言い古された言い方だが、二月は「逃げる」。気がつけばもう月末。いつもより1日多いが、日々の時間が飛ぶように過ぎていく。
ミモザ、枝は折れたが今が盛り。それに境川河畔の河津桜も満開。
土曜日にとんとご無沙汰だった蕎澤へ。
1月は全休で、2月も初めの5日間はお休み。営業日はネットで確認できないので、お店の前に掲示してあるものを見るか、店内にあるチラシ?を見るしかない。3月にAさん夫妻と訪れる予定。日にちを決めるには、つまり、出かけるしかないのだ。
この日は仕込みの時間に電話。奥さんの元気な声。「やってますよ!」。この店はご夫婦二人だけの切り盛り。
開店時間の12時過ぎに入店。すでに2組の客。すぐに2組が入って満杯。座席は全部で16席。注文をさばくお二人の動きは無駄がない。
天ぷらそばのセット、Mさんはぶっかけそばのセット。小鉢がいい。蕎麦は十割。日によって産地が違う。天ぷらは薄い衣でからっと。
そばのつけ汁にワサビはついてくるが、ネギはつかない。つけ汁をそのまま飲むとその理由がわかる。
焼酎の蕎麦湯割りもいいのだが、燗酒が飲みたい。佐賀の酒、七田。辛口。熱い湯の入れ物に徳利状のものが入っている。これがなかなか冷めない。1本だけ。
30分ほどで退散。外に出ると2組の客が待っている。
2月は友人のK君のつてで働き方相談がひとつ。
職場の校長とのトラブル。校長にごく普通のリテラシーがあれば起きない問題。基礎的な技量がないというか、人とのごく当たり前の対応ができない校長が少なくない。職員にはすぐにマウントをとりたがるが、保護者には必要以上にへり下る。トラブルになってもミスを認めない。人のせいにする。教委事務局も校長を指導できないし、もちろん職員のカタももたない。現場も行政も動脈硬化状態。
そのK君から『去年の雪』という漫画をもらった。いつもいい本をいただく。
村岡栄一という漫画家。1949年生まれ。貸本世代。永島慎二の助手を務めた人。出身は福島県会津坂下町。同郷で私より4歳上になる。
麻雀漫画などを書いてきた人のようだが、ネットで見る限り歯切れのいい筆遣いでリズ
ムを感じるが、『去年の雪』の画風はそれ
とは全く違う。本の中にゆったりとした時間が流れている。
病に倒れ、最後の作品集になるとあとがきにある。編集は娘さんの仕事。最終ページに手書きで「最後まで読んでくれてありがとう 村岡栄一」とあるが、字はかなり乱れている。
帰りの電車で読み通し、次の日にまた読んだ。
「還暦を過ぎて・・・近頃/これまで行き交った人たちと/もう一度逢いたいと/思うことが多くなった しかし・・・そのほとんどが実際には会うことが叶わなくなってしまった人か/音信不通の人ばかりだ」
全部で6話が収録。
その1 キヨおばちゃん
その2 小さな川
その3 ベネディクト(岡田文子のこと)
その4 峠
その5 滝田ゆうさんのこと
その6 青春・漫画
語られる伯母や父親、母の思い出は、私の住んでいた町の記憶と重なり、小さい頃に時間が戻ったようで懐かしい。
私も行ったことのない町から離れた集落へ、一人で歩いて母親に会いにいく「峠」は、胸をつかれるような哀愁がある。発電所のあるその集落から中学へ来ていた生徒は、冬は寄宿舎で生活していた。冬は雪が深いためバスが通らなくなるからだ。そこへ歩いていく著者の心細さ、母親に会えたうれしさ・・・。
長嶋慎二はもとより、天才漫画家と言われたという岡田史子や、和服姿の滝田ゆうをすぐ近くで見てきた。等身大の彼らが描かれる。
漫画家がプロダクションを作って連載をいくつもこなすという時代の先駆けにあたるが、そのディテールも興味深い。
裏表紙に「ありがとう さようなら 漫画と人生」とあって、小さな川で釣りをしている少年の後ろ姿が描かれる。
もうずいぶん遠くなった若かった時代。残された時間が少なくなっているのは、作者も私も同じ。なんともしみじみとページを繰った漫画だった。