『未明の砦』(太田愛)を読む。・・ この国の人間には社会という概念がないのだ。あるのは帰属先だけ。自分のいる会社、自分のいる学校、自分のいる家族。顔の見える相手がいて息苦しい人間関係に縛られた帰属先しかない。そもそも社会という概念がないのだから、社会にどれほど醜悪な不正義や不公正が蔓延しようと、自分に実害がないかぎり無関係な事象でしかないのだ。

9日、朝。気温3℃。

満開のミモザと降霜、奥に咲いているのは緋寒桜だろうか。

冬と春が同居する。今朝も快晴。丹沢の雪も富士山も輝いている。気温2℃。

 

太田愛『未明の砦』(KADOKAWA・2023年7月・2860円)、600ページある大部の小説。三日かかったが読み終えた。後半、一気に。大きなテーマは公安による共謀罪の適用。

とはいえ、政治や経済にとどまらず、労働のあり方まで含めたサスペンスは珍しい。

トヨタと思しき大手自動車メーカーで働く4人の非正規労働者たちが主人公だ。工場内の人間、会社の人間ほかに、警察官、労働運動活動家、警備員、掃除スタッフなどさまざまな年代、階層の人物がそれぞれ彫りの深い人物造形で登場する。下のあらすじだけでは捉えきれない面白さがある。

ついこの間、ブレイディみか子の『R・I・S・P・E・C・T』(筑摩書房・2023年8月・1595円)を読んだが、これも面白かった。どちらにも共通するのが、イギリスの女性参政権運動サフラジェットが、下敷きになっていることだ。『未明の砦』の方は、戦後の労働運動の労使一体の形に対し、明らかに否定する立場、労働者の自立が前提となっている。ラストシーンはネタバレになるので書かないが、非正規の若者4人が、自前の労組をつくり、公然化していく過程はワクワクするものがある。

現在の日本の政治、経済、労働、警察、検察などを、トータルに描いていて圧巻だ。

ところどころリアリテイに欠けるところはあるが、それを差し引いても十分に読者を楽しませ、考えさせる小説になっている。

2冊とも今の日本を考える上で意義のある本だと思う。

 

あらすじ(Amazonから)

共謀罪、始動。標的とされた若者達は公安と大企業を相手に闘うことを選ぶ。
その日、共謀罪による初めての容疑者が逮捕されようとしていた。動いたのは警視庁組織犯罪対策部。標的は、大手自動車メーカー〈ユシマ〉の若い非正規工員・矢上達也、脇隼人、秋山宏典、泉原順平。四人は完璧な監視下にあり、身柄確保は確実と思われた。ところが突如発生した火災の混乱に乗じて四人は逃亡する。誰かが彼らに警察の動きを伝えたのだ。所轄の刑事・薮下は、この逮捕劇には裏があると読んで独自に捜査を開始。一方、散り散りに逃亡した四人は、ひとつの場所を目指していた。千葉県の笛ヶ浜にある〈夏の家〉だ。そこで過ごした夏期休暇こそが、すべての発端だった――。
自分の生きる社会はもちろん、自分の人生も自分で思うようにはできない。見知らぬ多くの人々の行為や思惑が作用し合って現実が動いていく。だからこそ、それぞれが最善を尽くすほかないのだ。共謀罪始動の真相を追う薮下。この国をもはや沈みゆく船と考え、超法規的な手段で一変させようと試みるキャリア官僚。心を病んだ小学生時代の友人を見舞っては、噛み合わない会話を続ける日夏康章。怒りと欲望、信頼と打算、野心と矜持。それぞれの思いが交錯する。逃亡のさなか、四人が決意した最後の実力行使の手段とは――。
最注目作家・太田愛が描く、瑞々しくも切実な希望と成長の社会派青春群像劇。第26回大藪春彦賞受賞作。

 

未明の砦

引用

公安の要職にある萩原琢磨(警察庁警備局警備企画課課長)の独白

ーおまえも常々言ってたじゃないか。日本には民主主義は根づかなかったとな。確かに、と萩原は思った。それは、この国の民主主義が国民の手で勝ち取られたものではなかったからだ。民主主義は人間の長い歴史の中で、民衆が王や宗主国などの巨大な権力と闘い、革命や戦争による犠牲も厭わずもぎ取ってきたものだ。しかし、この国はそうではない。広島、長崎と原爆を投下され、ようやく敗戦を迎えた後に、民主主義もまた投下されたのだ。

 突如として、想像もしなかったような景色が開けた。臣民が国民となって国家の主権を持ち、大人も子供も老人も国のために死ねと命じられることがなくなった。ひとりひとりの人権が保障され、女性に参政権が与えられ、労働組合法が作られ、国民は健康で文化的な生活を営む権利を有するまでになった。しかし、投下された民主主義が根づくことはついになかったのだ。

 すでに選挙制度すらまともに機能していない。主権者の責任を果たしている者は半数そこそこで、結果として国の行き先を決めているのは無関心な者らなのだ。政治家という名の利権分配屋は何をしても処罰されることなく、もはや法治国家でさえなくなりつつある。

 この国の人間には社会という概念がないのだ。あるのは帰属先だけ。自分のいる会社、自分のいる学校、自分のいる家族。顔の見える相手がいて息苦しい人間関係に縛られた帰属先しかない。そもそも社会という概念がないのだから、社会にどれほど醜悪な不正義や不公正が蔓延しようと、自分に実害がないかぎり無関係な事象でしかないのだ。

 社会とは空気のようなものだ。生きるためには呼吸せねばならず、体のどこかは常に空気に触れている。だがこの国の人間は、その空気が不正義や不公正に汚染されて次第に臭気を放ち始めても、世の中はそんなものだと呟きながらどこまでも慣れていく。コロナ禍でいわれたようにこまめに手洗いするなど身体的な衛生観念は高いのだろうが、自分たちの社会に対する不潔耐性も極めて高いのだ。

