『リンダ リンダ リンダ』(2005年)「僕の右手」はいくら探しても見つからない。 それでも際限なく続く「リンダリンダリンダ!」のリフレイン、互いを見かわしながらのリフレインが、落ち込んでいく心を支えてくれる。

 昨日は朝から晴れ上がったが、一昨日降った雪が残っていて、気温も零度を下回った。そのため朝の散歩は中止。

昼過ぎに床屋と買い物にグランベリ―パークまで二人で歩く。道路は日が当たるところは凍った雪が融けているが、日陰はまだ雪が凍っていて滑る。出るときはダウンにマフラーというかっこうだったが、帰りに不要なほど気温が上がる。

年明けの金曜日だが、昨日の雪のせいか客は少ない。いつも食料品を買うギャザリングマーケットのイートインのテーブルに誰も坐っていないという光景をはじめて見た。

 

今朝、土曜日の散歩。少し遅めにでかけ、経路も変える。雪のない道を遠まわりして。

 

天谷さん、滝田さん、関さんに会う。散歩で知り合った方々。みな対岸を下ってくる(下りは藤沢、江ノ島方面。上りは町田、相模大野方面)。天谷さんは手袋をせずカメラを持っている。90歳近い細身の元気なお年寄り。

 

滝田さんはわたしたちより少しだけ年上。あいさつをすると、対岸から川の葦をしきりに指さしている。そのあたりからカワセミが飛び立ち、水面すれすれを滑空。途中の葦からもう一羽が続く。つがいだったようだ。

 

関さんはわたしたちより10歳ほども年上だろうか。対岸から声をかけると帽子を取って会釈。こちらもあわてて帽子を取る。今日もママチャリの後ろのかごのところをもって押している。帽子を取るには片手を離す。難なくやっているようにみえるが、これがなかなか難しいバランスプレイ。両手でもっていてもたぶんできない。普通のママチャリなのに。

 

わたしたちがなんとなく決めた休憩場所が二か所ある。一か所は鶴間橋際。大和市と町田市の境にある橋のところ。もう一つが、グランベリーパークのサッカーグラウンドの下、せせらぎが聴こえる桜の木の下。

いつもお茶を一口飲むだけだが、今日はMさん、都市ポンプのある池に張った氷を、足で割っている。

「薄い」と独り言ちていた。

 

 

東京新聞の夕刊に「あのころ、映画があった 再発見!日本映画」という週1回の連載がある(中部経済新聞という中日新聞系列の新聞にも連載)。

取り上げられるのは、時代時代に人口に膾炙した懐かしい邦画がほとんど。私も実際にオンタイムで観た映画が多い。編集委員氏が紹介と感想を書いているのだが、見方、感じ方はずいぶん違うものだなというのがいつもの率直な感想。

この秋に取り上げられたのは

『パッチギ』(2004)

『魂萌え』(2006)

舟を編む』(2013)

『小さいおうち』(2014)

『空気人形』(2009)

モテキ』(2011)

彼岸花』(1958)

『海と毒薬』(1986)

大阪物語』(2018)

など。

 

ときに観ていない映画が取り上げられる。12月20日に取り上げられたのが『リンダ リンダ リンダ』(2005年)。

観ていないし、映画そのものも知らなかった。編集委員氏の文章を読むと、「ううむ」とうなり、そそられた。

 

すぐにAmazonプライムで探すと有料、440円。

アマプラは古い新しいで無料、有料が決まるのではないらしい。古くても客のニーズの高いものは有料。1995年の橋口亮介監督の『渚のシンドバッド』も有料だった。

 

監督は山下敦弘。印象に残っている映画は鈴木常吉が出た『オーバーフェンス』(2016年)と『天然コケッコー』(2007年)。『ハードコア』(2018年)『モラトリアムたま子』(2013年)は今一つ。

 

脚本は、山下敦弘、宮下和雅子、向井康介

向井康介は『ふがいない僕は空を見た』『聖の青春』『愚行録』など。

出演はぺ・ドゥナ前田亜季香椎由宇、関根詩織。 114分。

 

面白かった。

元になっているブルーハーツの「リンダリンダリンダ」は1987年。

ちょうどそのころ、私は学区に運河のある中学校に赴任して2年目。11年をすさまじい「荒れ」の中で過ごした。その前半のテーマソングが「リンダリンダリンダ」。90年頃、Gさんという生徒指導担当でとっても魅力的な教員が、飲むと必ずこの歌を歌った。というか、ほかの教員は歌わないという不文律が自然にできていた。彼の「リンダリンダリンダ」は絶品だった。

酒を飲んでみんなで歌でも歌わないと、次の日が迎えられない、そんな時代。深夜のスナックでみなこぶしを振り上げ、「リンダリンダリンダ!」と絶叫していたころを懐かしく思い出す。

 

柴崎高校の文化祭。冒頭、ビデオカメラで文化祭のプロモーションビデオをつくっているシーン。これが時代感があってすごくいい。

 

