『百花』傑作との評判だが、駄作だと思う。ゴメン。

今朝、5時の気温18℃。寒くて窓を閉めた。おとといはエアコンを使っていた。きのうの同じ時間には25℃だった。強烈な台風14号が勢力を保ったまま沖縄、九州から山陰、北陸へ。各地で被害が出ているが、東北を横断するころには温帯低気圧に。1日を経て今朝のこの気温。

お彼岸近くなると実感する”暑さ寒さも彼岸まで”が今年も。

きのうの散歩は台風の名残りの強風の中。途中から強い雨が降ってきて、二人ともずぶ濡れ。肌にあたる雨は少し痛かったが、寒くはなく、雨風の中を歩くのは少しだけ気持ちよかった。

今朝はそうはいかなかった。玄関のドアを開けて空を見上げると厚い雲。数歩歩いてブルっときた。戻って薄手のジャンパーを着て一人で出かけた。気に入っているジャンパー、3ヶ月?ぶり、少しへたってきている。歩いているうちに脱いでしまったが、季節は確実に秋に向かっている。

 

今日は境川下流へ。Mさんは、月に何回か入る朝1時間ほどの託児ボランティア。それが終わってから散歩をして帰ってくる。

 

映画備忘録。4本たまっている。

9月12日グランベリー109シネマ。『百花』(2022年製作/104分/G/日本/原作・脚本・監督:川村元気/出演:菅田将暉 原田美枝子ほか/2022年9月9日公開)

 

 

 川村元気の短編小説の映画化。自分で脚本も書き、メガホンも持った。

それがよくなかったのだろう。

映画と小説では基本的に表現方法が違うのに、短編小説をそのまま映画にしてしまったようだ。

駄作だと思う。

短編小説ならば、ストーリーの流れやシーンを変えるのは1行でも済むが、この映画ではあちこち隙間だらけ。単なる説明不足、どうしてそうなるのかというところがいくつもあって映画に入っていけなかった。

こだわって作っているのは感じるが、成功していない。

いくつもそういうシーンがある。

小説は読んでいないが、映画を見て「読みたい」とは思わなかった。

テレビで、どこかの映画祭で上映され絶賛されたと原田美枝子歓喜極まって語っていた。原田ほどの俳優なら出演作品の質はわかると思うのだが。

原田は確かに熱演ではあったが、脚本と演出が熱演を支え切れていない。菅田と原田という役者を使いながら、二人を生かし切れなかった。純文学を気取っているような感があり、鼻しらむところも。介護や震災、不倫を配したストーリーも陳腐でまとまりがないと思った。永瀬正敏は、またこんな役柄? 使われ方が一辺倒で気の毒。もう一つ

ピアノの音がひどい。原田が弾くピアノは映画の中では大事なシーンだが、木造の自宅にある小さなグランドピアノの音も、施設のホールに置いてあるアップライトの音も、どちらも聴こえてくるのはコンサートホールで録音したような綺麗な響きのあるピアノの音。

音響のしっかりした映画館での上映なのだから、こういうところはこだわってほしい。

作る側の思い入れはたっぷり感じられたが、いかんせん惹きつけられなかった映画だった。残念。画像1

 

 

 

 

『ゆめパのじかん』子どもたちの思いや動きを受け止めてくれるゆめパの意義も素晴らしいし、それを受け止めながら、ゆめパで働く大人たちも魅力的だ。でも・・・。

土日は、次女と孫二人が泊まりにきた。父親のAさんは、仕事が詰まっていて来れないとのこと。たまの孫の来訪はやはり待ち遠しく、掃除をしたり寝具の用意をしたり、料理の仕込みもあって、Mさんを中心に?非日常の時間を過ごす。

上の子Aくんは小1。元はといえば次女がプレゼントしてくれたのに、二人ではほとんどやらないWiiで、古いマリオをやるを楽しみにしている。来るとあいさつもそこそこにすぐに始めて、「1時間だよ」と母親に釘を刺されている。

