今年51本目。『茜色に焼かれる』、世の不幸と矛盾を並べてはみたけれど・・・。残念。

映画備忘録。7月17日。あつぎのえいがかんkiki で

『茜色に焼かれる』(2021年製作/144分/R15+/日本/脚本・監督:石井裕也/出演:尾野真千子 和田庵 オダギリジョーほか 2021年5月21日公開)

今年、これが映画館で見る51本目。

 タイトルはいい。意表をついている。でも、それだけだった。

面白くなかったかといわれれば、そこそこ面白かった、でもどこかチープで、長いのに

最後は無理やり映画まとめましたふう、を否定できない。

 

ネットのレビューを見ると4~5点をつけている人が多い。

たくさんのシーンの中には、キレのあるセリフのシーンも多いし、笑わせてくれるリアリルなシーンもある。だからか、受け入れられているんだなあと思った。

でも世の中の不幸、矛盾を横に並べてみただけというふうも。

 

田中好子は不幸や矛盾にキレるシングルマザーではなく、どこかずれていて、力が抜けていて、でもよくよく見ていると裏には怒りがこもってもいそうで…よくわからない。

 

尾野真千子が気合の入った演技をしているのはわかる。

でも、田中良子というシングルマザーの人格が、脚本上で統合されていないというか言動が場当たり的で並列的、焦点化してこない。監督がやりたいことをやっていいるうちに、田中良子は空中分解。最後はアクション映画に。

 

社会の一つひとつの矛盾をもう少し丁寧にちゃんと描くべき。

矛盾の捉え方が一辺倒すぎる。

コロナ禍で首を吊った経営者もいれば、支援金で儲かっている店主もいる。今稼がないでどうする?という人だってたくさんいる。

誰もが一辺倒にコロナに懲らしめられているわけではない。石井裕也監督の脚本は、社会の見え方、捉え方が単眼的でワイドショーレベル。劣情を煽る?

 

高給官僚の老人による交通事故も世間の怨嗟に同調するにとどまっている。いやさらに怨嗟を拡大して見せようとしている。それで終わり、それでいいの?

実際に起きた事件を扱うならそれなりの想像力でもって向き合わないと。映画なんだから(笑)

ひとことも謝ってくれないから示談金は一切もらわないという田中良子。その老人が亡くなると葬儀にいく。「顔を見に来た」というが追い返される。啖呵の一つも切ればいいい。はっきりしない。息子に問われると「まあ、頑張りましょう」。

 

風俗勤めの田中良子が中学時代に好きだった熊木と出会ってラブホテル。いざというときに「わたしのような汚れた女でいいの?」それはないだろうと思う。

と思えば、中学の担任との面談。若い担任に向かって「ちゃんと責任取らないと絶対許さない」と恫喝。

とにかく統合されない多重人格のような田中良子だ。

冒頭、画面の片隅に「田中良子は芝居が上手」のようなテロップが入るが、これも不発。死んだ旦那の父親が入る老人施設で芝居をやるが、私には意味不明。

 

人間の、とりわけ男の下卑た品性に田中良子が一矢を報いるような場面がラストシーン。必然性感じない。

 

 

結局、いいのはタイトルだけ。そのタイトルも単なる「色」にとどまってしまった。

 

『ジョーカー』のような映画をみてみたい。どん詰まりの隘路の中にたぎるような怒りの詰まった・・・。

        

  

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