『加計呂麻旅日記』戦後75年という時間を考えれば、人々の記憶の中に埋もれていく運命にあったものを、津田さんが丁寧に掘り起こして、私たちに見せてくれる。島の人々にとっても、語り継がれるべき歴史であることは言うまでもない。すごい仕事である。

 

【読み飛ばしの記録】の続き

 

『シズコさん』(2008年/佐野洋子/新潮社/1400円+税)★★★★

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何かを読んでいて、佐野洋子と母親の確執のことが気にかかって、中古で購入。本を見て感じるところがあり、本棚を探ると同じ本が。Mさんが買って読んだようだ。こういうことがたまにある。

末尾に、雑誌『波』に2006年1月~2007年12月まで連載したものとの記述がそっけなく。前書きもあとがきもない。章立てはぴったり24章。2年分の連載をそのまま本にしたようだ。表紙の挿画は著者。文章同様、けれんみなしのストレート勝負。文章の達人ではあるが、人生の達人ではないその不器用さが痛切。引き込まれる。娘から見た母親が中心だが、その周辺の兄弟姉妹、叔母、友人などが立ち上がってくるように輪郭豊かに描かれる。元夫の谷川俊太郎の様子も。


『罪の声』(2019年/塩田武士/講談社文庫/920円+税/単行本は2016年)★★★★

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NHKで『ゆがんだ波紋』をみた。長塚京三松山ケンイチ松田龍平らが緊迫した演技を見せ、楽しめた。『盤上のアルファ』というのもあったらしいが見ていない。

今度映画化されるのがこの作品。今年5月の封切りの予定が、コロナの為に延期になっているようだ。そこで、原作を読んでみた。

グリコ森永事件を独自の視点から構成。細部に至るまでよくもまあと思うほどよく書き込まれている。犯人の人物像やその家族や周辺の人々まで。すごい作家がいるものだ。

 

『能力2040 AI時代に人間する』(2020年/池田賢市・市野川容孝・伊藤書佳・菊池栄治・工藤律子・松嶋健太田出版/1200円+税)

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著者のおひとりからいただいた。2017年から2019年までの教育文化総合研究所の能力論研究委員会の最終報告。体裁は薄い本だが、この国の「能力主義」について問い直す新鮮な視点を感じた。

能力の問題は、単に学力や障がい児教育の問題ではなく、人材を評価、分類していく社会の側の「ひと」をみる思想の問題。ひさしぶりにちょっとどきどきしながら読み進めた。

ただ、こうした研究が学校の現場とどうつながれていくのか、そこがないとせっかくの研究は生きてこない。つい先だっても紹介されて同じ研究所の「教職員の自己規制と多忙化研究員会報告書」を読んだが、これも優れたもの。若い研究者が集まって素晴らしい研究成果を上げていることが、現場でいかされないのが残念。

日教組中枢がそういう視点についてどう考えているのか。そこが重要。

『ある男』(2018年/平野啓一郎文芸春秋/1600円+税)★★★★

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平野啓一郎の小説を初めて読んだ。食わず嫌いだったかなと思った。センセーショナルな問題をじっくりと思索を深めていくための仕掛けがよくできているし、ディテールもしっかり構築されているから引き込まれる。読後感もよい。小説家って、こういう役割をもっていたなあと再認識させられた。

『加計呂麻旅日記』(2020年/津田憲一/私家版)

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津田憲一さんは、大和市の元中学の社会科の教員。

今までにも、慶良間島や座間味島での集団自決を追ったレポートをいただいた。地道に島の老人たちの間に入り込み、人々になじみながら丁寧に証言を引き出すスタイルは、今回の奄美加計呂麻島までも変わらない。今回は2017年8月と11月に、それぞれ7日間、11日間、2018年に16日間、島に滞在して行った聞き取りのまとめ。

津田さんは、軍によって集団自決が企図されていたという論文が20年前に書かれていたことを、この滞在中に島の人からの紹介で知る。論文は、菊池保夫さんという方という方が「集団自決の場所―奄美諸島から―」(『奄美郷土研究会報』36号所収)

その時の津田さんの思い。

現物と対面する。いささか緊張しながらページをめくる。一読、すごい!これだけのことを、以前調べた方がいたのだ。加計呂麻に限らず、奄美諸島全域、さらには宮古八重山にも論考の手は及ぶ。・・・私は、感服した。しかし、「地方の」会報が広く読まれることはなかったのだろう。多くの人は知らず、もちろん私も。沖縄の「集団自決」が問題となった2007年ごろ、この奄美での”事実が”知られていたらと思う。・・・/私が加計呂麻の戦争体験者から直接聞き取り、考えていたことが、ここで見事に論証されている。沖縄とはちがった様相をもつ、奄美の”幻の集団自決ー”とでもいったものが、浮かび上がってくる。・・・とすれば、今私がやるべきは、実際に証人を探し出し、”生の証言”を記録すること。つまり、今やっていることを継続することだ。(44~45頁)

 

A4判、90頁のレポートは、実際には起きなかった『幻の集団自決』の事情をしっかりとらえている。島の中を縦横に歩き回る津田さんの姿が目に浮かぶ。

戦後75年という時間を考えれば、人々の記憶の中に埋もれていく運命にあったものを、津田さんが丁寧に掘り起こして、私たちに見せてくれる。島の人々にとっても、語り継がれるべき歴史であることは言うまでもない。すごい仕事である。

津田さんに敬意を表する。