下のHくんは3歳。クルマの中で寝てしまっていて、そのままMさんのふとんで寝てしまう。長い昼寝。

私は、父親のAさんと呑むのが楽しみなのだが、今夜は運転をしなくてもいい次女が付き合ってくれそうなので、散歩がてらワインを仕入れてきた。

5人での夕食のあと、大人3人の話題は子どものこと、学校のこと。

私たちにとってはもう遠い昔のこと。さまざま聞いていると30年以上の時間の隔たり、まさに隔世の感がある。

 

ここから映画備忘録。

『ゆめパのじかん』(2022年製作/90分/日本/監督:重江良樹/公開:2022年7月9日)

  

神奈川県川崎市で2000年に制定された「川崎市子どもの権利に関する条例」のもと、2003年7月に川崎市高津区にオープンした子どものための遊び場「川崎市子ども夢パーク」、通称「ゆめパ」を舞台にしたドキュメンタリー。約1万平方メートルの広大な工場跡地につくられた「ゆめパ」は、プレイパークエリア、音楽スタジオ、創作スペース、ゴロゴロ過ごせる部屋、学校に行っていない子どものためのスペースなど、子どもたちの「やってみたい」ことを実現させるさまざまな施設がそろう。この「ゆめパ」という場所を通じ、乳幼児から高校生くらいまで幅広い年齢層の子どもたちと彼らに関わる大人たちによって生み出される居場所の力、悩みながらも自身が考えて歩もうとする子どもの力が描かれる。監督は「さとにきたらええやん」の重江良樹。

 

 

 

 

隣同士の自治体だが、いろいろなところで川崎と横浜では違いがある。

横浜は、外から見ると外人墓地や山下公園、中華街やみなとみらい、どこか東京とは違う異国情緒があって、歌謡曲に歌われるような甘い幻想を抱かせる街だが、実際、そんなものは横浜のごくごくわずかな一部で、横浜の多くは350万人を超える人口を要する何の変哲もない巨大ベッドタウンだ。

それに比して川崎は、今でも京浜工業地帯の代名詞のようなイメージがある。横浜も京浜工業地帯の一部なのだが。

海辺のブルーカラーの街のように思われる川崎も、広い市域には全く違う相貌を見せるところがいくつもある。

横浜に住んで50年近くなるが、いわゆるヨコハマにではなく、市の周縁地域に住んできた身としてはそれほど強い愛着があるわけではない。毎年収める他市町村へのふるさと納税も返礼品目当てだけではない。

一方、横目で見てきた川崎には、横浜よりいつも一歩前に出ている新しさと動きの柔軟さを感じることが多い。隣の芝生、ではないと思う。

このゆめパもそうだ。横浜市にはここまでの発想はないと思う。

 

カメラが子どもたちによく馴染んでいる。撮影時間がかなり長いのだろうが、大人は別として(仕方がないが)子どもたちはかなり素の姿を晒してくれる。彼らが発する言葉もかなり面白い。

カメラはゆめパの中のフリースペースを中心に動いていく。何人かの不登校の子どもたちに焦点があてられる。

これがどの子もとっても魅力的だ。学校に行かなくとも、こんなふうに自分の力で創造的な生き方ができている。カメラはその辺りを生き生きと切り取ってくれる。画像1

 

それはそれでいい。そういう子どもたちの思いや動きを受け止めてくれるゆめパの意義も素晴らしいし、それを受け止めながら、ゆめパで働く大人たちも魅力的だ。

ドキュメンタリー映画としての「ストーリー」はよくできているということだ。ここまでカメラが人々の中に入り込んでいるのは稀有なことだと思う。映画から子どもたちのもつ「力」のようなものが感じられるのも事実。

 

ただ不登校といっても、彼らのような子どもたちばかりでないのも現実だ。

取り上げられた何人かの子どもたちが、さまざまなものに自分の思いをぶつけていく、探していく姿を見るにつけ、不登校の状態にある子どもたちは、そういう子ばかりじゃない、目的など何も見つからず、無為に数年過ごす子どもたちもいるんだけど、という思いが浮かび上がってくる。

そんな子どもたちと付き合った時間が自分の中にあるだけに、夢パの中で動き回る彼らの生き生きとした表情が、私には少し眩しかった。

 

