『ビヨンド・ユートピア 脱北』など、2024年2月の映画寸評③と配信寸評

2024年2月の映画寸評③

<自分なりのめやす>

お勧めしたい   ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

みる価値あり   ⭐️⭐️⭐️⭐️

時間があれば   ⭐️⭐️⭐️

無理しなくても  ⭐️⭐️

後悔するかも   ⭐️

 

(20)『父は憶えている』(2022年/105分/キルギス・日本・オランダ・フランス

          合  作/原題:Esimde/脚本・監督:アクタン・アリム・クバト/出演:アクタン・

          アリム・クバト ミルタン・アブディカルコフ他/2023年12月1日公開)

           28日kiki               ⭐️⭐️⭐️                   

「あの娘と自転車に乗って」「馬を放つ」などで知られる中央アジアの名匠アクタン・アリム・クバトが、母国キルギスのインターネットニュースで見つけた実話に着想を得て、出稼ぎ先のロシアで記憶と言葉を失い故郷へ帰ってきた父とその家族を描いたヒューマンドラマ。
23年前にロシアへ出稼ぎに行ったまま行方がわからなくなっていたザールクが、キルギスの村に帰ってきた。家族や村人たちは記憶と言葉を失った彼の姿に動揺するが、そこにザールクの妻であるウムスナイの姿はなかった。周囲の心配をよそに、ザールクは村にあふれるゴミを黙々と片付ける。そんなザールクに、村の権力者による圧力や、近代化の波にのまれていく故郷の姿が否応なく迫る。
クバト監督が主人公ザールクを自ら演じた。2022年・第35回東京国際映画祭コンペティション部門出品。(映画.com)

 

 冒頭のシーン。まばらな異様に白い木の林をカメラが低い位置で舐めていく。ラストシーンではザールクが木に白いペンキを塗っている。冒頭と同じようにカメラが動いていく。林は村のメタファーで、村はザールクによって何らかの変化をもたらしたことを表しているのか。違和感があって印象的だ。

馴染みのない中央アジアの国キルギスイスラム文化圏、政治的には旧ソ連。近代化に乗り遅れた村に、出稼ぎに行って行方不明となり、記憶を無くしてしまった男ザールクが帰ってくる。

顛末はわからないが、息子がザールクを探し出して連れ帰ったようだ。村の入り口の吊り橋で村の老婆とすれ違う。無表情なザールクにうろんな表情を見せる老婆。

どれほど時間が経っているのかわからないが、かなり長い時間の不在だったようだ。息子は結婚しており妻と子どもがいる。ザールクの妻は近所の男と再婚しているが、ザールクの帰還によってこの妻、再婚した男、その母親、そして村の中にさまざまなさざなみが起こる。映画はこれらを淡々と描いていく。

ザールクは何も語らず、無表情に村の中のゴミをひたすら片付ける。村人は困惑するが・・・。村では旧態依然とした生活が続いているが、スマホは当たり前に村人の生活に入り込んでいる。

テーマ性が前面に打ち出されているわけではないが、近代化の波の中で、政治・宗教で支えられてきた村落共同体の変化の過程のいびつさが描かれているようだ。

自ら脚本、監督、主演を手掛けるアクタン・アリム・クバトの存在感が映画の主柱になっている。何よりキルギスという国の有り様を掛け値無しに描いているという点で貴重な映画だと思った。やや面白みには欠けるが。画像2

(21)『ビヨンド・ユートピア 脱北』2023年製作/115分/アメリカ原題:Beyond Utopia/監督:マドレーヌ・キャビン 撮影:キム・ヒョンソク/2024年1月123日公開)28日kiki ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

脱北を試みる家族の死と隣り合わせの旅に密着したドキュメンタリー。

これまで1000人以上の脱北者を支援してきた韓国のキム・ソンウン牧師は、幼児2人と老婆を含む5人家族の脱北を手伝うことに。キム牧師による指揮の下、各地に身を潜める50人以上のブローカーが連携し、中国、ベトナムラオス、タイを経由して亡命先の韓国を目指す、移動距離1万2000キロメートルにもおよぶ決死の脱出作戦が展開される。

撮影は制作陣のほか地下ネットワークの人々によって行われ、一部の詳細は関係者の安全のため伏せられている。世界に北朝鮮の実態と祖国への思いを伝え続ける脱北者の人権活動家イ・ヒョンソをはじめ、数多くの脱北者やその支援者たちも登場。「シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声」のマドレーヌ・ギャビンが監督を務めた。2023年サンダンス映画祭にてシークレット作品として上映され、USドキュメンタリー部門の観客賞を受賞。(映画.com)

 

何度か予告編を見たが、凄まじい迫力に、ほんものか?という一抹の疑問があったのは確か。実際にみて、ドキュメンタリーとして大変優れた作品であると思った。

冒頭に「再現フィルムはありません」の断り書き。どうしても伝えたいところは短いアニメを使用している。

夫婦、子ども2人、老婆の5人家族の脱北を支援するために、1000人の脱北者を支援してきたというキム牧師、ブローカーらと連絡をとりながら、最後は自分もラオス山中の10時間を超える逃避行に同道。その時々の判断の機敏さ、正確さが5人の家族をタイまで送り届けることになる。こう書くと想像するのは痩身の鋭い表情をした男性だが、実際は違う。やや太めのどこにでもいる中年のおっさん。なんでもOK、OKではない。できないことははっきりとできないというし、危機に対するセンサーが人一倍敏感。

