『ある男』印象に残っているのは安藤サクラの演技の確かさ。感情の動きとセリフの間の距離が絶妙。

「備忘」は忘れないための用意のこと。見た映画のことを忘れないために書いておくのが「映画備忘録」なのに、時間が経つごとにその「用意」を忘れてしまう。困ったものだ。

 

11月24日、グランベリーパークシネマで

『ある男』(2022年製作/121分/G/日本/原作:平野啓一郎/監督:石川慶/脚本:向井康介/出演:妻夫木聡 安藤サクラ 窪田正孝 柄本明 他/公開:2022年11月18日)

 

弁護士の城戸は、かつての依頼者・里枝から、亡くなった夫・大祐の身元調査をして欲しいという奇妙な相談を受ける。里枝は離婚を経験後に子どもを連れて故郷へ帰り、やがて出会った大祐と再婚、新たに生まれた子どもと4人で幸せな家庭を築いていたが、大祐は不慮の事故で帰らぬ人となった。ところが、長年疎遠になっていた大祐の兄が、遺影に写っているのは大祐ではないと話したことから、愛したはずの夫が全くの別人だったことが判明したのだ。城戸は男の正体を追う中で様々な人物と出会い、驚くべき真実に近づいていく。(映画ドットコムから)

 

封切りの一週間後に見たのだが、早い時間にもかかわらずそこそこの客が入っていた。

大雑把な感想だが、同じ監督の『蜜蜂と遠雷』『愚行録』同様、つまらないわけではないのだが、焦点が弱いような気がした。脚本は『愚行録』は同じ向井康介という人。

蜜蜂と遠雷』は監督自身が脚本を書いている。こちらは原作をなぞりすぎ。本作と『愚行録』は焦点があまり見えてこない。

原作は、人間の存在とアイデンティティ―をめぐる物語のように読んだし、かなり面白かった記憶があるのだが。

原作をなぞりながら、社会的事象をその上に重ねていくのだが、映画は小説と違って、そこでの思考を映像で規定されてしまいがちで、思考そのものがかなり限定される。だから、小説よりもドラマの運び方が重要になる。

いくつものシーンが丁寧につくりこまれているから、そこで見る方を謎解きに引きづり込んでほしかった。ミステリ仕立てを見てみたかった。謎解きの方が、逆に小説の面白さを引き出せたのではないか。小説にはなかった仲野大賀が演じる本物の谷口のバックヤードもふくめた思い切った展開がなされてもよかった。

一方、本物探しを続ける妻夫木自身の背景に焦点を当てるならば、あまり文学的にならずにもっと具体的につくりこんでみてもいいのになと思った。

印象に残っているのは安藤サクラの演技の確かさ。感情の動きとセリフの間の距離が絶妙。もう一人柄本明。これは映画というより芝居そのもの。妻夫木聡では太刀打ちできないかなと思えた。画像11