先日、労組・市民活動家として長く活動してきた友人が、80歳を前に「そろそろ隠居しようと思う」と周囲に伝えたところ「そうなんだ。それで、このあと何をやるの?」と言われたと苦笑していたことを思い出した。

60歳で再任用をせずに定年退職した時に、「何かやりたいことがあるんですよね」と言われてびっくりした。何もしたくない、ブラブラしたい、がホンネだった。今更したいことなどなかった。まだ変な色気が顔に出ているのかとがっかりした。

 

学校に行かない生徒に向かって、時に大人は同じように「何かやりたいことがあるんじゃないのか。やりたいことがあれば、どんどんチャレンジしていいんだよ」という。

それを悪いとは思わないが、やりたいことが何もない、何も思いつかない子どもも、いる。

 

映画の中の子どもたちのように、自分の夢を見つけ実現するために、学校を視界に入れずに苦闘する子もいれば、いけない学校を前に何年もじっと動かずにいる子どももいる。

大人は、子どもたちの思いを受け止めて、その支援をすることも大事だが、動かない子どもたちの時間に付き合うことも必要だ。

ないものねだりかもしれないが、そんな「ストーリー」が埋め込まれたドキュメンタリー映画もあっていいと思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メイド イン バングラデッシュ』グローバル企業の抑圧の下、長時間労働と低賃金で苦しむ若い女工たちの闘い。

映画備忘録。

前回の2本の前にあと2本見たのを失念。

9月2日、kikiで

『メイド イン バングラディッシュ(2019年製作/95分/フランス・バングラデシュデンマークポルトガル合作/原題:Made in Bangladesh/監督:ルバイヤット・ホセイン/出演:リキタ・ナンデム・シムほか/日本公開:2022年4月16日)

 

 

 

世界の繊維産業を支えるバングラデシュを舞台に、衣料品工場の過酷な労働環境と低賃金に立ち向かう女性たちの姿を描いたヒューマンドラマ。大手アパレルブランドの工場が集まるバングラデシュの首都ダッカ。衣料品の工場で働く女性シムは、厳しい労働環境に苦しむ同僚たちと労働組合を結成するべく立ち上がる。工場幹部による脅しや周囲の人々からの反対に遭いながらも、自ら労働法を学び奮闘するシムだったが……。10代半ばからバングラデシュの労働闘争に関わってきたダリヤ・アクター・ドリの実話をもとに、気鋭の監督ルバイヤット・ホセインがメガホンをとった。「アンジェリカの微笑み」などで知られる撮影監督サビーヌ・ランスランによる美しい映像にも注目。世界の繊維産業を支えるバングラデシュを舞台に、衣料品工場の過酷な労働環境と低賃金に立ち向かう女性たちの姿を描いたヒューマンドラマ。大手アパレルブランドの工場が集まるバングラデシュの首都ダッカ。衣料品の工場で働く女性シムは、厳しい労働環境に苦しむ同僚たちと労働組合を結成するべく立ち上がる。工場幹部による脅しや周囲の人々からの反対に遭いながらも、自ら労働法を学び奮闘するシムだったが……。10代半ばからバングラデシュの労働闘争に関わってきたダリヤ・アクター・ドリの実話をもとに、気鋭の監督ルバイヤット・ホセインがメガホンをとった。「アンジェリカの微笑み」などで知られる撮影監督サビーヌ・ランスランによる美しい映像にも注目。

 

バングラディッシュの映画は初めて見る。この国の映画事情をネットで見てみた。

古い資料だが、2016年にバングラディッシュで上映された映画は130本。地場の映画と輸入映画と半々の割合。輸入映画はほとんどがハリウッドのもので、吹き替え、字幕なし。地場の映画は60〜70本ほど作られるようだが、1時間に満たないものも多いようだ。

映画館は国内に250館ほど。ほとんどがプロジェクタでの上映で、音響設備やエアコンはないとのこと。入場料は50タカ、65円ほどだが、平均年収が22万円ほどというから安いとは言えない。シネコンのようなものがダッカにはあって複数のスクリーンを持ち、エアコンなどもついているようで、若者のカップルなどには人気なのだとか。こちらの料金は250〜400タカ。かなり高い。