北朝鮮と中国を隔てる鴨緑江を渡河するところから脱北は始まる。ここで撃たれて死ぬ人も多いという。というのも金正恩脱北者狙撃の成功に褒賞を出しているからだ。

瀋陽にようやく到着した5人は、ブローカーとともに青島までクルマで移動する。いっときも気が抜けない移動。これだけでも調べてみると1300km超、東京、大阪を往復する距離。逃避行全体の約10分の1。ここからベトナムを経てラオスに入り、ラオスのジャングルを10時間以上歩いて、メコン川河畔に到着。小さな舟でタイに渡れば、タイ政府は亡命者として韓国に送還してくれるという。ベトナムラオスの政情は脱北者にはかなりの厳しいもの、危険はそれだけ身近に迫る。

ブローカーとの虚々実々のやりとり、誰もが命の危険を感じながらの逃避行に、カメラが信じられないほどの密着ぶりを示す。ホッとするのは各地にいくつか設定されている脱北者用の中継地点の家々。5人はそこを経由するたびに、みたことのないものを見、食べたことのないものを食べながら、北朝鮮の思いくびきから解放されていく。カメラはそこをしっかり捉えている。子どもたちはすんなりと新しい世界に馴染んでいくが、老婆の中に染み込んだ北朝鮮は簡単には溶け出さない。3時間で抜けられるというラオスのジャングル山中は10時間以上かかった。ブローカーへの不信そして疲労、不安・・・見ていて辛くなる。

 

母親だけが脱北し、息子の脱北をブローカーに依頼しているもう一つの家族の動きもパラレルに捉えられている。また、併せてすでに脱北してきた人々の証言も生々しく伝えられる。

テレビのドキュメンタリーも含めて、いくつか脱北を捉えたものを見てきたが、この映画は傑出していると思う。というのも、命のやり取りをするような政治状況の過酷さを描きながら、キム牧師や老婆、母親、さらには姿の見えないブローカーも含めて、人間の感情の奥深さが描かれていると思うからだ。

キム牧師他の脱北支援の人々の安全を願うばかりだ。画像1

 

2月の配信 寸評

 

(6)『豚が井戸に落ちた日』(1996年/113分/韓国韓国/監督:ホン・サン

   ス 1997年6月公開)⭐️⭐️

  見初めて、なんだかホン・サンスぽい作りだなと思っていたらやっぱり。後年の

  作品より面白みは感じなかった。

 

(7)『アイアム マキモト』(2022年/104分/日本/原作:ウベルト・パゾリー

    ニ /監督:水田伸夫/出演:阿部サダヲ 満島ひかり 宇崎竜童 宮沢りえ

    松尾スズキほか/2022年9月公開 有料)⭐️⭐️⭐️

   元のイギリス映画『お見送りの作法』の方がリアリティがあり、人物造形も自

   然だったような記憶がある。見ていてとにかく違和感。市役所内外でのマキム

   ラの言動が対人関係の不適応がわざとらしく感情移入ができなかった。阿部サ

   ダヲがもっと生きるような作り方があったのでは。脇役は満島、宇崎、宮澤

   それぞれかなりいいのに生かされていない。ストーリーにリアリティを感じな

   かった画像18

(8)『死刑に至る病』2022年製作/128分/PG12/日本/原作:櫛木理宇/脚本:

    高田亮/監督:白石和彌/出演:阿部サダヲ/宮崎優ほか/2022年5月公開 

    有料) ⭐️⭐️⭐️

   公開の時に見逃していたので配信を楽しみにしていた。ストーリーの二重構造

   はうまくできていると思った。『羊たちの沈黙』が念頭にあるのか。と思っ

   たが。残酷、残忍ではあるが、あちこち建て付けが崩れているように思うとこ

   ろも。展開としての面白さを感じなかった。阿部サダヲのキャスティングは成

   功しているだろうか。画像1

(9)『海に向かって水は流れる』2023年製作/123分/日本/原作:田島列島/監督:

   前田哲/出演:広瀬すず 高良健吾 大西利空ほか/2023年6月公開)⭐️⭐️⭐️*

   流れにリズムが感じられ、力も抜けていて、いい気分で最後まで。主役の広瀬

   すずが醸し出すだるさが今ひとつ。周囲から浮いてしまう際立つ容貌、化粧

   が邪魔。ほとんど笑顔のない演技は悪くはないが。

 

(10)『左様なら』(2018年製作/86分/日本/原作:ごめん/脚本・監督:石橋夕

   帆/出演:芋生悠 他 /2019年9月公開)⭐️⭐️⭐️*

   『朝が来るとむなしくなる』が案外にいい映画だったため、同じ監督の前作を

   見てみた。高校生の教室の会話が抜群。脚本もいいのだろうが、演じている高

   校生役がとってもいい。『朝が・・・』でもよかった芋生はここでも独特の味。

   一人の女子高生の死をめぐる群像劇ではあるが、全くドラマチックでなく、か

   といってやっぱりヒリヒリするところもあって、アンビバレントな感情の動き

   をゆっくりと慌てずに追っているところがいいと思った。

   こういう小さな?映画、いいと思う。石橋監督、いい。

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