幕内初めての決まり手、送り掛け。

 大相撲9日目。

 

貴景勝は一昨日再出場して碧山に引かれて負け。昨日から再び休場。不戦勝となった栃ノ心、先場所貴景勝に敗れて大関陥落、貴景勝は優勝を決めて大関昇進。明暗のくっきり分かれた取り組みだった。

 

今場所栃ノ心は、10勝をあげれば大関に復帰。このままいけばほぼ復帰は確実。貴景勝が復帰のための後押しをしたことになる。

 

明け方、ダイジェスト版を見る事が多い。味わいはないが、それなりに楽しめる。

きのうおもしろかったのは千代丸と照強。からだの大きな千代丸の後ろに回った照強、牛から千代丸の左足に内側から足をかける。これがものの見事に決まり、千代丸は倒れる。

アナウンサーは間髪を入れずに「送り倒しで照強の勝ち」、場内発表も同様のアナウンス。しかしあとになって「送り掛け」に変更される。2000年12月に追加された決まり手だとか。幕内では初めての決まり手。幕下では、この照強の付け人の翠富士が2017年に決めているという。

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もう一番、妙義龍と高安。高安の一方的な相撲にみえたが、妙義龍が簡単には落ちずに大相撲に。結果は高安の勝ちだったが、見応えのある一番だった。

 


気になる服部桜。今朝の朝刊の「県内の力士」欄を見ると、一番下に白星が見える。「勝ったのか?」と思ったが、よくよく見ると同じ「桜」の付く山本桜の間違い。1勝4敗。一段上に東序の口33枚目の服部桜、5敗。

 

山本桜は西序の口34枚目、正式の名前は山本桜友己守(やまもとざくら・ゆきもり)、初土俵がついこの間の3月場所。横須賀出身。序の口34枚目は番付の一番下。式秀部屋所属。師匠は北桜

 

はてこの師匠、あまり印象にない。記録をみると最上位が前頭9枚目。幕内の戦績が70勝110敗。通算12場所2年間の幕内生活を送った力士のようだ。

 

服部桜もこの式秀部屋。この部屋の力士の多くがしこ名に『桜』が付く。まだ関取はいない。最上位の力士が三段目。新興の部屋のようである。

それにしても服部桜は勝てない。デビューから22場所。2勝143敗である。

 

 

 

5月20日、卒業生のAさんとお昼を食べる。5年ぶり。27歳になる。会った瞬間に、変わったなと思う。目に力があって、生き生きしている。


居酒屋のランチもいいですよ、ということで、『NIJYU-MARU』という居酒屋へ。

 

和定食中心だろうと思ったら、洋食・和食からアジアンテイストまでバラエティに富んだメニュー。これは客を飽きさせない。

 

 

Aさん、あちこちにぶつかりながら、ようやく拠って立つ場所を見つけたようだ。

前回会ったときに比べ、なにしろ表情が明るい。

具体的には書かないが、長い間生きづらさを抱えて、あちこちに頭をぶつけながら10代から20代を過ごしてきた。「いま、一番幸せだと思う」と云える表情が輝いてみえた。変われるというのはすごいことだなと思う。

話は多岐にわたったが、映画の話題でも盛り上がる。

 

夜、大学時代の友人K君とYさんと上大岡で呑む。二人は大学以来のカップル。近況に始まり、いつものことながら、話題は映画から詩や短歌、小説などに。

K君、朝日新聞の投稿歌壇に何度か選ばれているという。互いに国文科卒とはいえ、私などは文学とは遠いところで生活してきたが、40年以上を経て、短歌の実作に意欲的に取り組んでいるK君、尊敬に値する。

 

お土産に、復刊された桐山襲(きりやま・かさね)『パルチザン伝説』(2017年)をいただく。初版が1984年。読んだ記憶がある。今読めばどんな感興があるのか。帯は古川日出男星野智幸。時代は変わっている。

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私のお土産は、鈴木常吉のCD。Yさん「ああ、あの深夜食堂の…」。そう、テレビドラマと映画『深夜食堂』『続・深夜食堂』の音楽を担当し、佐藤泰志原作の映画『オーバーフェンス』に出ていた鈴木常吉さん。

 


雨もよい。夕方から雨との予報が出ていたのに、傘を持ってこなかった。地下鉄から湘南台で乗り換え、中央林間に着いたらざんざん降り。行列をつくるタクシー乗り場の屋根の切れ目。濡れる。寒くないから助かる。

 


15分ほど待って乗ったタクシー、珍しく会話になる。拙宅近くの民家レストランのシェフで経営者といとこ同士とのこと。このお店、何度か入ったことがある。シェフは元品川プリンスホテルのシェフとして長年働い方だそうだ。

 

https://youtu.be/lvp1jE4Ou1c?t=20

 