 時折、萩原はこの国にある規範は二つだけではないのかと思う。《自己責任》と《迷惑》だ。別に今に始まったことではない。江戸の昔から共助社会だったといわれているが、共同体からの助けは、ある種の辱めや罰と引き換えにしか与えられなかった。年貢を払えず村に助けてもらった農民が、米を提供してくれた人の家に入る時には門の手前で履き物を脱いで違うようにして入れと命じられた例さえあった。おかげで、助けを求める屈辱よりも夜逃げを選ぶ家もあったという。(514ページ)

網羅的ではあるが、現在の日本の状況について、さまざまなレベルでの分析が登場人物によって随所で語られる。

 

『ビヨンド・ユートピア 脱北』など、2024年2月の映画寸評③と配信寸評

2024年2月の映画寸評③

<自分なりのめやす>

お勧めしたい   ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

みる価値あり   ⭐️⭐️⭐️⭐️

時間があれば   ⭐️⭐️⭐️

無理しなくても  ⭐️⭐️

後悔するかも   ⭐️

 

(20)『父は憶えている』(2022年/105分/キルギス・日本・オランダ・フランス

          合  作/原題:Esimde/脚本・監督:アクタン・アリム・クバト/出演:アクタン・

          アリム・クバト ミルタン・アブディカルコフ他/2023年12月1日公開)

           28日kiki               ⭐️⭐️⭐️                   

「あの娘と自転車に乗って」「馬を放つ」などで知られる中央アジアの名匠アクタン・アリム・クバトが、母国キルギスのインターネットニュースで見つけた実話に着想を得て、出稼ぎ先のロシアで記憶と言葉を失い故郷へ帰ってきた父とその家族を描いたヒューマンドラマ。
23年前にロシアへ出稼ぎに行ったまま行方がわからなくなっていたザールクが、キルギスの村に帰ってきた。家族や村人たちは記憶と言葉を失った彼の姿に動揺するが、そこにザールクの妻であるウムスナイの姿はなかった。周囲の心配をよそに、ザールクは村にあふれるゴミを黙々と片付ける。そんなザールクに、村の権力者による圧力や、近代化の波にのまれていく故郷の姿が否応なく迫る。
クバト監督が主人公ザールクを自ら演じた。2022年・第35回東京国際映画祭コンペティション部門出品。(映画.com)

 

 冒頭のシーン。まばらな異様に白い木の林をカメラが低い位置で舐めていく。ラストシーンではザールクが木に白いペンキを塗っている。冒頭と同じようにカメラが動いていく。林は村のメタファーで、村はザールクによって何らかの変化をもたらしたことを表しているのか。違和感があって印象的だ。

馴染みのない中央アジアの国キルギスイスラム文化圏、政治的には旧ソ連。近代化に乗り遅れた村に、出稼ぎに行って行方不明となり、記憶を無くしてしまった男ザールクが帰ってくる。

顛末はわからないが、息子がザールクを探し出して連れ帰ったようだ。村の入り口の吊り橋で村の老婆とすれ違う。無表情なザールクにうろんな表情を見せる老婆。

どれほど時間が経っているのかわからないが、かなり長い時間の不在だったようだ。息子は結婚しており妻と子どもがいる。ザールクの妻は近所の男と再婚しているが、ザールクの帰還によってこの妻、再婚した男、その母親、そして村の中にさまざまなさざなみが起こる。映画はこれらを淡々と描いていく。

ザールクは何も語らず、無表情に村の中のゴミをひたすら片付ける。村人は困惑するが・・・。村では旧態依然とした生活が続いているが、スマホは当たり前に村人の生活に入り込んでいる。

テーマ性が前面に打ち出されているわけではないが、近代化の波の中で、政治・宗教で支えられてきた村落共同体の変化の過程のいびつさが描かれているようだ。

自ら脚本、監督、主演を手掛けるアクタン・アリム・クバトの存在感が映画の主柱になっている。何よりキルギスという国の有り様を掛け値無しに描いているという点で貴重な映画だと思った。やや面白みには欠けるが。画像2

(21)『ビヨンド・ユートピア 脱北』2023年製作/115分/アメリカ原題:Beyond Utopia/監督:マドレーヌ・キャビン 撮影:キム・ヒョンソク/2024年1月123日公開)28日kiki ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

脱北を試みる家族の死と隣り合わせの旅に密着したドキュメンタリー。

これまで1000人以上の脱北者を支援してきた韓国のキム・ソンウン牧師は、幼児2人と老婆を含む5人家族の脱北を手伝うことに。キム牧師による指揮の下、各地に身を潜める50人以上のブローカーが連携し、中国、ベトナムラオス、タイを経由して亡命先の韓国を目指す、移動距離1万2000キロメートルにもおよぶ決死の脱出作戦が展開される。

撮影は制作陣のほか地下ネットワークの人々によって行われ、一部の詳細は関係者の安全のため伏せられている。世界に北朝鮮の実態と祖国への思いを伝え続ける脱北者の人権活動家イ・ヒョンソをはじめ、数多くの脱北者やその支援者たちも登場。「シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声」のマドレーヌ・ギャビンが監督を務めた。2023年サンダンス映画祭にてシークレット作品として上映され、USドキュメンタリー部門の観客賞を受賞。(映画.com)

 

