『許された子どもたち』傑作だと思う。

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Mさん制作「マスク入れ」


9月11日の続き。

3本目が始まる前に30分ほどのインターバル。歩いて5分の日高屋。ずいぶん久しぶり。

塩味がやや強い野菜たっぷり湯麵の麺少なめ。スープは残す。

10分前にエントランスに戻る。

整理券、一人ずつ番号を呼ばれ入る。コロナ対策。

さて3本目。

『許された子どもたち』(2020年/131分/日本/監督:内藤瑛亮/脚本:内藤瑛亮・山形哲生/出演:上村侑・黒岩よし・名倉雪乃他/公開2020年6月1日)★★★★★

 

 

 

傑作だと思う。

テーマの扱い方はもちろんだが、それ以上に映画としての完成度が高いと思う。

内藤監督の『ミスミソウ』なども中学生をテーマにしたものだが、踏み込みが浅く、グロテスクさばかりが前面に出ていて、ホラーに近い。未見だが『先生を流産させる会』もうわさ?では同レベル。それに比べて本作は大変な飛躍。

 

「あなたの子どもが人を殺したらどうしますか?」

 

惹句としては薄っぺらい。しかし本編には深みがある。

 

思いつくままに良かった点を挙げてみる。

 

一番目に挙げたいのが、中学生群像をこれ以上ないというくらい上手に作り上げている点。中学生集団の独特のアナーキーさ、無感情と感情過多の振れ幅の大きいエキセントリックな面が、ちゃんと表現できている映画はあまりない。中学生が集団でいじめにかかわっていく(いる)部分などリアリティ十分である。これだけでも見る価値はある。

 

小学生の群像を描いてすばらしかった呉美保監督の『きみはいい子』に十分比肩できる。脚本がいい。演技がどこまでも自然。

ただ、主人公が名前を変えて潜伏するのを二人の男女の生徒が弾劾するシーンは少し違和感があったが。

 

母子関係がよく描かれている。今風に言うと「毒親」ということになるだろうが、こういう親はたくさん見てきた。だから評論家的に批判する気にはなれない。こんなふうにしか向き合えない親子関係を規定しているのは、必ずしも母親の資質だけではないことは間違いない。

はげしい暴力性を抱えながら、羊水のような「共依存」関係の中でたがいに煮詰まり続ける親子。絆星役の上村侑は、そんな中学生の二面性をよく表現している。つまらない演技をしないのもいい。無表情が無表情にとどまらず、入り組んだ感情をしっかり表現している。母親役の黒岩よしも秀逸。ダンナを見る目の冷たさと絆星のすべてをくるみこむアンバランスさを好演。

 

夫婦関係の壊れていくさまもリアリティがあっていい。

客観的に事態を見ようとする父親、子どもに寄り添う母親。そのどうにもならない分裂。子どもへの向きあい方が父親と母親では違うということをしっかりと感じさせる表現。これは被害者の夫婦についてもいえる。互いに結び合っているように見えてまったく別の地点から子どもを見ている。ふたりの子どもでありながら、子どもはふたりの枠組みを超えた存在としてある。

 

ネットの問題もリアリティがある。匿名の大衆が引き起こす総評論家現象、被害者も加害者も叩くことで快感を感じる人々、使い古された教育言説が飛び交う。所詮、子どもの殺人事件も消費の対象に過ぎない。肉体的な死以上にネット上で行われる「殺人」は残虐だ。

 

少年審判のシーン。狭い審判廷に法服ではなく背広を着た裁判官。既視感あり。

 

鑑別所での鑑別中に弁護士が説得し、絆星は自白を翻す。帰宅時間についての母親の証言や、現場にいた少年のうち一人しか絆星の犯行を証言しておらず、これがぐらつき始めている。

違和感があったのは、当該の少年の両脇に両親が坐っていたこと。

いままで私がかかわった審判で、両親が少年の両脇に坐ったことは一度もない。

また、被害者夫妻が写真をもって出廷しようとするのを係員から止められるシーン。

殺人に関わる少年審判に被害者の両親の出廷を裁判所が認めるものだろうか。

関係者を一堂に集めてという一般の刑事裁判とは違って、少年の健全育成を目的として行われる少年審判の場合、被害者の近親者の出廷はあまり例がないのではないか。

 

さらに、裁判官は無罪を主張する加害者の弁護士に意見を求める。それはそれでありだと思うが、3週間程度の鑑別所での生活のなかで家裁調査官が行った調査や面接はどう生かされているのか見えなかった。少年審判は一般に家裁調査官の存在が大きく、裁判官と調査官の結論が一致していることが重要だと思うが、調査官の存在感が薄く、結論として「不処分」を下してしまうのも??と思った。証拠不十分とは言っても、明らかな殺人事件であるのだから警察による操作はかなり厳しいものとなるはずだし、状況証拠だけということにはなりにくいはず。「不処分」によって物語のその後が展開することからすれば、必然なのかもしれないが、やや無理があるような気がする。

 

さらには少年による殺人事件は原則逆送というのが通例である以上、裁判所は警察の捜査の結論(立件)と調査官の調査を併せ考えれば、「不処分」にはなりにくいし、何らかの刑事処分を出せば再度検察官による捜査と起訴ということになるはず。

 

絆星が釈放されたところから物語は動いていく。

 

あとは見ていただくのがいい。

今年初めに元文部官僚の寺脇研氏と前川喜平氏が企画した『子どもたちをよろしく』という映画が公開された。ほとんど話題にはならなかったが、一部では素晴らしい映画との評判。同じ中学生を扱った映画、ぜひ見比べてほしい。大人の側の視点のあり方が明確に違うことがよく分かると思う。

問われているのは何なのか、子ども問題、教育問題、学校問題という狭い枠組みではなく、現代に生きる人間の宿痾のようなものが『許された子どもたち』にはしっかり表現されていると思う。

 

後味は決して良くないけれど、久しぶりに子どもにかかわるいい映画を見た。

 

 

 

一日3本。『マルモイ』『精神0』『許された子どもたち』。帰宅は19時。

こういう日があってもいい。