お店の前に無人の野菜販売所がある。この野菜をつくっている方もいとこのようだ。ここからも時々を買う。

 

タクシーの運転手さんとつながることもある。

大学等修学支援法(高等教育無償化法)の成立・・・法案名には、政治家と官僚の悪知恵が隠れている。

先般、働き方改革法のなかで、高度プロフェッショナル制度の導入が決まった。

数年前に廃案となったホワイカラーエグゼンプション制度とほぼ同じもの。

 

ネーミングの変更は官僚の悪知恵の産物。

 

中身は同じでパッケージを変えただけの代物。

年収1075万円を超える専門職を対象に、労基法の時間規制を外す、つまり有能な高給取りサラリーマンには、残業手当という制度はなじまないから残業手当は支払わないという制度だ。


こうした法案が、ネーミングを変えてどさくさのうちに通ってしまう。現在の国会ではよくあること。まっとうな議論は避けられ、数と雰囲気で簡単に通ってしまう。


すでに裁量労働制や変形労働時間制によって、雇用者が法定残業代を支払わなくてもすむ制度が先行しているが、いずれも労基法の法意を捻じ曲げるもの、

 

高プロと云いながら、近い将来には年収限度が引き下げられ、対象職種が拡大するのは目に見えている。今や労基法は換骨奪胎法ともいえるのではないか。
 

 

国立を除く公立の教員の場合、あらかじめ給与の4%が上乗せされ、残業代は支払わないという制度が1971年から導入されている。これはよくよく眺めてみると高プロ(中プロ?)の先取り法であることがわかる。


この4%の名前が教職調整額。ネーミングのおかしさはあまり指摘されない。何が調整されているのか意味不明である。

 

この1月に出された中教審働き方部会の答申では、この制度、「堅持」との方針が盛られている。「4%」という数字すら検討しないのである。

 

私立高校などでは、同様の制度を導入しているが、4%は6%や8%あるいは12%としているところもある。労働実態からすれば、4%が現実の労働と引き比べた時、ほとんど意味をなさないことは明らかだから、こうした措置も出てくる。

 

ともあれ、意味をなさない教職調整額だが、給特法の正式名称もまた意味不明である。「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」。
 

特別措置法とは何か?

一般には「緊急事態などに際して現行の法制度では対応できない場合に、集中的に対処する目的で特別に制定される法律」とされている。基本的には「期間や目的などを限って対応するために特別につくられる法律」のことで、イラク復興支援特別措置法や福島復興特別再生措置法などがそれにあたる。
 

この法律成立から48年が経つ。「特別措置」が半世紀近くも続いているのは明らかにおかしい。
  

さて5月10日、大学修学支援法が参議院を通過、成立した。

 

いわゆる高等教育無償化法である。

 

このネーミングも詳細を見てみるとかなり怪しいことがわかる。

 

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実は「無償化」でも何でもない。中身は住民税非課税世帯などの低所得世帯の学生に対して入学金・授業料の減免措置と給付型の奨学金を支給するというものだ。

この法律のおかしなところは、今まで減免を受けていた学生が支給を打ち切られるという事態が生じること。文部大臣も「そういうこともある」などとしている。どこが無償化法か。
さらに無償でもないのに、資格だけはうるさい。

ただじゃ金は出さないぞ、だ。

高校卒業後2年までに入学した者と限るなどという用件がある。おかしな話である。生涯学習をうたってきた自民党の文教政策とも矛盾する。

 

さらにおかしいのはこの制度、学生個人に対しての支援ではなく、入学する大学に対してさまざまな条件が付いているところ。「無償化」という実態とは違う名前を付けて「良いこと」をしていると見せかけて、実は大学そのものに規制をかけようとしている。いわゆる「実践的教育」を行っている大学だけにこの制度が適用されるというのである。


具体的には実務経験のある教員の授業が1割以上あることや外部人材を入れている大学などの諸条件があり、これらを満たした大学を「確認大学」と認定して、学費を支援するというのである。

 

それで合点がいった。

 

昨年、大学から私のような一コマしか持たない非常勤講師に対してさえ、実務経験云々の「調査」があった。「確認大学」云々とは書いてなかったが、つまりこの制度の適用を受けようとする大学側のアクションだったことが、今にしてわかる。

 

「高等教育無償化法」、実は低所得者層の子弟を人質にした大学改悪法でもあるのだ。

 

確認大学で輩出される学生は、誰が望んだどのような人材か。そこに学問の自由や大学の自治はあるのか。
 

法案名が法の本質をあらわしているとは限らない。法案名には、政治家と官僚の悪知恵と隠れている。

 

 

 

【見逃し映画と暇つぶし読書の覚え書き③】[『サバ―ビコン』『The Upside人生の動かし方』など


『サバ―ビコン 仮面を被った街』(2017年・アメリカ・104分・監督ジョージ・クルーニー・主演マット・デイモン

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不思議な映画である。

 