何度か予告編を見たが、凄まじい迫力に、ほんものか?という一抹の疑問があったのは確か。実際にみて、ドキュメンタリーとして大変優れた作品であると思った。

冒頭に「再現フィルムはありません」の断り書き。どうしても伝えたいところは短いアニメを使用している。

夫婦、子ども2人、老婆の5人家族の脱北を支援するために、1000人の脱北者を支援してきたというキム牧師、ブローカーらと連絡をとりながら、最後は自分もラオス山中の10時間を超える逃避行に同道。その時々の判断の機敏さ、正確さが5人の家族をタイまで送り届けることになる。こう書くと想像するのは痩身の鋭い表情をした男性だが、実際は違う。やや太めのどこにでもいる中年のおっさん。なんでもOK、OKではない。できないことははっきりとできないというし、危機に対するセンサーが人一倍敏感。

北朝鮮と中国を隔てる鴨緑江を渡河するところから脱北は始まる。ここで撃たれて死ぬ人も多いという。というのも金正恩脱北者狙撃の成功に褒賞を出しているからだ。

瀋陽にようやく到着した5人は、ブローカーとともに青島までクルマで移動する。いっときも気が抜けない移動。これだけでも調べてみると1300km超、東京、大阪を往復する距離。逃避行全体の約10分の1。ここからベトナムを経てラオスに入り、ラオスのジャングルを10時間以上歩いて、メコン川河畔に到着。小さな舟でタイに渡れば、タイ政府は亡命者として韓国に送還してくれるという。ベトナムラオスの政情は脱北者にはかなりの厳しいもの、危険はそれだけ身近に迫る。

ブローカーとの虚々実々のやりとり、誰もが命の危険を感じながらの逃避行に、カメラが信じられないほどの密着ぶりを示す。ホッとするのは各地にいくつか設定されている脱北者用の中継地点の家々。5人はそこを経由するたびに、みたことのないものを見、食べたことのないものを食べながら、北朝鮮の思いくびきから解放されていく。カメラはそこをしっかり捉えている。子どもたちはすんなりと新しい世界に馴染んでいくが、老婆の中に染み込んだ北朝鮮は簡単には溶け出さない。3時間で抜けられるというラオスのジャングル山中は10時間以上かかった。ブローカーへの不信そして疲労、不安・・・見ていて辛くなる。

 

母親だけが脱北し、息子の脱北をブローカーに依頼しているもう一つの家族の動きもパラレルに捉えられている。また、併せてすでに脱北してきた人々の証言も生々しく伝えられる。

テレビのドキュメンタリーも含めて、いくつか脱北を捉えたものを見てきたが、この映画は傑出していると思う。というのも、命のやり取りをするような政治状況の過酷さを描きながら、キム牧師や老婆、母親、さらには姿の見えないブローカーも含めて、人間の感情の奥深さが描かれていると思うからだ。

キム牧師他の脱北支援の人々の安全を願うばかりだ。画像1

 

2月の配信 寸評

 

(6)『豚が井戸に落ちた日』(1996年/113分/韓国韓国/監督:ホン・サン

   ス 1997年6月公開)⭐️⭐️

  見初めて、なんだかホン・サンスぽい作りだなと思っていたらやっぱり。後年の

  作品より面白みは感じなかった。

 

(7)『アイアム マキモト』(2022年/104分/日本/原作:ウベルト・パゾリー

    ニ /監督:水田伸夫/出演:阿部サダヲ 満島ひかり 宇崎竜童 宮沢りえ

    松尾スズキほか/2022年9月公開 有料)⭐️⭐️⭐️

   元のイギリス映画『お見送りの作法』の方がリアリティがあり、人物造形も自

   然だったような記憶がある。見ていてとにかく違和感。市役所内外でのマキム

   ラの言動が対人関係の不適応がわざとらしく感情移入ができなかった。阿部サ

   ダヲがもっと生きるような作り方があったのでは。脇役は満島、宇崎、宮澤

   それぞれかなりいいのに生かされていない。ストーリーにリアリティを感じな

   かった画像18

(8)『死刑に至る病』2022年製作/128分/PG12/日本/原作:櫛木理宇/脚本:

    高田亮/監督:白石和彌/出演:阿部サダヲ/宮崎優ほか/2022年5月公開 

    有料) ⭐️⭐️⭐️

   公開の時に見逃していたので配信を楽しみにしていた。ストーリーの二重構造

   はうまくできていると思った。『羊たちの沈黙』が念頭にあるのか。と思っ

   たが。残酷、残忍ではあるが、あちこち建て付けが崩れているように思うとこ

   ろも。展開としての面白さを感じなかった。阿部サダヲのキャスティングは成

   功しているだろうか。画像1

(9)『海に向かって水は流れる』2023年製作/123分/日本/原作:田島列島/監督:

   前田哲/出演:広瀬すず 高良健吾 大西利空ほか/2023年6月公開)⭐️⭐️⭐️*

   流れにリズムが感じられ、力も抜けていて、いい気分で最後まで。主役の広瀬

   すずが醸し出すだるさが今ひとつ。周囲から浮いてしまう際立つ容貌、化粧

   が邪魔。ほとんど笑顔のない演技は悪くはないが。

 

(10)『左様なら』(2018年製作/86分/日本/原作:ごめん/脚本・監督:石橋夕

   帆/出演:芋生悠 他 /2019年9月公開)⭐️⭐️⭐️*

   『朝が来るとむなしくなる』が案外にいい映画だったため、同じ監督の前作を

   見てみた。高校生の教室の会話が抜群。脚本もいいのだろうが、演じている高

   校生役がとってもいい。『朝が・・・』でもよかった芋生はここでも独特の味。

   一人の女子高生の死をめぐる群像劇ではあるが、全くドラマチックでなく、か

   といってやっぱりヒリヒリするところもあって、アンビバレントな感情の動き

   をゆっくりと慌てずに追っているところがいいと思った。

   こういう小さな?映画、いいと思う。石橋監督、いい。

画像9

「映画・ドラマとマイノリティ存在」を書いた。(飢餓陣営58号2024年2月刊)

