『BLUE ブルー』(2021年製作/107分/日本/監督・脚本:吉田恵輔/出演:松山ケンイチ 東出昌大 木村文乃 柄本時生/公開2021年4月)特段、この映画にテーマなどない。いらない。人間は日々みなこんなふうに生きている。かっこよくもなく、ときにエゴイスティックでいつもエッチなことを考えながら、何かにのめりこむこともある。ほとんどの場合、それが何かに結実することなどない。 だからなのか、誰もがいつもどこか孤独であって、誰かに手を伸ばそうとするのだが、誰かがそれを受け止めてくれる保証などない。それでも

映画備忘録。

6月17日(木)ジャック&ベテイの二本目。

『BLUE  ブルー』(2021年製作/107分/日本/監督・脚本:吉田恵輔/出演:松山ケンイチ 東出昌大 木村文乃 柄本時生/公開2021年4月)

 ずっと楽しみにしていた映画。やっと。

すごくおもしろかった。みにきてよかった。映画館でみてよかったなと思った。

 

寺山修司原作の『あゝ 荒野』(2017年 前・後編)もそこそこ面白かったのだが、比べてみると満足度の点で軍配は大きく本作に。

 

『あゝ 荒野』はどこまでも劇画調ボクシング映画。登場人物の動きがエキセントリックでわくわくするほど面白いが、どこまでも深みがない。

 

『あゝ 荒野』はリング外で起きるちょっとありえない非日常的な事件がリングに影響を与えるが、『ブルー』は、ほとんどの「事件」はジムかリングで起きる。

 

『あゝ 荒野』の登場人物たちは映画の中でドラマチックな変化を遂げるが、『ブルー』の登場人物たちは、死ぬこともないし、淡々と日常の生活に戻っていく。

誰一人、振れ幅の大きい人生を生きていない。

 

例えば、試合に弱い瓜田(松山ケンイチ)をバカにするセンスのある練習生はプロテストに落ちてしまう。受かるはずのない楢崎(柄本)はプロテストに受かり、二人はあるときスパーリングをする。その途中で練習生は脳出血を起こして倒れ、意識不明となる。

ドラマは彼が亡くなることで急展開するものだが、彼は死なない。ただボクシングをやめるだけ。ジムの会長は事故の処理のための金銭的な工面に悩んでいる。

 

チャンピオンとなる小川(東出)は明らかにパンチドランカーの症状がありながら、日本チャンピオンとなり、防衛戦で負ける。症状がありながらドライバーの仕事を続けるし、ボクシングもやめられない。

小川と付き合っている千佳(木村)は、小川にボクシングをやめてほしいが、からだを張って止めることはしない。二人の関係は壊れかけているようにも見えるし、そうでもないようにも見える。映画っぽくするなら、小川から瓜田へ千佳に気持ちが動いていくのだろうが、そんなこともない。そこがいい。

楢崎の人物像はややリアリティを欠いているが、ドラマの中では最もドラマチック。柄本のひょうひょうとした役作りが冴えている(コンビニのバイトのカップルや、楢崎に喫煙を注意されてキレる客の中学生もいい味を出している)。

そして瓜田(松山ケンイチ)。松山は、最もボクサーらしい風貌と体つきを作り上げた。『聖の青春』(2016年 いい映画だった)では20㎏増量して撮影に臨んだと言われたが、今回はどのくらい減量したか。減量だけでなく、ボクシングシーンも東出のそれよりもカメラとの距離が遠く、ごまかしがなく迫力があった。生真面目に努力を続けながらも結果が出ない瓜田は、つねに小川や楢崎、千佳など周囲の人間の支えとなる心優しき人物だが、映画が進むにつれて少しずつ彼の中の孤独が染み出てくるのがいい。

ボクシングシーンもいいが、何といっても松山のラストシーンは出色の出来。映画としての完成度があらわれたシーン。

ジムの会長役、名前を知らないが、まるでそこに本物の会長がいるような力の抜けたリアルな演技。彼すらこの映画の中では、何者にも変化しないリアリティを生きている。

 

特段、この映画にテーマなどない。いらない。人間は日々みなこんなふうに生きている。かっこよくもなく、ときにエゴイスティックでいつもエッチなことを考えながら、何かにのめりこむこともある。ほとんどの場合、それが何かに結実することなどない。

だからなのか、誰もがいつもどこか孤独であって、誰かに手を伸ばそうとするのだが、誰かがそれを受け止めてくれる保証などない。それでも夜は明けるし、日々の時間は続いていく。

 

だらだらと書きすぎた。もっと上手に褒めたかったのだが。

結論。吉田監督の脚本、演出、スタッフ、キャスト、みな素晴らしい。映画をつくりこんでいるという感じが伝わってくる。

本作は、日本のボクシング映画としては『百円の恋』(2014年 安藤サクラ)と双璧と、映画もボクシングも門外漢の私は思う。

なお、タイトル『BLUE ブルー』は、タイトル戦の場合、挑戦者が青コーナーとなることからとられたのだろう。

 

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