1950年代のアメリカ、人工的につくられた白人だけの街サバ―ビコン。ここに住むガードナー一家が物語の中心。

ガードナー(マット・デイモン)は、中堅会社の幹部のようだ。しかしお金に困っている。

妻のローズは交通事故(単なる事故なのかそうでないのか、よくわからない)で車いすの生活、1人息子ニッキーの3人家族だが、ここにローズの姉のマーガレット(ジュリアン・ムーア一人二役)が同居して3人の生活を支えている。

 

白人だけが住むこの街に、ある日黒人一家マイヤーズ家が移り住んでくる。彼らの家はガードナー家と裏庭でつながっている。

ローズの勧めもあってマイヤーズ家の息子とニッキーはすぐに仲良くなる。ありがち。

しかし、街の人々はこの黒人一家に対し激しい憎悪を抱き、集団心理が暴走、最後にはマイヤーズ家を焼き討ちしてしまう。


これは1957年にペンシルベニア州レヴィットタウンで起きた人種差別事件が下敷きになっているとのこと。この事件を背景に、ガードナーが引き起こす保険金殺人事件が重ねられる筈なのだが、これがまったくつながっているように見えないのが不思議な点だ。

 

黒人差別の描き方は、今ではどうなの?のレベルの観念的な差別論。今の時代にこういう事件を映画化することにどれだけの意義があるのかと考えてしまう。


今年のアカデミー賞作品賞の『グリーンブック』を高くは評価しないが、長いアメリカの歴史の中で、縦横に入り組むさまざまなルーツを持つ人々の関係性の中に、差別のありようを見ようとしている点は理解できる。それは現代に通じる普遍性を帯びている。

『サバ―ビコン』はどうか?

題材をどの時代に取ったとしても、問題を現代から解き明かす際には、その時代と現代をつなぐなんらかの「補助線」が必要だと思うのだが、この映画は反黒人差別という観念的で骨がらみの主張で終わっていて、成功していないように思えた。

 

暴徒と化す人々の心情に分け入ってもいないし、マイヤーズ家もただただかわいそうな被害者として描かれている。わざと?

 

一方の保険金殺人事件はというと、これもなんだかよくわからない。マット・デイモンはじめそれぞれの登場人物の内面がちっとも描かれず、複雑な(でもないか)利害関係と性急な展開だけが淡々と描かれる。マット・デイモンの起用の意味がわからない。

唯一狂言回し役のニッキーの心情が伝わってくる。ニッキーだけが現代とつながっているような?が、彼を取り巻く状況があまりに絶望的なのに、ニッキーはけなげすぎてリアリティを欠いている。

 

マイヤーズ一家排斥運動の陰で行われるガードナーによるローズの嘱託殺人、二人の犯人は面通しでニッキーに顔を見られたことを理由にニッキーにも刃を向ける(ガードナーとマーガレットは面通しで、この二人は「犯人ではない」と断言、ニッキーは「なぜ犯人だと云わないのか」と父親と叔母に不信感を抱く)。

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マーガレットは新たなガードナーとの生活に邪魔となるニッキーを毒入りのサンドウイッチで殺そうとする。

 

ガードナーもニッキーを少年士官学校?へ入学させて、遠ざけようとする。

 

そこにガードナーとマーガレットの保険金詐取を目的とした嘱託殺人に対し、かまをかけて暴き、金をゆすろうとする保険屋が登場する。

この保険屋を殺そうと画策するガードナーとマーガレット。そしてガードナーは保険屋を殺してしまう。

さらには嘱託殺人の犯人らはガードナーに対価を払えと迫る。追いつめられ、破滅へ向かうガードナーとマーガレット。

 


どれもが計画性がなく、したがって簡単に破綻していく。皆が皆、簡単に破滅の方向に向かっていく。

重ならない二つの事件、暴動も保険金詐取、も同じような構造であることに気づく。

 

どちらも、だれも止めない、それどころかどんどんエスカレートしていく。暴徒集団もガードナー家のふたりも同じだ。


ポスターから感じられる無機質な奇妙さとこれはつながっているのか?