佐藤幹夫さん編集の思想誌『飢餓陣営』58号に「映画・ドラマとマイノリティ存在」という文章を書いた。日記形式の映画評の2回目で、10頁ほどの原稿である。1回目は前号57号にやはり日記形式で『「社会は何も変わんねえんだよ」はほんとうか』を書いた。

表題の中の言葉は、日本精神科病院協会の山崎会長の身体拘束についてのインタビュー記事(東京新聞)からの引用だ。

地域でこそ病者を受け止め身体拘束は止めるべきという記者に対し、山崎氏は「患者の安全を考えて拘束して、なぜ心が痛むの?」という。

社会構造を変えなければという記者に対し「変わんねえよ!医者になって60年、社会は何も変わんねえんだよ。みんな精神障害者に偏見をもって、しょせんキチガイだって思ってんだよ、内心は」。

映画『PLAN75』『ロストケア』をめぐって、山崎氏や滝山病院の問題について触れた。

今号では『ケイコ、目を澄ませて』から『月』まで、触れてみた。障害や精神病に対し、社会は変わりつつあるのか、それとも山崎氏の言うように「しょせん」なのか。

映画という媒体の中で、こうした問題に対する視線が、つくる側とみる側でどう変化していくのか、関心のあるところだ。

 

mosakusha.com

 

 

呑み会、いろいろ。

会食の機会が増えている。

K氏とは、相談のことがあり、当該の人と弁護士事務所に同道するなどして、都合3回会うことなった。

13日は、千葉柏在住の友人Y氏の裁判傍聴に、松戸にある千葉地裁松戸支部まで。

会計年度職員の学習サポーター採用問題。組合活動家に対する嫌がらせとも言える任用拒否問題。まだ書面のやり取りが続いている。

 

22日、最後の職場となったM中で同僚だった方々との3人会。新横浜で。

退職者の会。旧交を温めるというより、さまざま情報交換。

26日、東京の友人F氏と15時から溝の口で。何年か振り。同じ年回りのせいか、悩み事も似ている。

 

29日、引退した組合ではあるが、二月に一度、退職者の会がある。京浜東北根岸線の本郷台が会場だが、終了後大船で下車してささやかな交流。

 

3月2日、ついこの間だが、教職実践演習の学生によるコンパ。

久しぶりに歌舞伎町。若者でいっぱい。

学生16人に70歳。不思議な取り合わせ。コロナでコンパなどほとんどできなかった彼らだが、違和感なく談論風発、実に楽しそうに談笑する。

驚くのは、騒いでいても羽目を外すことはなく、気遣いもあり、礼儀正しいことだ。

私が彼らの年齢の頃は、もっと非常識だったし、無節操かつ不遜で非礼な若者だった。

今が違うかといえば、そうは断言はできないが、それにしても若者の弁えには驚かされる。

早めに退出したのだが、深夜に代表の学生から丁寧なお礼のメールがあった。笑えたのは「ぜひまたよろしくお願いします」とあったこと。これ以降会うことはまずない。外交辞令とはいえ、うれしいことだが。

ガーデンシクラメン

連チャンで昨日、かつての同僚の一人が、県外の学校に単身赴任するというので、その時の学年を組んだ人たちが集まって送別会を開いた。20年前に顔を合わせて始まった学年。新横浜。

学年が解かれたのは17年前。3年間の関わりだったのに、話題は時空を飛び越え、あの頃へ時間が巻き戻される。不思議なものだ。いくつかのシーンが色あざやかに蘇るのは歳をとったせいかもしれないが。

 

つがいのカワセミ

ここ数日、朝の気温は3℃〜5℃で推移している。

風があると晴れていても体感温度はかなり低く、寒い。

今朝のように、3℃を下回りそうな日でも、日が出て風がないと歩き始めてすぐに汗ばむ。

境川に出る前でに通行量の多い八王子街道、目黒の交差点を通るのだが、月曜のせいか、クルマも自転車も、こころなし慌ただしさを感じる。

一旦、境川河畔に出てしまえば、クルマの音は全くと言っていいほど聞こえなくなる。散歩の人も少なく、穏やかな平日の朝である。

今朝もカワセミを見かけた。

カワセミの産卵時期は3月〜8月というから、そろそろ求愛給餌が目撃できるかもしれない。一度しか見たことがない。

 

昨日「ほら、あそこ!」のMさんの声に振り向いた途端、1mの高さの葦に留まっていた鮮やかな青みを帯びたカワセミを目撃。

おっと思う間に、水面から4mの高さに跳び上がり、2秒ほどホバリング、そして直角に急降下。ドボンと水中に入ったかと思うと、嘴に銀鱗をばたつかせながらもとの葦に。

あの高さから翡翠には水中がどんなふうに見えているのか。カワセミの視力の凄さにはいつも驚かされる。

今朝、散歩友達の宮本さんから、つがいの写真をいただいた。下がメスとのこと。グッド ショットである。

明日、啓蟄

 

『最悪な子どもたち』『夜明けのすべて』『コット はじまりの夏』 2024年2月の映画寸評②

2024年2月の映画寸評②

<自分なりのめやす>

お勧めしたい   ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

みる価値あり   ⭐️⭐️⭐️⭐️

時間があれば   ⭐️⭐️⭐️

無理しなくても  ⭐️⭐️

後悔するかも   ⭐️

 

 

(12)『宝くじの不時着 一等当選くじが飛んでいきました』(2022年/韓国/113

   分/原題:6/45/脚本・監督:パク・ギュテ/字幕監修 松尾スズキ 2023年

   12月29日公開)時間があれば ⭐️⭐️⭐️    kiki 2月7日

 

