梯剛之(p)・松本紘佳(V)でデュオコンサート・・・大曲3曲の中には、何百か所も互いに相手を感じて出なければならない箇所があると思うのだが、彼らの中に戸惑いのようなものが生じたように見えたことは一度もなかった。

 9月30日、西国分寺の“りとるぷれいはうす”にて、梯剛之(かけはし・たけし)(P)と松本紘佳(V)のデュオを二人で聴きに行く。前回の佐藤卓史と松本のデュオが9月3日だったから、まだ1か月経っていない。キャリアとしては佐藤より格段に上であると思われる梯とのデュオ、台風24号の関東通過のその日であったが、キャンセルなど選択肢にも上がるはずもなく、勇んで出かけた。 プログラムは、

 


  ベートーベン ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第2番イ長調Op12-2
  ドビュッシー ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
             休憩
  R・シュトラウス ヴァイオリンソナタ 変ホ長調Op18


 
 “盲目の天才ピアニスト”という形容詞は、今では辻井伸行に使われることが多いが、梯も長いことそう呼ばれてきた。

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 ウキペディアによると、梯は生後1か月で小児がんのために失明。小学校を卒業すると同時に渡欧、ウイーン国立音楽大学準備科に入学、エリック・ハイドシェックアンドラーシュ・シフらの薫陶を受けるとある。父がN響ビオラ奏者、母が声楽家という家庭にあって、早くから才能を見出しウイーンに送り出したようだ。

 

 4年後、オーストリア放送協会のオーディションで優勝、以後欧米のコンクールで数々の入賞を果たし、世界中のオーケストラ、指揮者との共演を重ねてきた。
 チャリティ活動にも熱心で、小児がん基金の設立やクラシック音楽振興にも力を尽くしている。
といったことも今回初めて知ったのだが、とにかく彼の演奏を生で聴くのは初めて。

 

 今回のステージは、もともと梯が長年デュオを組んでコンサートや録音を続けているヴォルフガング・ダヴィッドさんとのデュオの予定が、スケジュールに手違いがあり来日が遅れることになってしまったとか。そこで急きょ代役として松本紘佳が指名されたことを、コンサートを主宰している小俣さんの口上で知った(松本の母でピアニストの福島有理江さんが、やはりアンドラーシュ・シフに師事していたことも今回のデュオ結成のきっかけになったのかもしれない)。

f:id:keisuke42001:20181003115621j:plain昨年のポスター。今年12月8日にもJTホールでヴォルフガング・ダヴィッドさんとのコンサートがある。

 

 いわば急ごしらえのデュオではあるのだが、実際に耳にしたふたりの演奏からはそんなことは全く感じられなかった。


 梯はまったく目が見えない。ステージに上がるのも松本が手を貸す。梯は左手でピアノを探りながら坐る。

 デュオの場合、声楽でも弦でも演奏家はピアノの前に立ち、ピアノに視線を投げかけ曲の出だしのきっかけをつくっているものだ。ここでも松本は聴衆の方に向かい梯に背を向けている。何をきっかけに始まるのだろうか。

 第1曲ベートーベン、なんとも造作なく軽やかに明るい演奏が始まる。

 音の出る直前に松本独特の“息を吐く”(たぶん)音が聞こえた。これか。いや、これは前回の佐藤とのデュオの時にも聞こえた。

 ジャズでもそうだが、視線を交わすだけで難なく演奏が始まることすら素人には不思議なことだが、梯と松本の間には、演奏家同士でなければわからない“空気”があるとしか思えない。

 大曲3曲の中には、何百か所も互いに相手を感じていなければならない箇所があるはずだが、彼らの中に齟齬や戸惑いのようなものが生じたように見えたことは一度もなかった。

 見えないということが、音楽をつくるこの二人にとってはなんら障壁にはなっておらず、それはそのまま聴く方にも伝わってくる。


 言い忘れたが今回の私たちの座席は、ヴァイオリンを弾く松本の斜め前約1.5m。奏でる音以外の音もよく聴こえる距離で、二人の様子も細大漏らさず見て取ることができた。
 当たり前だが、梯は完全暗譜。松本は楽譜をめくるが見ているふうはない。さらに松本の楽譜はよくよく見るとヴァイオリンのパート譜だけ。ピアノパートは入っていない。それぞれが自分のやりかたで演奏しながら耳だけで互いを聴き分け、精妙なアンサンブルをつくりだす。素人の想像には及びもつかないものがあるのだなと思った。

 

 さて演奏の方だが、最初のベートーベン、いつも思うことだが「楽聖ベートーベン」という後世の厳めしいイメージとはかけはなれたもの。これを若い二人が軽やかにうたい上げるという印象(梯は若いとは言えないか、失礼)。松本の方に一瞬流れが止まるところがあったように思われたが、気にはならなかった。
 

 ドビュッシーは、前回の佐藤の時と同様、印象派風の幻想的な音の心地よさを感じさせてくれた。これってたったふたつの楽器?という感じ。

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 圧巻だったのは、R・シュトラウスだ(ワルツのヨハン・シュトラウスとはまったくつながりのない人。あちらはオーストリア、こちらはドイツ。ナチスとの関係でも毀誉褒貶のある人)30分近い大曲だが、難解かつ現代的なR・シュトラウスというイメージ(私の勝手な?)とは少し違った。24歳時の作曲ということから、ロマン派的な?部分が十分に盛り込まれている。全体にダイナミックな変化に富み、きわめて繊細なところと、これがデュオかと思うほどのスケール感とがかみ合って、素晴らしい演奏となった。
 

 

 帰りに梯のCDのサイン会があるというので、一枚購入した(モーツアルトピアノ協奏曲第11番12番13番:オケはアカンサス・Ⅱ2018年4月15日東京文化会館小ホール)。サインは梯孝則(この録音にも参加している)が手伝ってCDの盤面にしてくれた。
 

 もう何度か聴いたが、指揮者のいない演奏、ピアノの屋根を外してオケがみな梯を見ながら演奏するというスタイルだとか。やわらかくて繊細なモーツアルトだなと思った。
  

 

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