初めは、国連のピースメッセンジャーを務め、政治活動にも熱心だというジョージ・クルーニー、リキが入り過ぎっちゃったのかな、と。理念が先行して、映画としての面白味が消えてしまっているよと考えた。

 

そうとも言えぬ。

 

ジョージ・クルーニーマット・デイモンもあえて破滅に向かう様を淡々と描くことで、人間がもつ理性では測れない不可解さ、不気味さを表そうとしたのかとも考えられる。観念的ともとれる差別論も織り込み済みか。

映画として成功しているか?と問われれば、不気味ではあるけれど、「否」と答えるしかないのだが。         (TSUTAYA

 

『The Upside人生の動かし方』(2017年・アメリカ・118分・監督ニール・バーガー・主演ケヴィン・ハートブライアン・クランストンニコール・キッドマン)

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 『最強のふたり』(2011年・フランス・原題:UNTOUCHABLE)のパクリかと思いながら見た。パクリにしては主演3人の名優の演技が魅力的でとっても自然。アメリカに舞台を移したリメイク版。3人の演技はそれぞれ際立っていて素晴らしい。よく出きているのに、既視感が先行し見終わったあとの満足感、充溢感は『最強のふたり』に及ばない。なぞるだけではパクれないものが本家版には確かにある。

邦題はいずれも不可。(Amazonプライム

『シャボン玉』(2016年・日本・108分・監督東伸児・主演林遣都市原悦子

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 封切り時に映画館で何度も予告編を見た。「見なくていいな」と思った映画。「恵まれない少年が罪を犯して逃げ込んだある山里で、ひとりのおばあさんとの心温まる交流を通して人間らしい心を取り戻していく」といったありがちなものにみえた。実際にみて、やはりそういう映画だった。みなければいいのにとは思ったのだが、市原悦子をみてみたかったのだ。
 全体に演出が過剰。地元のお祭りをかみ合わせているが、こういうのはうまくいかないとしらける。この映画でもほとんどかみ合わせが効いておらず、なんだかなあと思った。なにやらストーリーと関連付けているのだが、田舎への愛着の押し付けを感じる。

『羊の木』(2018年)などの田舎の取り込みの方が鮮やかに思えた。
主演の林遣都はややスケールが小さい。訴えてくるものが弱い。もっとギラギラしたものがあるといいなと思った。市原悦子は上手い。しかし演出なのかそれとも記録係のミスなのか、時々年齢が一定しないシーンがある。雑。綿引勝彦のシゲじいは威厳がありすぎ。意味もなく猟銃を見せびらかしている。リアリティなし。唯一印象に残ったのが市原悦子の息子役を演じた相島一之。息子役にしてはやや若い設定だが、狂気を演じるに迫力がある。もっとみてみたい役者である。
何とか最後まで見通した。(Amazonプライム

 なかなか「暇つぶし読書」までいかない。

 

 

 

 

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禁酒は・・・しない。まだ。

 友人から、検査結果が出るまで禁酒ですか?というメールをもらう。結果が出れば禁酒もあろうが、結果待ちで禁酒しても大勢には影響がないと判断。他人には厳しいが自分にはかなり甘い。


 11日、41年前、中2の担任をした島根・松江在住のM君夫妻と二俣川で呑む。

 住む人のいなくなった自宅の売却のため、手続きと家の中の整理に帰省しているとのこと。 

 

 住宅地ゆえこれといったお店のない二俣川。ぶらぶら歩いて小さな繁華街で「鶏匠」というお店に入る。午後、ネットであたりをつけて予約をしようと電話をしたお店。不在だったので予約は出来なかったが、口開けすぐで空いているようなので入る。

 テーブル席8席、カウンター席5~6席の小さな店だが、丁寧な料理ぶりで、感じが良かった。

 私は、ふだん焼鳥をたれで食べることはほとんどしないのだが、コースで出てくる一本一本が工夫を凝らしたたれの焼鳥。うまかった。


 二人からのおみやげに、陶芸家である奥さんのNさんが焼いた夫婦(めおと)マグカップをいただく。前回は素敵な蕎麦猪口とお皿をいただいた。恐縮である。今回のマグカップも同じ色使いの素敵なものだ。私の写真があまり巧くないので、良さが十分に伝わるかどうか。写真より実物の方が数段おもむきのあるもの。

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 Nさんは、M君と私のつながりを面白がっているようで、話は大いに盛り上がる。教員になって3年目。前年に日教組系浜教組を脱退して、出来たばかりの少数組合に友人と二人で加入した。70人を超える職場では浮きに浮き、肩ひじ突っ張って教員をやっていたころだ。学校の中は管理―反管理というわかりやすい対立構造に、生徒も教員も分かれていた。今でいう、ブラック校則華やかなりしころ。
 

 途中、Kさんという同じクラスにいた同級生が話題になる。彼女とは断続的に数年に一度会う。M君「会いたいなあ」と云うので、電話をしてみる。いろいろ話をしていうちに、1時間半ぐらいかかるけど「行く」とのこと。


 4合瓶の宮崎の米焼酎「吟香鳥飼」(焼鳥屋だから?)を、M君と二人で一本あけていったんお開き。


 3人で駅まで迎えに行く。M君は、「Kさんはたぶんぼくのことをわかるはず」と私たちと離れて改札口近くで1人で待っていたのだが、改札口を通ったKさん、彼の前をスルーして、私たち二人のところまで来てしまう。


