映画『滑走路』20代前半、30代後半、そして15歳と世代が全く違う3人が、実は同じ年齢であって、中学時代、同じ空間にいたことが少しずつ明らかになっていく。 この枠組みの作り方が、わざとらしくなくとっても自然で、いい。3人のそれぞれの鬱屈の重なり方が、安っぽくないのだ。 

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240枚の折り紙でできているとのこと。Mさんの作。


ジャック&ベテイで

 

『滑走路』(2020年/120分/日本/監督:大場功睦/原作:萩原慎一郎/脚本:桑村さや香/出演:水川あさみ 浅香航大 寄川歌太他/2020年11月20日公開)

 

を見た。

32歳で自ら命を絶った歌人・萩原慎一郎の歌集を原作につくられたオリジナルストーリー。短歌はエンドロールの最後に一首のみ、文字となって出てくるだけ。歌集を原作にしながら歌を使わずに、つくりあげたストーリーがとっても良くできていると思った。

 

3人の別々の男女の境遇を描くところから映画は始まる。

厚生省の若手官僚鷹野(浅香航大)は、働き方改革を担当しながらすさまじい激務のなかで消耗し無力感にうちひしがれている。ある時NPO法人から手に入れた同じ年齢で自殺した若者に関心を抱く。その周辺を調べていくうちに…。

 

30代後半の切り絵作家翠は、子どもをつくることに対して美術教師の夫の間に微妙な溝がある。

 

もう一人は中学生。学級委員長。いじめにあっている幼なじみを助けようとして、自らがいじめの標的となる。シングルマザーの母親にだけは知られまいと、いじめの事実をひた隠す。

 

20代前半、30代後半、そして15歳と世代が全く違う3人が、実は同じ年齢であって、中学時代、同じ空間にいたことが少しずつ明らかになっていく。

 

これ以上はネタバラシになるのでやめるが、この枠組みの作り方が、わざとらしくなくとっても自然で、いい。3人のそれぞれの鬱屈の重なり方が、安っぽくないのだ。いじめ問題とか十代の自殺といったところに向かわずに、それぞれの内部を掘り下げている。

 

3人の演技がとってもいい。演出が優れているのだろう。映像にしっかりしたリズムがあり、先走らない。

浅香航大は映画『劇場』(2020年)と『見えない目撃者』(2019年)で印象があるが、本作は存在感がある。若手官僚と上司のやり取り、リアリティ満載。水川あさみの出演した映画は何作か見ているがあまり印象がない。本作は内省的な演技が素晴らしい。「喜劇愛妻物語」では全く違った激しいキャラクターを演じているらしいが未見。

寄川歌太(よりかわうた)は2004年生まれ。表情に独特のいい雰囲気を感じた。彼を取り囲む中学校、中学生、教師、とってもリアル。学級委員長と惹かれあう女子、なんという女優か知らないが、軽やかでいい演技をしている。

 

浅香は94年生まれ、水川は83年生まれ。3世代を丁寧に描くことで物語に奥行きをあたえ、自殺という悲劇の底深さをつくり出している。

中学生の自殺、ではなく、まさに今の社会の中の若者の置かれた位置、気持ちのありようをしっかりトレースしようとしている。

原作の歌集は読んでいないが、原作からインスパイアされてこうした作品ができるのは、原作に大きな魅力があるのだろう。いずれ読んでみたい。

 

原作に触発され脚本をものした桑村さや香というひとと監督大場功睦、お二人の才能がつくった素晴らしい映画。桑村さや香はアニメ版『ジョゼと虎と魚たち』の脚本も担当している。実写版は池脇千鶴主演だったが、はたしてどんな脚本になっているのか。授業を担当している学生の一人がこのアニメ版が大変によかった、センセイも見てくださいと書いていた。

 

客の入りはよいとは言えなかったが、こういう映画、もっと見られてほしい。

最近は、〇〇映画祭出品とか受賞とかをウリにするのが流行っているが(正直聞いたことのない映画賞がたくさんある)、見てみるとどうしてこれが?というものも多い。

本作は堂々と海外の映画祭に出してもおかしくない出来だと思うし、なにより日本の映画賞が評価してほしいと思う。

 (第33回東京国際映画祭(TIFF) 特別招待作品となったそうだ)