韓国の軍人が手にした1等6億円の当選くじが北朝鮮兵士のもとへ渡ったことから巻き起こる騒動を予測不能の展開で描き、韓国やベトナムでスマッシュヒットを記録したシチュエーションコメディ。

韓国軍の兵士チョヌは1等6億円が当選した宝くじを手に入れ大喜びするが、その宝くじは風に乗って軍事境界線を越え、北朝鮮の上級兵士ヨンホのもとへ飛んでいってしまう。南北の兵士たちは宝くじの所有権をめぐり、共同警備区域のJSAで会談を開くことになるが……。

「別れる決心」のコ・ギョンピョが韓国軍人チョヌ、「ヒットマン エージェント:ジュン」のイ・イギョンが北朝鮮兵士ヨンホを演じ、「パイプライン」のウム・ムンソク、「人生は、美しい」のパク・セワン、「野球少女」のクァク・ドンヨンが共演。作家・演出家・俳優の松尾スズキが日本語字幕監修を手がけた。

 

あらすじを読むだけでもわかるが、掛け値なしに面白い映画。同じ民族どころか、今や堂々と敵国と正恩をして言わしめる南北関係を、韓国ではこんなふうに笑ってしまう。すごい民族だなと思う。長くしんどい分断を抱えているからこそのブラックユーモア。見ていて思うのは、幾つものシーンに隠し絵のように何かが仕込まれていること。なんとなく「ほら、ここだぞ」と言っているのはわかるのだが、本当のところはわからない。

たぶん私は、この映画の面白さの半分くらいしかわかっていないのではないか。独特の韓国語の言い回しやギャグ、それと今までの映画のパロディもたくさん含んでいるようだ。松尾スズキの字幕は凝っているが、それでも隣で韓国人が見ていたら、笑うツボが違うような気がする。

 

(13)『ポトフ 美食家と料理人』(2023年/フランス/136分/原題::La Passion    de Dodin Bouffant (The Pot-au-Feu)ドダン・ブファンの情熱 (ポトフ):監督:

   トラン・アン・ユン/出演:ジュリエット・ビノシュ ブノワ・マジエル/2023

   年12月15日公開) ⭐️⭐️⭐️⭐️  2月11日kiki

青いパパイヤの香り」「ノルウェイの森」などの名匠トラン・アン・ユン監督が、料理への情熱で結ばれた美食家と料理人の愛と人生を描き、2023年・第76回カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞したヒューマンドラマ。

19世紀末、フランスの片田舎。「食」を追求し芸術にまで高めた美食家ドダンと、彼が閃いたメニューを完璧に再現する天才料理人ウージェニーの評判はヨーロッパ各国に広まっていた。ある日、ユーラシア皇太子から晩餐会に招かれたドダンは、ただ豪華なだけの退屈な料理にうんざりする。食の真髄を示すべく、最もシンプルな料理・ポトフで皇太子をもてなすことを決めるドダンだったが、そんな矢先、ウージェニーが倒れてしまう。ドダンはすべて自分の手でつくる渾身の料理で、愛するウージェニーを元気づけようとするが……。

イングリッシュ・ペイシェント」のジュリエット・ビノシュが料理人ウージェニー、「ピアニスト」のブノワ・マジメルが美食家ドダンを演じた。ミシュラン3つ星シェフのピエール・ガニェールが料理監修を手がけ、シェフ役で劇中にも登場。(映画.com)

ひとつ一つのシーンが練りに練られていて、美しい。料理も人も風景も。

美食家ドダンが、ユーラシア皇太子(これがよくわからないが・・・)の招待を受けて、8時間に及ぶ料理でもたなされ・・・辟易したドダンはシンプルな家庭料理ポトフで返礼の席を彩るという話かと思ったら、違った。予告編はそこに焦点を当てているようだったが。最後までポトフが出来上がることはなく、従ってユーラシア皇太子を招く宴席のシーンもない。料理対決の映画ではなく、これは美食家と料理人ウージェニーの恋愛の物語。19世紀末のフランスが見事に再現され、人々の動きも料理も全て見事にこなれていてなんの破綻もない。ほとんどのシーンで聴こえる鳥の声まで素晴らしい。

見たことのない世界が味わえる贅沢な映画。

Mさんもたまにポトフをつくるが、ドダンとウージェニーの作るポトフがどんなものか見てみたかった。

いずれにしても、この映画のすごさの半分ほども捉えていないような気がする。画像6

 

(14)『最悪な子どもたち』(2022年/フランス/99分/原題Les pires最悪/監督・

    脚本:リーズ・アコカ ロマーヌ・ゲレ/出演:ヨハン・ヘルデンベルグ/20

    23年12月9日公開)  ⭐️⭐️⭐️⭐️ 2月11日kiki

 

北フランスを舞台に演技未経験の問題児たちを配役した映画撮影の行方を描き、2022年・第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でグランプリを受賞した人間ドラマ。キャスティングディレクターと演技コーチの経歴を持つリーズ・アコカとロマーヌ・ゲレが長編初監督・脚本を務め、オーディションで数千人の若者と接してきた実体験をもとに撮りあげた。

フランス北部の荒れた地区を舞台にした映画が企画され、地元の少年少女を集めた公開オーディションが行われた。キャストとして選ばれたのは、異性との噂が絶えないリリや怒りをコントロールできないライアン、心を閉ざしたマイリス、出所したばかりのジェシーの4人で、シナリオは彼ら自身をモデルにした物語だった。波乱に満ちた撮影が始まり、4人は映画の登場人物を演じることで自分自身と向き合っていく。