 彼らは40年ぶりの再会。Kさんはほとんどかわらないが、M君はそれなりにおっさんしているぶん、わからなかったようだ。再会を喜ぶ二人は、まるで子どものよう。
 

 駅ビルのカフェのようなところで2次会。一気に時間が40年前に戻る。NさんはもちろんKさんとは初対面なのだが、楽しそうに話している。
2時間ほどの二次会、今度はビールが中心で。談論風発、楽しい時間だった。


 さて駅に着いても、もうバスはない。タクシーを待つこと15分。なかなか醒めない酔いを紛らせながらの帰宅。とは云っても、待っているのはらいだけ。ケージの中から激しく鼻を鳴らしている。

 深夜の抱擁。一人暮らし5日目の深更である。

内視鏡検査(胃)の話…眠っているうちに

5月10日

 ひとりでの生活が3日目になる。

 

 らいが早朝から散歩に連れて行けとケージの中からくうんくうんと鼻を鳴らしている。

 

 いつもなら二人の朝食後にいっしょに散歩に出かけるのだが、今日は朝食抜き。することもないので、いつもより1時間半も早く、5時ごろ出かける。

 気温14度。風なし、湿気なし。明けたばかりの空は、澄み切って濃い青だ。空気が朝の精気を含んで澄んでいる。

 

 らいは定期便?が終わるとすぐに帰りたがる。こちらも胃の検査が8時という早い予定のうえに、目指す医院は藤沢市。バス、電車を乗り継いで小一時間かかる。お互いの都合が合致したため、散歩はショートパターンで終えることにする。

 


 本日、夫婦そろっての胃の内視鏡検診。つれあいは上星川の次女の家から出かけてくる。次女が3日に2人めの男児を出産、その家事手伝いに行っている。


 久しぶりに出勤時間の電車。下りの小田急線各駅停車江の島行き。沿線に私立の小学校が多いせいか、小学生が目立つ。ほとんどの人がスマホを眺めている。上りの新宿行きに比べれば、穏やかな空気の車内。途中、急行に乗り換えもできたが、そうせずに藤沢まで各駅に。

 

 胃カメラの検診は初めて。先日ピロリ菌の検査をしたところ、陽性という結果に。尊敬するかかりつけのI医師は「ピロリ菌除去をする前に、一度内視鏡をやっておいた方がいいかもしれない」とのたまった。からだのことはすべておまかせしている彼に言われれば考えないわけにはいかない。

 

 定期健康診断のバリウムの胃検査は、事後の気持ち悪さから50代以降ほとんどパスをしてきた。内視鏡など想像すらしたことがなかった。

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すこし前の庭のコデマリ


 I医師がいうには、「眠っているうちに終わりますよ」とのこと。

 

 内視鏡の扱いには医師それぞれ上手、下手があって、下手な人にやってもらうと大変なことになる、上手な人だとほとんどえずくことなく終わるといった話は聞いたことがある。それが今では「眠っているうちに」終わるとの話に、逡巡することなく了承してしまう。


 その日、そのままI医師が紹介してくださった内視鏡の専門医O消化器科へ向かう。

 いくつかの医院が入ったビルの3階。メディカルビルというのだそうだ。こういうビルが増えているような気がする。

 エレベーターを降りるとすぐにエントランス。明るくて清潔そうな院内。

 待合室に坐っていると看護師や看護助手の人たちが行きかうが、かなり人数が多い。

 検査で訪れる人が多い医院と聞いていたので納得。

 

 勢いでここまで来てしまったが、本当に「眠っているうちに」なのか、まだどこか半信半疑のところがある。O医師の診察のときに再度確認する。O医師は「眠っているうちに、あっという間で終わりますよ」とこともなげに云う。間違いないらしい。


 当日の準備等については看護助手の方からと「カウンセリング室」に通される。一坪半ほどの広さの狭い部屋。向かい合わせにソファが置いてあって、片方に私たち二人が坐る。

 20代と思しき若い看護助手の女性が入ってくる。当然向かい側のソファに坐るかと思ったら、書類を私たちにみえるようにかざしながら膝をついて説明をする。そこまでしなくとも、と思う。

 立て板に水を流すように説明が続き、署名をする。しかしまだどこかに一抹の不安がある。「眠っているうちに」はほんとうにほんとうなのか?