言語はベンガル語。インドの映画、いわゆるボリウッドで作られた映画は、地場映画の収益を脅かすことから禁止されていて(映画の中ではテレビで放送されていたが)、言語が共通するタリウッド(インド・西ベンガル州の州都コルカタでつくられる映画)・ダリウッド(バングラディッシュの首都ダッカでつくられる映画)合作の映画が多いようだ。

 

で、この映画、面白かった。ナイキやユニクロなどのグローバル企業に首根っこを抑えられた零細工場で働く若い女性労働者たちが、労働組合を作ろうと立ち上がる姿を描く映画だ。バングラディッシュにも労働者を守る法律はあるが、機能していない。労働省と企業が内通していて、組合の認可を出さない。経営側は切り崩しの余念なく、それを裏で支えるのが女性差別だ。女が労働組合をつくること、妻がそういう動きをすることを男が許さない空気がある。

厳しい労働と止まない差別の中で、主人公のシムを中心にして女子たちはとにかく率直で明るい。思ったことを口に出し、言いたいことを素直に言い合う。若くして結婚をしている人もいるが独身の人もいて、彼らはまだまだ遊びたい年頃。映画に行くか労働組合に集会に行くかで迷う。

そんな彼女たちが労働組合結成を目指して動くが、一方男たちはといえば、働かずに妻の収入で生活する夫、女子労働者と関係を結びながら経営者に見つかると、「誘われた」と逃げ口上をうつ中間管理職。労働省の役人に至っては自己保身と出世にしか目がいかない。

一番の抑圧装置は男。その男たちを軽々と超えていこうとする姿と、ダッカの街の活気が心地よい。

現実は、それほど簡単に労働者の権利が手に入る状況ではないのだろうが、バングラディッシュの労働者、とりわけ女性労働者にとっては勇気づけられる映画だ。そして振り返れば、抑圧装置としてのグローバル企業を支えているのが、わたしたち先進諸国と言われる国の市民たち。

安いTシャツが買えれば確かに嬉しいが、そのために貧困の中で長時間労働と低賃金でうめいている人たちがいること、アンフェアトレードに手を貸していることに思い至らざるを得ない。

「今日はこれで残業は終わり。ここで寝て明るくなったら帰りなさい」という経営者。

仕事が終わったからと扇風機を止める経営者に対し、「扇風機をつけろ」と要求する彼女たち。

これ一つとってもどれほどの長時間労働かわかる。彼女らの要求は「残業手当を払え」だ。

 

 

この文章、MacBookで書いた。まだ慣れない。

『L.A.コールドケース』・・・。脚本の骨格の安定感、そして感情のディテールが丁寧に描かれている。久しぶりに重厚な犯罪映画  『ボイリング・ポイント/沸騰』ワンテイク90分 自分がレストランの中にいて一緒に動き回っているような強い臨場感

久しぶりに映画備忘録。

『L.A.コールドケース』(2018年製作/112分/G/アメリカ・イギリス合作
原題:City of Lies/監督:ブラッド・ファーマン/出演:ジョニー・デップ フォレスト・ウィテカー 他/日本公開:2022年8月5日)

 


1997年3月、人気絶頂期にいたラッパーのノートリアス・B.I.G.が何者かによって射殺されるという事件が起こった。当時その捜査を担当した元ロサンゼルス市警察の刑事ラッセル・プールは、事件発生から18年が過ぎた現在も執念深く真相を追い続けていた。そんなある日、事件を独自に調査していた記者ジャックがプールのもとを訪れる。2人は手を組み、複雑に絡み合った事件の真相に迫るが……。

実在の元刑事ラッセル・プールをデップ、事件を追う記者ジャックをウィテカーが演じる。作家ランドール・サリバンが2002年に発表したノンフィクション小説をもとに、「リンカーン弁護士」のブラッド・ファーマン監督がメガホンをとった。

                      ー 映画ドットコムから

タイトル、原題そのままだと思ったら、原題は「City of Lies」そのまま訳すならこちらの方が邦題っぽい。邦題は「迷宮入り事件」を英語にして入れ込んだ。

 