主人公4人を演じるのは、実際に北フランスの撮影地近辺で開かれたオーディションで選ばれた演技未経験の子どもたち。「アイダよ、何処へ?」のヨハン・ヘルデンベルグが劇中の映画監督役を務めた。

ピカソ地区という北フランスのいわゆる荒れた地区を舞台に「映画をつくる」、そのメイキングを撮っているという設定だが、メイキングそのものがあらかじめつくられた脚本に依っている。

見る側は、このしんどい映画づくりのドキュメンタリーを見ているような気分。難しい子どもたちの好き勝手な行動に監督はじめスタッフは何度も立ち往生するのだが、これがまさにリアルそのもの。どこまでが演技なのか、見ていてもよくわからない。

子どもたちのエネルギーは止まるところも知らない。監督の女の子に対する扱い方の不満や、主役の女子のスタッフへの恋慕。いくつかの小さなエピソードが絡み合いながらドラマが進行する。

これって素のままの、例えばライアンはライアンという実在する子どもなのか?何度も自問しながら最後まで引っ張られる。あえて書かないが、リリーとライアンの静かなラストシーンがすばらしい。

なんという映画だ、というのが正直な感想。

 

 

 

(15)『夜明けのすべて』(2024年/日本/109分/原作:瀬尾まいこ/脚本・監督:

   三宅唱/出演:上白石萌音 松村北斗/2024年2月9日公開 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ グラ

   ンベリーシネマ2月14日

「そして、バトンは渡された」などで知られる人気作家・瀬尾まいこの同名小説を、「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督が映画化した人間ドラマ。

PMS月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。(映画.com)

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦役を演じた松村北斗上白石萌音が山添くん役と藤沢さん役でそれぞれ主演を務め、2人が働く会社の社長を光石研、藤沢さんの母をりょう、山添くんの前の職場の上司を渋川清彦が演じる。2024年・第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品。

 細部に至るまで丁寧に、ゆったりとつくられている。映画の中に流れる時間がすごい。『ケイコ』とはまた違った空気をつくり出しているのが16mmフィルム。照明を感じさせない自然光をうまく取り入れているように思えた。

テーマとしては穏やかなものとは言えないが、日々のそれぞれの生活の中にある「障がい」は、その表れかたは絶対的なものではなく、周りとの関係の中で捉えられるという、あたりまえなことが映画の中で実現されている。

ビブラフォン?の単純な音型の繰り返しが、どれほどエキセントリックな出来事があろうが、日常が続いていることを教えてくれる。

二人のもつパニック障害PMS光石研演じる社長とその弟の自殺、それと関わって語られる地球の自転と公転、プラネタリウムの映像・・・それらを文学的に絡ませながら物語が進む。

こういう会社、あるのだろうなと思わせられるシーンが随所に。中学生の職業体験のインタビューで「この会社のいいところは?」と聞かれて、「え?そんなものあるかな?」と言ってしまう古参の社員。

エンドロールのバックでは、昼休みの光景なのだろうか。日明かりの良い前庭でキャッチボールをする社員たちの姿が延々と流れる。

やや文学に流れすぎたかなとも思えるが、映像と音で繰り広げられる人と人の自然で淡い関係が描かれている。秀作。

 

(16)『コット 夏の始まり』(2022年/アイルランド/95分/原題:An Cailin    Ciuin 英原題:quiet girl/監督:コルム・バレード/出演:キャサリン・クリ

   ンチ キャリー・クロウリー アンドリュー・ベネット/2024年1月26日公開)   

                   ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️      kiki  2月18日

 

1980年代初頭のアイルランドを舞台に、9歳の少女が過ごす特別な夏休みを描いたヒューマンドラマ。第72回ベルリン国際映画祭で子どもが主役の映画を対象にした国際ジェネレーション部門でグランプリを受賞し、第95回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートもされた。

1981年、アイルランドの田舎町。大家族の中でひとり静かに暮らす寡黙な少女コットは、夏休みを親戚夫婦キンセラ家の緑豊かな農場で過ごすことに。はじめのうちは慣れない生活に戸惑うコットだったが、ショーンとアイリンの夫婦の愛情をたっぷりと受け、ひとつひとつの生活を丁寧に過ごす中で、これまで経験したことのなかった生きる喜びを実感していく。

本作がデビュー作となるキャサリン・クリンチが主人公コットを圧倒的な透明感と存在感で繊細に演じ、IFTA賞(アイリッシュ映画&テレビアカデミー賞)主演女優賞を史上最年少の12歳で受賞。アイルランドの作家クレア・キーガンの小説「Foster」を原作に、これまでドキュメンタリー作品を中心に子どもの視点や家族の絆を描いてきたコルム・バレードが長編劇映画初監督・脚本を手がけた。(映画.com)

ストーリーとしては奇抜なところなど全くないありきたりなものなのだが。

牧場を営むキンセラ家での生活に初めは馴染めないコットだったが、アイリンの惜しみない愛情と、不器用なショーンの愛情によって少しずつ気持ちに変化が見えてくる。ああ、これもありきたりな言い方だな。とにかく一つひとつのシーンが、私には珠玉のように感じられた。シーンそのものの美しさというより、シーンが人物の感情の揺れ動きを的確に情感豊かに表現している。心を開いていくコットは終始無表情で笑顔を見せない。なのになんというか子供っぽさが少しずつ増していくるというような変化を見せる。子どもを亡くしているショーン夫婦の方は、単にその喪失感をコットで代替しようとまでは思わないにしても、アイリンにはそんな気持ちがないわけではない。対するショーンの方は、コットをみているだけで我が子のことが思い出されてしまう。だから素直にコットに向き合えない。

