているから、修学旅行がGoToから外れることはない、いったん中止したものでも代替行事として、卒業式のあとでもいいから実施してほしい、と云うのだ。

 

なんだか萩生田大臣、いつもだけれど、いい人みたいに見える。

でも、そうだろうか。

 

これって国策推進のために「他人のふんどし」を使って、学校や児童、生徒を効率よく利用しようという試みではないのか。

 

GoToは、コロナで冷え込んだ経済を1兆1千億円以上をつぎ込んで、各地にどんどん観光旅行をしてお金を落としてほしいというものだ。

 

一方でブレーキ(自粛)をかけながら、アクセルも同時に踏むという綱渡りのような国策。

 

その中に修学旅行を置いてみる。

修学旅行の目的は観光か?

実質的にそうなってしまう学校もないわけではないが、修学旅行は学習指導要領(特活)の一環である。勉強の一部だ。

 

それを文科大臣が「目的は別として、せっかく使える予算があるんだから、うちも便乗させてもらえるよう話をしておいたから」と、したり顔で云うのだ。

 

一年以上も前から事前学習に取り組み、時間をかけて準備してきたものを、この春、苦渋の決断で断念した学校が多い。

 

学年4クラスならば人数は最大160人だ。5クラス以上ならば200人を超える。

そんな集団が、首都圏からバスや新幹線に乗って移動、目的地までかなりの移動時間を要して向かうことに危惧と不安をおぼえないわけにはいかない。

万一、コロナを発症したらクラスターとなることは間違いない。

 

自分たちだけでなく、行先にも迷惑をかけることになる。そのうえ、100人の生徒には健康上の問題を抱えている生徒も少なくない。

何度も何度も議論をしたうえでの決断だったはずだ。

 

それがここにきて、短くしてもいいから、近くてもいいから、GoToを利用して!と文科大臣が言うのだ。

 

お金が安くなる、それなら検討してみようかとなるだろうか。それほど現場が見識がないとは思いたくない。

 

いったい全体、これはお金の問題だろうか。

 

GoToを利用して出かけて、万一のことがあっても、文科省は責任などとるはずもない。

出かける責任は当該の学校にある。

 

しかし「やらない」と決めたものでも、「いやいやぜひGoToを利用して」と大臣が言えば、気持ちが揺らぐ。子どもはもちろん、保護者も大臣がああ云っているなら行かせてあげたい、くらいの意見はたくさん出るだろう。

 

全国的に「修学旅行が(ほとんど)ない」という、たぶん戦後一度もなかった事態にあって、

「出来れば行かせてやりたい」は、人情である。

 

しかし、何か、不慮の事故で中止したわけではない。コロナ禍は終わったわけではないのだ。冬に向けて大きな第三波も予想されている。インフルエンザだってある。

 

そんな時に目的外使用の予算で「さあどうぞどうぞ」は、学校や生徒のためというより、どちらかといえば、経済を回すという国策を優先させた非情な呼びかけではないのか。この呼びかけでまた現場はいらぬ問題を抱え込むことにならないか。

 

他省の予算に便乗して、現場の決断を揺らがせるようなことをしてはならないと思う。

 

卒業式が終わってからでも?よく云うとおもう。

 

現場がどんなところか分かっていない人の発言である。

これから3月にかけて学校がどんな異様な状態になっていくか。入試に関わる異常な事態だけでなく、卒業式すら今春同様どうなるか分からない状態。授業の中身だって終わっちゃいない。来年に、というわけはいかない。

 

予算はありますからどうぞどうぞ、は、管轄省庁としての、その大臣としての見識のなさを露呈した発言だと、私は思う。

 

萩生田大臣のいい人ぶりの発言は、しっかり眉唾をつけて聞かなければならない。

 

 

 

 

11月5日 カワセミ、ホバリングから急降下で小魚を捕る

5日、快晴。抜けるような青空というのはこういうのを云うのだろう。

富士山は、青みが消えて真っ白に。秋、深まれりである。

 

この日、カワセミの狩りをじっくりと見た。

 

川の中に流れてきた木の枝などが引っかかって、止まり木のようなものがいくつかできている。

どれも水面から50㎝ほどの高さだが、ここにカワセミがよく留まっている。

 

きのうも、やや大ぶりのカワセミがエメラルドグリーンの背中を見せて留まっていた。

 

こちらの期待とは裏腹に、まったく身じろぎもしないであっと思う間に飛び去っていくことしばしなのだが、この日は違った。

 

 

思いがけず突然、飛び上がった。飛びだつのかと思った瞬間、水面から6㍍ほどのところでホバリング

 

わたしたちが歩く遊歩道は水面から3~4㍍。そこに私の身長を足すとちょうど

ホバリングが目の高さで見える。

声を上げずにじっと見る。羽は細かく高速で動いているが、アタマは全く動かない。

 

長い。けっこう長い。ものの本にはカワセミホバリングはせいぜい1秒か2秒とある。

けさは少なくとも10秒以上は続いた。

 

と思っていると突然、急降下だ。

しかし、水面すれすれでアタマを持ち上げ、また止まり木に。

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写真はネットから拝借しました。

これで今日は終わりかと思っていると、2回目のホバリングが始まる。

今日はついている。

ホバリングが見られるのは、せいぜい1年に1回。

 

また急降下、そして今度も水中突入は回避。止まり木に。

いくらなんでももうないだろう、でもいいもの見たよね、と話し歩き出そうとしたところに、なんと3度めのホバリング

 

今回も長い。青空の下、空中の青が鮮やかに輝いている。

 

陶然と見とれてしまう。

 

そして三度目の急降下だ。一瞬、小さなしぶきが上がる。

見ると、躰ごと水の中に入ったかと思うと

スバやく止まり木に戻ったときには、銀色の小魚が口元で激しくはねている。

 

いつもカワセミの狩りは、水面近くの葦に留まったところから始まった。

ホバリングからの狩りを見たのは初めて。

 

これほど見る者の心をつかまえて離さない鳥も珍しい。重いカメラを抱えて毎朝足を運ぶ人の気持ちもわからないではない。

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ネットから拝借しました