画面全体の重苦しさが映画のトーンを決めている。この雰囲気は貴重。わかりやすく、というより、わからなさを解釈しないでなるべくそのままに映画に。実際にあったケースのリアリティがよくでている。画像1

 

実在の刑事役を演じたジョニー・デップ。ほとんど感情を表さないが、実直で直情的な性格をよく表現し、だからこその孤立と孤独がにじみ出る。記者役のフォレスト・ウィテカーとの絡みもいい。脚本の骨格の安定感、そして感情のディテールが丁寧に描かれている素晴らしい作品。久しぶりに重厚な犯罪映画を見た。

 

『ボイリング・ポイント/沸騰』(2021年製作/95分/PG12/イギリス/原題:Boiling Point/監督:フィリップ・バランティーニ/出演・スティーブン・グレアム ジェイソン・フレミング ビネット・ロビンソン他/日本公開:2022年7月15日)

 

ロンドンの高級レストランを舞台に、オーナーシェフのスリリングなある一夜を、全編90分ワンショットで捉えた人間ドラマ。一年で最もにぎわうクリスマス前の金曜日。ロンドンにある人気高級レストランのオーナーシェフのアンディは、妻子との別居や衛生管理検査で評価を下げられるなど、さまざまなトラブルに見舞われて疲れ切っていた。そんな中、アンディは気を取り直して店をオープンさせるが、あまりの予約の多さにスタッフたちは一触即発状態となっていた。そんな中、アンディのライバルシェフが有名なグルメ評論家を連れて突然来店し、脅迫まがいの取引を持ちかけてくるが……。主人公アンディ役を「ヴェノム レット・ゼア・ビー・カーネイジ」「アイリッシュマン」のスティーブン・グレアムが演じる。監督は新鋭フィリップ・バランティーニ。

                     ー映画ドットコムから

面白かった。ワンテイク90分の映画。一度カメラが回り始めたらそのまま90分撮り続ける。『カメラを止めるな』はそういう撮り方がスピード感と緊張感を高めていた。この映画では、カメラの動きが自然で、まるで自分がレストランの中にいて一緒に動き回っているような強い臨場感を感じた。どこか一つでもカメラが滞ったり、キャストが間違えれば全て撮り直しになる。レストランという狭い範囲でカメラが動くが、計算しつくされているのだろう。ドキュメンタリ的な荒い動きはまったくない。

経営だけでなく家族との関係でも問題を抱えたアンディが出勤するところから映画は始まる。入店するとすぐに衛生監視官が「これから始めるよ」。

衛生管理上の問題をいろいろ指摘され評価が下がることを伝えられたあたりから、今夜のお店の動きの不穏さが伝わってくる。それぞれ出自も能力もアンディに対する感情もみな違うコックたち。経営者の娘のフロア係のリーダーとの軋轢。フロアにはおしゃべりばかりしている若い女性のスタッフ、客とうまくやり取りのできない黒人の女性スタッフ、ゲイでおしゃべりが上手でほかに働いている店に客を誘う男性スタッフ、客もいろいろだ。SNSに載せるからとさまざま要求するグループや、若いカップルはアレルギーの症状から救急車を呼ぶことに。ライバルシェフはグルメ評論家を連れてきて、貸している金を返せだの経営に参加させろだのと要求、ごね続ける。バックヤードでは‥‥。何よりコックたちの間でアンディを中心に不協和音がひたすらなり続ける。

最後はもちろん大団円などにはならない。アンディは薬も酒もやめて再起を期そうとするが…。唸らせる幕切れ。

こんな映画はひさしぶり。映画を十分に楽しんだ。画像1

 

カワセミの求愛給餌

昨日は仲秋の名月。

夕方の散歩のときには雲はきれいになくなり、さぞやいい満月が望めるだろうと思っていたのに、風呂に入ってビールを呑んだらすっかり忘れてしまった。

気がついたのは今朝のテレビのニュース。

 