さて、文化祭につきもののバンド。恵のグループは、リードギターの子が手を怪我し、ヴォーカルの子はキーボードの恵と些細なことからいさかいに。バンドは崩壊状態。それでも残された3人は意地でも「出たい」。曲を探しているときに偶然、カセットテープで「リンダリンダリンダ」が流れる。

文化祭の準備が進む中、校舎内を恵を探して不安な顔で動き回る響子、不穏な空気さえ感じさせる導入。恵がプールに浮かぶシーンも印象的。「出るか出ないか」と役員に問われ、プールに沈む恵。出ないんだなと言われ破れかぶれに「出る!」。

3人で古いMDやカセットテープを探しているうちに間違ってかかってしまう「リンダリンダリンダ」。

物語が動き出す。

 

この曲、時代的には映画制作時から20年近く経っているのに、彼女らにはさして古い感はない。同様に「終わらない歌」「僕の右手」も古さを感じさせない。単純なコード進行をよしとするブルーハーツのクオリティの高さだろう。

 

ヴォーカルがいない。恵は、通りすがった韓国からの留学生ソンさんを誘う。ソンが歌が得意なのかどうかもしらないのに、半分破れかぶれのスカウトだ。

映画を見事に引き締めるペ・ドゥナの登場だ。日本語がよくわからないソンはいわれるがまま「いいよ」と返事。ここから4人が文化祭のステージまで疾走する。

 

是枝裕和が『空気人形』の主役にペ・ドゥナを抜擢したのは、間違いなくこの映画を見てのことだろう。

 

文化祭までの数日間。

恵はヴォーカルの子との鬱屈をかかえたまま。二人は最後まで仲直りなどしない。本番、大遅刻で駆けつけたステージの袖で。恵は彼女とわずかに言葉を交わす。この部分、いい。劇的な仲直りなどない。互いに不貞腐れて「がんばって」「うん」だったか。云う方も受ける方もそっけないが、気持ちがこもる。

 

ドラムの響子は、同じクラスの男子に恋愛感情をもっていて、意を決して本番前に彼氏を呼び出して告白するつもりだ。が、皆で寝過ごしてしまい、これまた大遅刻。告白のシーンは描かれず、響子はステージに飛び込んでくる。恵の「どうだった?」の声に響子は首を振るだけ。この表情がいい。

ベースの望は、家族が多く進路に悩みを抱えている。しかし自分なりの考えをしっかり持っていて、ほかの3人の世話役的な役回り。存在感がある。

三人三様の青春の悩みはどれ一つ解決などしない。

 

そして一番の中心となるソンは、初めて聴く「リンダリンダリンダ」に感動。必死で練習をして歌を覚える。

ソンは文化祭の企画で日韓の異文化交流の展示を行うのだが、受付で居眠りするなどバンドにかまけて身が入らない。近所の小さな女の子とのエピソードが挿入される。これがあとで効いてくる。

ソンは、同級生の日本人の男子に呼び出され、韓国語で告白される。

この会話がちぐはぐで可笑しい。

ソンは「今はバンドの子たちといたい」。

 

文化祭の当日だけでなく、文化祭の空気がほんとうに描かれている。

体育館でのバンドの様子、音(PA)の聴こえ方、生徒たちのバラバラの反応、どれをとってもリアル。

中学でも高校でも、バンドは文化祭の花。

80年代終盤の「荒れ」の時代は、文化祭のバンドがフリョー君たちの唯一の晴れの舞台。男はたいていブルーハーツ、女子はプリンセスプリンセスが相場だった。

 

この映画には、酒も喫煙もシンナーも暴力もカンパも器物損壊も出てこないが、同じ空気が流れている。

 

映画の中には、何も実現などしない思春期の鬱屈した気分が充満しているのに、

一つひとつのシーンには、音楽を通して自分の時間を他者との関わりの中で押したり引いたりして生きている若者の強い息吹のようなものが感じられる。

この映画に惹かれるのは、この時期の若者に共通した独特の気分にとっても近いからではないのか。映画を見た多くの人が「ああ、こういう時間ってあったよね」という共感に満たされるから。そこに流れている音楽が人と人をつないでいるという確かな感覚。

「終わらない歌を歌おう」と歌いながら、人生の時間は次々に終わっていく。

「愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない/決して負けない強い力を僕は一つだけ持つ」に若者は自分の思いを仮託するが、強い力は「ぼく」のものにはならず、たいてい「君」の手も放してしまうのだ。

「僕の右手」はいくら探しても見つからない。

それでも際限なく続く「リンダリンダリンダ!」のリフレイン、互いを見かわしながらのリフレインが、どこまでも落ち込んでいく心を支えてくれる。

いろいろあるけれど、とりあえず、こぶしを振り上げて「リンダリンダリンダ!」だ。

映画の底流に流れているのは、人と人はどう結び合えるのか、だ。日韓の交流以上にこれこそ人と人との「異文化交流」。見事に青春という異文化交流が描かれていると思う。

 

ペ・ドゥナがこの映画を高みに引き上げている。キャスティング、脚本のセンスが光る。

印象的なシーンが随所にある。思い出せないけど。

 

注文じゃないけど、一つだけ「男はどこにいる?」。

男女に分ける必要などないのかもしれないが。

 

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