 

 「あの、あなたは内視鏡やったことあるんですか」。

 バンジージャンプをする人の安全ベルトの確認はするが、自分では飛んだことがない、そういう人にあの恐怖はわからない、私は飛んだことはないけれど。

 

 藪から棒の私の質問に、彼女はひるむことなく笑みを浮かべながら応えた。

「はい、この間やりました。なんか寝言を云ってたよって言われました」。

寝言か、リアリティがある。間違いない。「眠っているうちに」だ。

 

 

 そして今朝。8時の受付のあと、ほどなく検査室に案内される。ここの診療時間は9時から。こうした検査は診療が始まる前にやってしまうようだ。

 

 ベッドに横になる。メガネを取られる。胃の中の泡を消す薬というものを飲まされる。鼻の穴に3種類の薬を注入される。苦い液体が口の中に入ってくる。

「飲んじゃっていいですよ」

 左腕に点滴の針を刺される。

 

 「薬を入れるとすぐにねむくなりますからね。前の方が終わったらすぐに始めますの  で」。

 

 からだを横にして目をつぶる。

 眠くならない。

 検査室から女性の「おええ、おええ」と激しくえずく声が聴こえてくる。

 まだ眠くならない。

 遠くから「終わりましたよ」の声。女性の検査が終わったようだ。いよいよ私の番。

 しかし眠くならない。麻酔が効かないのか?

 

 「○○さん、では入りますよお」の声に、「まだ眠くならないんですけど」。
 

 「はい、まだ薬、入れていませんから。薬は検査室で先生が入れますのから」。なんだそうだったのか。針を刺しただけだったのか。自分の勘違いに可笑しくなる。


 O医師が入ってくる。名前を確認し薬を入れる。言われてみればこの順番だ。

 

 目が覚めたときには先程の隣の部屋。検査は10分ほどで終わったらしい。

 入れ替わりにつれあいが名前を呼ばれているのが聞える。

 

 少しふらふらするが、気分は悪くない。歩いて待合室へ。

 

 長年、おびえ続けてきた内視鏡検査。ここまで受けずに引っ張ってきてよかった。楽ちん、楽ちんである。

 しかし問題は検査ではない、結果だ。しかしそんなものを詳しく書かれても読まされる方は気詰まりだ。

 「無罪放免」ではなかったということだけを書いておこう。

 つれあいは「完全無罪」。

 

 私だけが次の来院予定を確認されたことは云うまでもない。

 

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上野の西洋美術館で (4月25日 ここは撮影OKである)

【見逃し映画と暇つぶし読書の覚え書き②】[「食べる女」「散り椿」「1987 ある闘いの真実」


 『1987 ある闘いの真実』(2017年・韓国・129分・原題:1987: When the Day Comes・監督チャン・ジュナン・出演キム・ユンソク・ハ・ジョンウ)★★★★★

https://youtu.be/1YkPGGn5e6U


 昨年公開された『タクシードライバー 約束は海を越えて』は光州事件を扱ったものだが、本作は全斗煥政権下での民主化闘争を題材としたもの。どちらも自国の暗黒の歴史をきちんと残そうとした映画。かといって骨がらみにならず、キャストの素晴らしさも相まってすごい映画になった。


 私は1988年春に初めて韓国を訪れた。ソウルオリンピックの半年前だ。ソウルの街は発展途上のエネルギーを感じさせたが、ソウルまで釜山から北上していったのだが、そこでみた地方は、日本の1960年代前半のような雰囲気が残っていた。日本からは妓生目当ての買春ツアーが盛んな時期だった。

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 日本人旅行者に対する韓国の人々の目は厳しいものがあったが、夫婦もので旅行する私たちに対してはとっても親切だったことをよく覚えている。韓国好きにとどまらず、いまでも韓国語好き(話せも書けもしないくせに、耳に入ってくる韓国語が大好きだ。意味が分からなくても心地よいのだ)になったのはこの旅行に端を発している。

 一年前、この路上で激しい闘いがあったことなど想像もできなかった。無関心と想像力のなさゆえのことだ。韓国の政治状況など関心の外だった。何も知らずに物見遊山で出かけた旅行だったことを恥じている。


 朴正煕が暗殺された後、全斗煥軍事政権は日本を手本として急激な経済成長を目指すが、同時に北朝鮮を仮想敵とする強引な政権運営で、金大中はじめとする民主化運動の活動家を徹底して弾圧した。


 この映画はその末期、学生の拷問死をめぐって、それを隠蔽しようとする捜査当局とそれに対抗して真実を暴こうとする人々の闘いだ。


 映画全編を流れる緊張感と焦燥感は、チャン・ジュナン監督の力量の高さをうかがわせる。挿入される当時のフィルムも迫力がある。

 この映画、朴槿恵政権下では制作がかなり厳しかっただろうと言われているが、監督は朴槿恵在任時から極秘裏に制作の準備を始めていたという。それに応えて参加した豪華俳優陣も頼もしい。

 中でも、脱北者でありながら、弾圧の先兵の役目を果たすパク所長役のキム・ユンスクの存在感のある演技は印象が強い。それと大好きな俳優ユ・ヘジン、この人が出てくるだけでうれしくなる。今回は民主化闘争を陰で支える看守役。いい味を出している。

 