今朝の気温21度。湿度60%。境川河畔に出るといつも川風がスーッと吹いてくるのだが、今朝は少し肌寒く感じた。

昨日、犬とアヒルの水遊びという珍しいシーンを目撃。

境川には何種類かのカモはいるが、アヒルは見たことがない。飼っている(たぶん)真っ白なアヒルを水辺で犬と一緒に遊ばせている人がいた。

 

今朝は、カワセミの珍しい光景を見た。

 

カワセミに気づくのは、いつもチーっという長めの鳴き声。声のする方を見ると水面すれすれに飛んでいく姿が見える。

 

今朝は、すすきの穂先にとまっているいる2羽のカワセミをMさんが発見。体調は2羽とも同じくらい。

と、すぐに1羽が飛びだっていく。残った1羽が、チ、チチ、チと断続的に短い鳴き声を発している。こんな鳴き方を聴くのは初めてだ。

 

「飛んで行ったカワセミを呼んでいるのかな」

 

などと話していると、チ、チチ、チに呼応するように1羽が戻ってくる。

よく見ると口には銀色の小さな魚。

近くの枝にとまると、待っていた1羽に口にくわえた小魚をくちばし

うつしで与えた。

数秒後には2羽いっしょに飛びだって行った。

 

 

 

カワセミ ペア

写真はネットから拝借しました

 

調べてみると、これがカワセミの求愛給餌。

えさを捕ってくるのはオスで、メスは「獲ってきて!」と呼びかけているのだそうだ。

 

遠くて見えなかったが、くちばしうつしの時、オスは、子魚のアタマの方を先にしてメスに渡す。魚を食べる動物は、えらやうろこが引っかからないようにそうするように、カワセミもそうするとのこと。こうした行動は遺伝子の中に組み込まれているのだろう。

 

写真を拝借した山梨県身延町のブログによると、この求愛給餌、メスはつがいになろうとするとき、オスの「生活力」を試すということのようだ。ちなみにオスが戻ってこないと、メスはしびれを切らして自分でえさを取りに出かけ、そのあとにオスがえさを持ってきても見向きもしないのだとか。

少し理屈がかちすぎているような気もしないではないが、声明をつないでいくための、これも遺伝子に組み込まれた行動なのだろう。

 

境川を散歩して13年目になるが、初めて見たシーン。

 

 

コロナ、国葬、旧統一教会はまさに3Kそのもの。

コロナ、国葬、旧統一教会・・・・3Kというのだそうだ。

かつて3K職場といった。きつい、汚い、危険、だったか。

きつい、危険は現場仕事につきものだが、きたない、は変わってきている。ワークマンなどの作業服専門店が機能性だけでなく、デザインや色にこだわる商品を開発し、職人さんたちもそれを求めておしゃれになったという。それは仕事にプライドをもつということとつながっている。

 

それに比べ新3K。プライドなどどこへ行ったか。

どれもまっとうに取り組めない政権。まずコロナ。

第七波がピークアウトしたかに見える今、やっていることは緩和、緩和・・・。

感染者の療養期間を10日間から7日間に。陰性が確認できれば5日間に短縮するという。しかし無症状の人でも6日目で12.5%の人がウイルスを排出、有症状の人は8日目で16%のひとが排出する。

結局、オミクロン株が感染リスクは高くても重症化しない傾向が強いから、

「経済活動を回す」ための短縮ということになる。バランスというと筋が通っているかに見えるが。

しかし、少ないとはいえ重症化する人は確実にいるし、死亡者はずっと300人で推移し、昨日も211人だ。

政府のいうとおりにしていれば安心か、と言えばけしてそういうことではない。

全数報告についても、なんだかはっきりしないまま進んでいる。

 

国は感染リスクを許容する政策に舵を切ったということなのだろうが、下り坂でこうした政策を打ち出せば反発が少ないことを見込んでいるのだろうか。

 

また新たな「山」がくれば、急遽、強化策に転じる。

「その場しのぎ」「場当たり的」というのが、この国のコロナ対策をあらわす一番ぴったりした言葉だ。

 

残り2つのK。

自民党は旧統一教会と関係について調査をした結果、何らかのかかわりのあった議員は179人、そのうち121人の名前を発表した。

そこには、麻生や山谷や細田の名前はない。

とにかく「調査はやった」ということで幕引きをしたい、それでもスケベ根性から一貫性のない氏名公表となった。頭隠して尻隠さず。

 