80年代のアイルランドの田舎で起きた取るにたらない出来事を、これほど味わい深い作品に仕上げたことに驚かされる。別れのラストシーンも、90分静かに積み上げてきたものをそっと押し出していてグッとくる。二つ隣の中年男性の座席から、押し殺した嗚咽が聞こえてきて、なんだかそれにもグッときてしまった。

こういう映画を佳品というのだろう。

 

(17)『コンクリートユートピア』(2023年/韓国/130分/原題:Concrete

            Utopia/脚本:イ・シンジ オム・テファ/監督:オム・テファ/出演:イ・

          ビョ ンホン パク・ボヨン/2024年1月4日公開) ⭐️⭐️⭐️kiki 2月18日

大災害により荒廃した韓国・ソウルを舞台に、崩落を免れたマンションに集まった生存者たちの争いを描いたパニックスリラー。

世界を未曾有の大災害が襲い、韓国の首都ソウルも一瞬にして廃墟と化した。唯一崩落しなかったファングンアパートには生存者が押し寄せ、不法侵入や殺傷、放火が続発する。危機感を抱いた住民たちは主導者を立て、居住者以外を追放して住民のためのルールを作り“ユートピア”を築くことに。住民代表となったのは902号室に住む職業不明の冴えない男ヨンタクで、彼は権力者として君臨するうちに次第に狂気をあらわにしていく。そんなヨンタクに傾倒していくミンソンと、不信感を抱く妻ミョンファ。やがてヨンタクの支配が頂点に達した時、思いもよらない争いが幕を開ける。

「非常宣言」のイ・ビョンホンが支配者ヨンタク、「マーベルズ」のパク・ソジュンがミンソン、「君の結婚式」のパク・ボヨンがミョンファを演じた。監督・脚本は「隠された時間」のオム・テファ。

騙されたヨンタクが、加害者宅を訪れた時に大地震が発生する。気がつけば周囲はヨンタクをその加害者と思い込み、あらぬ期待を寄せ始める。初めは戸惑いながらだが、ヨンタクはいつの間にかたった一棟残されたマンションをまとめる指導者となり、助けを求める他のマンションの被災者を徹底排除し、マンションだけの「王国」をつくり始める。

イ・ビョンホンの演技が、映画を成立させるための要素の半分以上を占めている。戸惑いから確信、そして君臨に至る経緯が見もの。それに対して、恐怖の中でヨンタクに強く傾倒していくパク・ソジン演じるミンソン、最後まで良心を失わないパク・ボヨン演じるミョンファ。ヨンタクと住民、ミンソンとミョンファの夫婦の心理劇。

ただそれが、凄まじい地震があり、街が瓦礫の中にあるのに、どこかつくられた舞台劇のように見えてしまうのは、外の世界の関与が全く描かれないからだ。政府や市民の存在が描かれず救助する人々も登場しない。その分リアリティが感じられないのが残念。韓国のパニック映画ならばそうした内外の緊張感こそ見どころだと思うのだが。画像5

 

(18)『花腐り』(2023年/日本/137分/原作:松浦寿輝/脚本:荒井晴彦 中野

          太/監督:荒井晴彦/出演:綾野剛 柄本佑 さとうほなみ/2023年11月10日

          公開)    ⭐️⭐️         ジャック&ベテイ 2月19日

「火口のふたり」の荒井晴彦監督が綾野剛を主演に迎え、芥川賞を受賞した松浦寿輝の同名小説を実写映画化。原作に“ピンク映画へのレクイエム”という荒井監督ならではのモチーフを取り込んで大胆に脚色し、ふたりの男とひとりの女が織りなす切なくも純粋な愛を描く。

廃れつつあるピンク映画業界で生きる監督の栩谷は、もう5年も映画を撮れずにいた。梅雨のある日、栩谷は大家からアパート住人に対する立ち退き交渉を頼まれる。その男・伊関はかつて脚本家を目指していた。栩谷と伊関は会話を重ねるうちに、自分たちが過去に本気で愛した女が同じ女優・祥子であることに気づく。3人がしがみついてきた映画への夢が崩れはじめる中、それぞれの人生が交錯していく。

綾野が栩谷を演じ、「火口のふたり」にも出演した柄本佑が伊関役、「愛なのに」のさとうほなみが祥子役で共演。

 

私には冗長に感じられた。退屈な映画だった。性愛部分がかなり多いが、若い人には刺激あっていいのかもしれないが、私には不自然なカットに感じられた。『火口のふたり』の性愛シーンはかなり良かったのに、同じ監督なのに・・・。

全体につくりが古臭いし、演技、とりわけ綾野剛の演技はわざとらしく不自然。エピソードがいちいち持って回った感じがして、ついていけなかった。さとうほなみが白いドレスを着た幽霊のように出てくるラストシーンに至っては陳腐。

二人の間にあるさとうほなみへ恋情のひねりが感じられなかった。エンドロールでの綾野剛さとうほなみのカラオケも意味がわからない。あれだけひどい歌を結構な時間聞かされるのは勘弁。小説はもっと面白いのではないかという気はするが。

 

(19)『笑いのカイブツ』(2023年/日本/116分/原作:ツチヤタカユキ/滝本憲

           吾/出演:岡山天音 菅田将暉 松本穂香 仲野太賀/2024年1月5日公開)

                                                                                ⭐️⭐️⭐️   kiki2月22日

「伝説のハガキ職人」として知られるツチヤタカユキの同名私小説を原作に、笑いにとり憑かれた男の純粋で激烈な半生を描いた人間ドラマ。

不器用で人間関係も不得意なツチヤタカユキは、テレビの大喜利番組にネタを投稿することを生きがいにしていた。毎日気が狂うほどにネタを考え続けて6年が経った頃、ついに実力を認められてお笑い劇場の作家見習いになるが、笑いを追求するあまり非常識な行動をとるツチヤは周囲に理解されず淘汰されてしまう。失望する彼を救ったのは、ある芸人のラジオ番組だった。番組にネタを投稿する「ハガキ職人」として注目を集めるようになったツチヤは、憧れの芸人から声を掛けられ上京することになるが……。