 北との関係や民主化運動、はたまた労働運動も含めて韓国ではちゃんと!映画になる。日本とは民衆の心性が違うと思う。

 日本では、天皇であれ、政治家であれ、軍人であれ、その歴史をきちんと残そうとする前に、彼らだっていろいろ事情や思いがあったのではないか、といったよけいな忖度が幅を利かせてしまい、その結果、大きな歴史を正確に描くよりも、どこか偏波な個人の「物語」が出来上がってしまう。


 『タクシードライバー』もこの映画も、なにより民衆蜂起のシーンをきちんととらえているし、軍隊や警察の権力者性を忖度せずにありのまま描こうとしている。銃を構えた軍隊がどれほど恐ろしいものか、催涙ガスだけでなく実弾さえ飛び交う路上の『戦場』を余すところなく描いている。

 幕末ですらいまだにその歴史を客観的に捉えた映画は日本にはない。

 戦争や公害、学生運動、労働運動、原発問題など、政治的なところにはなるべく踏み込まないのがこの国の暗黙の了解事項なのだろう。
 

 日本では自主プロダクションが細々と歴史の真実を残そうと映画づくりを続けている。変わるべきは政権なのかそれとも民衆なのか。ともに令和、令和と浮かれているこの国に展望はあるのだろうか(TSUTAYA)。 

                                 
散り椿』(日本・2018年・112分・監督木村大作・主演岡田准一)★★★

https://youtu.be/3Joo5dC6Tp0


 先年亡くなった作家葉室麟の原作。小説の良さが生きているようには思えなかった。とにかく事情が分かりにくい。

 いったん脱藩した新兵衛(岡田准一)がどうして再び藩に戻って自由な動きができるのか。榊原采女西島秀俊)とのいきさつも分かりにくい。この二人が切り合うのも私にはよくわからなかった。

 男女の微妙な思いのすれ違いはわかるし、それを散り椿に込めているのもわかるが、とにかく今一つすっきりしない。良いと思ったのは、切り合いのシーン。迫力があった。全体に「長いな」と感じる映画だった。(TSUTAYA

食べる女』(日本・2018年・111分・監督生野慈朗・出演小泉今日子鈴木京香沢尻エリカ前田敦子広瀬アリス他)★★★

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 豪華女優陣の競演というのが謳い文句。しかし演技として面白いのは、小泉・鈴木・前田まで。沢尻・広瀬は美形だがつまらない。それにしても、話を広げすぎ。「食べる」への焦点がそれでボケてしまった。面白くなりそうなのに、途中で牌を崩してしまうような。小泉今日子鈴木京香だけのエピソードでよかったのにと思う。この二人を掘り下げたら、もっと面白くなるような気がした。(TSUTAYA

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【見逃し映画と暇つぶし読書の覚え書き①】『寝ても覚めても』ほか。

  【見逃し映画と暇つぶし読書の覚え書き①】
 
イコライザー』(2014年・アメリカ・132分・原題:The Equalizer・監督アントワン・フークア・主演デンゼル・ワシントン★★★

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 アメリカ映画のヒーローものの典型。最後までしっかり楽しませてくれる。ホームセンターで働く主人公マッコールは、元CIAの辣腕諜報員。夜中にカフェで知り合った娼婦の少女テリーをいたぶるロシアンマフィアを徹底して叩き潰す。ただそれだけ。


 マッコールの日常は、清貧でストイック、静かに淡々とした生活。お金もお酒も、女性の影もない。仕事が終わるとまっすぐ独身の部屋に帰るが、不眠症のせいで、深夜のカフェへ出かけ読書をする。このへんがデンゼル・ワシントンの静かな渋さがよく似合う。こういうのが今のアメリカでは受けるのだろうか。


 こうした日常のマッコールと、たった一人で敵と渡り合い、徹底的に潰していくマッコール、それもかなり残虐なやり方なのだが、その対比がよくできている。布石となっているホームセンターの同僚との関わりも面白く解かれていく。


 ただ、デンゼル・ワシントン、少し歳をとりすぎているか。アクションがあまりに無駄なく凄すぎる。昨年公開された「イコライザー2」はどうなのだろうか。(Amazonプライム


 
 『監視者たち』(2014年・韓国・118分・原題:COLD EYES・監督チョ・ウイソク・出演ハン・ヒョジュソル・ギョング)★★★

https://youtu.be/BKtOFQxzjAk


 特殊犯罪課の監視班と武装犯罪グループの攻防。何の説明もなく始まる冒頭。ハン・ヒョジュ演じる新人の捜査員のテストとわかるのは十数分経ってから。この冒頭のシーンが緊張感と迫力がある。

 

 このシーンで監視対象者役を演じる監視班の班長ソル・ギョングは、『1987年 ある闘いの真実』『シルミド』にも出ているが、いい役者だ。この映画の中だけでも演技力の高さがよくわかる。