しかし、調査だれよりも先に名前が出るべきは、安倍晋三だろう。

統一教会とズブズブの関係を維持、10万票と言われる票を自由に差配、分配してきた張本人。もっとも旧統一教会と近い人物。

安倍がそうした位置にいたからこそ、みな「安心して」旧統一教会関連団体と付き合ってきたのではないか。

写真はTwitterから拝借。

自民党の調査のずさんさ,でたらめぶりがよくわかる写真。

真ん中の平井卓也は、自民党の調査では*関連団体会合への出席(議員があいさつ)の項目に入っているが、この写真は「関連団体」どころか本家本丸そのもの。右側の磯崎は正直に統一教会主催の会合への出席、の項目に入っている。

 

議員らは口を開けば、そういう団体とは知らなかった、今は危険な団体とは思わなかったというが、そんなことはあり得ない。応援、支援する人々(団体)は、みな何らかの代償を求める。政治家もそれを了解して支援を受ける。ギブアンドテイクの世界。あたりまえのことだ。彼らほど損得勘定にこだわる人種はいない。

ただ、時においしい話には毒が入っている場合もある。そうした毒に敏感であることが政治家として長く政界に居続けられることにつながる。だから大事なのは、その関係をしっかり保障、担保してくれる存在だ。それは大きければ大きいほど信用される。それが安倍晋三という存在だったということだ。

 

親の代から何十年にもわたって政権与党をカルト宗教団体と結びつけてきた人物を、エリザベス女王と同様の国葬にしようというのだから、この国の政権はあまりにシュールというほかない。理解を超えている。

 

コロナ、国葬、旧統一教会はまさに3Kそのもの。

(国民にとっては)きつい、(政治家のやり方はどこまでも)汚い、(このままほおっておけばこの政権は)危険(極まりない)。

 

 

 

いまさらながらだが、もし安倍晋三が存命のまま旧統一教会との関係が明らかになったとしたら、彼はどんなふうに自分の行為を正当化するだろうか。彼特有の強弁と詭弁を駆使して・・・。

 

 

200万円ほどの木っ端なら森に隠せば見つからない。いや隠したのは森か。

病気見舞いに200万円。

そういうレベルの人たちがいることは否定しないが、組織委員会のトップと企業のトップの関係なら、病気見舞いと言い逃れることはできないのではないか。

 

女性差別発言をしてトップの座を降り、200万円を病気見舞いでもらった人の胸像を立てようと周囲の人間が寄付を募っているらしい。

 

これほどに汚い金にまみれた東京五輪1年を記念してバッハが来日するという。

 

今日、東京地検特捜部が参考人として森を呼ぶという。

 

森は「200万円は受け取っていない」といっている。

首相経験者の参考人招致は稀有。

渡した、もらっていない・・・どちらかが嘘をついている。

 

巨額のカネが動いている。

 

木を隠すなら森へ。200万円ほどの木っ端なら森に隠せば見つからない。いや隠したのは森か。

 

切り抜きをしていると、ロシアのウクライナ侵攻の記事がない日もある。戦争が日常化している。

 

満州事変との類似性を云う人がいる。

短期決戦で傀儡政府の樹立を目指して首都へ侵攻を企図し失敗。大虐殺も共通するという(南京、ボッチャ)。

大ロシア主義と大東亜共栄圏・・・。

ウクライナと中国の後ろに米英がいることも同じ。

 

帝都では南京陥落を祝って提灯行列が行われたという。

ロシアの民衆も多くがプーチンを支持している。

戦争を続けるのに不可欠なのは、国民の支持。中身はどうあれ。

 

 

アジア・太平洋戦争は15年続いた。

一度始まった戦争は簡単には終わらない。

 

夕方の散歩道の途中にある50メートルほどの路地。ここだけ違う時間が流れているよう。

5月に知己を得た毎日新聞支局の宇城さんがガタロさんのことを書いている。

ガタロさんのお話は一度伺ったことがある。

 

https://mainichi.jp/articles/20220906/k00/00m/040/204000c