「キングダム」シリーズなどで活躍する岡山天音が主演を務め、仲野太賀、菅田将暉松本穂香が共演。井筒和幸中島哲也廣木隆一といった名監督のもとで助監督を務めてきた滝本憲吾監督が長編商業映画デビューを果たした。(映画.com)

最後まで飽きずには見た。画面に疾走感があり、みる方をぐいぐい引っ張っていく力を感じた。演出はもちろんそれに応えた主演の岡山天音の怪演。演じているというよりもツチヤタカユキってこの人かと思わせる。

松本穂香菅田将暉、仲野太賀はメリハリがあるし、片岡礼子もいい。わけても仲野と菅田将暉はかなりいい。二人とも何にでもなる、なれる。

なのに映画は笑えない。劇中のネタに笑えるものがほとんどなかった。クスッと笑ったのは2回か3回。私だけかもしれないが。ケータイ大喜利などで「伝説のはがき職人」と呼ばれたというその笑いが伝わってこない。だから”カイブツ”ツチヤタカユキが、カイブツに見えてこない。見えるのは、あちこちに頭をぶつけながら器用に生きられない対人関係不得意、破滅型の若者の物語。私が若い人のセンスについていけなかっただけかもしれない。想像していたのは、ネタの面白さとツチヤのギャップだったのだが。

原作の文庫本の紹介には「27歳、童貞、無職、全財産0円。笑いに狂った青年が、世界と正面衝突!」とある。原作で笑えるかどうか読んでみる。〝伝説のハガキ職人〟による、心臓をぶっ叩く青春私小説なのかどうか。

劇中、菅田将暉が働く居酒屋。屋号が「車屋」。東京、根津の車屋。一度だけだが入ったことがある。感度の高い居酒屋。映画ではそうは見えないが。

マガジンのカバー画像

 

 

「うらをみせ おもてをみせて ちるもみじ」信州伊奈高遠 ”山荘五合庵” 閉じる。

山荘五合庵を見つけたのは、今はもうないが「一個人」という雑誌の中だった。そこに載っていた下の写真と朝食の素敵さに惹かれた。ご夫婦二人だけの営み。

標高1200m。向こうに見えるのは入笠山。電線は全くない。一枚の絵のような風情に惚れた。

二間ある別棟の風呂の水は山から引いたもの。検査はしていないからというものの、間違いなく温泉。

一日一組の宿だから、予約が取れたのは宿泊申し込みをしてから2年半ほど経った頃。2004年ごろだろうか。それ以来、年に一度か二度、二人で通ってきた。きょうだいや友人といっしょに泊まったこともあった。

いつも夕食に3時間、朝食も2時間以上の時間をかけた。ずっと食べ、飲んでいるわけではない。食事があらかた終わったあとに、コーヒーやお茶を飲みながらのご夫婦とのおしゃべりの時間が始まる。私たちは座っているが、お二人はいつも立ったまま。

毎年のことなのに、同じ話が出ることは一度もなかった。飼っていた犬のこと、料理や酒のこと、地域のこと、旅行のこと・・・縦横無尽のユーモア、飽きることがなかった。いい時間だった。

帰る田舎がなくなってしまった私たちには、里帰りのような旅と宿になっていった。

写真が下手で鮮やかさが出ていないが。

 

昨日、遅く帰宅したら、五合庵から封書が届いていた。

例年なら、1月中には「今年のお泊まりの予定」というハガキをいただくのだが、今年はこなかった。あらかじめ宿泊可能な曜日だけ伝えてあって、葉書には例年違う季節を選んで日程が書かれていた。ここは泊まる日にちは宿が決める。たいてい春か秋だったが、時には「たまには夏もいいですよ、エアコンいらないし」と夏真っ盛りにきたこともあった。

封書は廃業のあいさつだった。

ダイニングの入り口

お二人らしい挨拶文。

「謹啓 年明けたその日に大地震に見舞われた能登や北陸の方々に思いを寄せながら、日頃ごひいきを頂戴している皆様方に御礼とお知らせを申し上げたく存じます。

 まことに突然ではありますが、山荘五合庵は令和五年をもちまして二十八年の営みを終えることといたしました。長野県伊那市高遠の山の中に庵を結んで以来、一日一組のお客さまに心を込めたもてなしを心がけてまいりましたが、私どもも齢八十まで指折り数える頃となりました。このあたりまでと見当をつけていたことでもございます。何卒、皆様方にはご理解を賜り、併せてご容赦いただけますようお願い申し上げます。

先人の至言に「かけた情けは水に流せ、受けた情けは石に刻め」とありますが、この二十八年間、私どもは「情けは石に刻み込む」思いの毎日でした。山荘五合庵を閉じるにあたり、これまでの皆様のご愛顧に改めまして心より御礼申し上げます。

「うらをみせ おもてをみせて ちるもみじ」 良寛禅師     署名 」

 

長くお付き合いしていただいて、見てきたままの掛け値なしの言葉。

見事な宿仕舞いのあいさつである。

こんなおつきあいのできた宿は他にない。寂しいが、仕方がない。

お二人のことだから、これから温かく滋味深い料理のような生活が始まるだろう。

 

長い間、ありがとうございました。おせわになりました。

 

あいさつ文の後に書かれた手書きの文章。

「この春に自分達で定年を決めました。長いおつき合いを有難うございました。たくさんの楽しい会話が残りました。思い出が残りました。これが私たちの仕事だったのかもしれません。楽しい思い出を有難うございました」。