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物語の中心は、新人ハン・ヒョジュの美貌と並外れた記憶力、分析力、観察力だが、ソル・ギョングの演技が映画としての格をあげている。最後まで楽しめた。(Amazonプライム

 

寝ても覚めても』(2018年・日本・119分・監督濱口竜介・出演東出昌大唐田えりか)★★★★★

https://youtu.be/PkfTvhZ5XuQ


 見逃し映画の中でも最たるもの。8月にららぽーと横浜まででかけたのだが、前日の上映時間で行ってしまったため、時間が変わっていて見られなかった。シネコンというのは毎日のように上映時間が変更されることを再認識した。代わりに見たのが『検察側の罪人』だった。


 久しぶりに邦画で、映画の新鮮さと可能性のようなものを感じた映画だ。

 どういうシステムでそうなるのかわからないがこの作品、『万引き家族』とともに2018年のカンヌ映画祭のコンペ部門に出品されたのだとか。どこかでこの映画を強く評価する動きがあったということだろう。

 そこで日本ではどうだったのかと、ネットで「日本アカデミー賞」の受賞一覧を見てみた。この賞に興味も関心もないけれど、どんなふうに扱われているか見てみたかった。なんと、どの部門にもはノミネートさえされていない。『北の桜守』が作品賞の5つのうちのひとつに入っていて、この映画がどこにも引っかからないというのは、正直理解不能。『万引き家族』が8部門を受賞しているこの賞。よくわからない。

他の映画賞はと調べてみると、

第42回山路ふみ子映画賞 山路ふみ子映画賞濱口竜介
山路ふみ子新人女優賞唐田えりか

第10回TAMA映画賞 最優秀作品賞
最優秀男優賞(東出昌大
最優秀新進女優賞(伊藤沙莉

第40回ヨコハマ映画祭 作品賞
監督賞(濱口竜介
主演男優賞(東出昌大
助演女優賞伊藤沙莉
最優秀新人賞(唐田えりか
撮影賞(佐々木靖之)

第92回キネマ旬報ベスト・テン 日本映画ベスト・テン第4位
読者選出日本映画ベスト・テン第4位

おおさかシネマフェスティバル2019 日本映画 音楽賞(tofubeats

第28回日本映画プロフェッショナル大賞 監督賞(濱口竜介
ベストテン第2位

となっている。


 恋愛映画である。東出昌大、好演である。麦という一風変わった男性と亮平という常識的で心やさしい男性のを一人二役で。こんな魅力的な役者だとは思わなかった。『桐島、部活をやめるってよ』(2012年)はとってもいい映画だったが、東出についてはそれほどとは思わなかった。

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 朝子役の唐田えりか。ほとんど表情を出さないが、揺れ動く気持ちが妙に迫ってくる。冒頭の二人のキスシーンが印象的。今までにないシーンだ。


 いい映画は説明しにくい。ラストシーン。消えてしまった麦と別れて数年後、朝子は亮平と会って恋愛関係になるのだが、亮平の転勤のよって結婚するかに見えた二人の前に麦が突然現れる。レストランである。麦が黙って差し出した手を、朝子は握って二人は出奔する。

 これがラストシーンでも映画は成立する。

 しかし、東北に向けて走る麦の車の中で、亮平への決別を口にした朝子は、仙台の被災地近くの海辺で「やっぱり麦とはいけない」。

 一人で大阪に戻って亮平のもとに。しかし亮平は朝子を受け入れない。そして・・・。とにかく何度も裏切られる。亮平ではなく観客が。

 これで決まりだろう、と思っているとひっくり返される。二人で飼っていた猫を亮平は「捨てた」という。猫を探す朝子。亮平を追って玄関まで行くと、ドアが開く。中から亮平が猫を差し出す。ドアは閉められる。拒否?

 しかし、朝子がノブをひねるとドアはあいている。二階に上がる朝子。

 亮平のことば「おれは、一生お前のこと信じられへんで」。これがラストシーン。


 人を愛するとか好きになることの不確実さ、それでも突き進んでいかざるを得ない思い。全く順接しない感情のぶつかり合いがリアルな恋愛関係を紡ぎだす。

 こうしたアンビバレントな関係なんて、たぶん私たちの日常にはありふれているのだろうけれど、ドラマで描かれるのはそうしたものをきれいにそぎ落として、このへんでどうでしょう?これなら満足?といったものになりがち。

 そうした奇麗な「物語」に仮託したくなるのも人間の常。
 

 でも実際には「一生信じられへんで」で生きていく関係もありだろうし、そもそもそんなみなそんなに信じ合って生きているのだろうか。そう考えると、この映画のもつ新鮮さ、新しさの意味が見えてくるような気がする。(TSUTAYSA)