22日、「春への憧れ」と題する愉音ーYUONのコンサート。
開演は19時。緊急事態宣言は解除されていたが、終焉の9時前後には食事のできるお店はない。いつもなら長津田のSで一人呑みのところだが。
プログラム① シューベルトの4つの即興曲 Impromptus OP90 D899
第1番
第2番
第4番
ピアノ:梯剛之
プログラムにはD(ドイチェ番号)899とあるのだが、 右側のプログラムノートのほうには、D.935とある。
シューベルトの4つの即興曲はふたつあって、両方とも1827年につくられている。
梯剛之(かけはし・たけし)がプログラムノートを書いているから、演奏したのはD.935 。
自由気ままに興に乗って書かれている印象。転調がしきりに繰り返され、色彩感が強い。同じ時期の『冬の旅』も短い曲の中で何度も転調しながら感情の起伏を描いているが、これはもう少し明るさがあって、融通無碍な感じ。
梯のピアノは、徹底してやわらかく穏やか。わざとらしさがなく自然。
アンコールで弾いた第3番が最も印象強く残った。素晴らしい演奏、曲も素敵だ。
演奏は今井顕氏。
プログラム②シューベルト=エルンスト・魔王
ヴァイオリン:松本紘佳
「魔王の主題による大奇想曲」と呼ばれている曲。エルンストはチェコの作曲家、ドヴォルザークの後の世代。やはり民族的な音楽から始まった作曲家。12歳のころにパガニーニの演奏を聴いてヴァイオリンに目覚め、「人前で決して練習を見せないパガニーニの演奏をこっそり聞くなどして苦心の末に彼の作品を再現。後にパガニーニを含む聴衆の前で『ネル・コル・ピウ変奏曲』を弾き、作曲者であるパガニーニを吃驚させた」(ウイキペディアから)という。
この曲はシューベルトの歌曲「魔王」を20世紀になってエルンストがアレンジしたもの。パガニーニを驚嘆させる技量の持ち主だったエルンストは、自らの技巧のすべてをこの曲に込めたのだろう。曲の難易度は大変に高い。
難易度ランキングにはさまざまなものがあるが、ちょっとネットをのぞくとたとえばこんなふう。
➂ ラヴェル ツィガーヌ
⑤ エルンスト 魔王の主題による大奇想曲
チャールダーシュやツィゴイネルワイゼン、悪魔のトリルより難易度は高い。
目をつぶって聴いていると、一人のヴァイオリニストが弾いているようには聴こえない。3人か?
松本のヴァイオリンは、ピアノとバリトンによって劇的に歌われる原曲をしのぐほどのスケール感と疾走感を感じさせる好演。正確なテンポと音程、指使いを駆使してはじめて曲の感興が感じられる難曲を余裕をもって弾いているように見える。
短い曲だがよく聴いていると魔王に連れ去られていくときの子どもの叫び声、「Mein vater!Mein vater!」(マイン、ファーテル! my father)が、ヴァイオリンのたくさんの音の中からしっかり聞こえてくる。
ラストは突然やってくる。魔王によって子どもが命を奪われる運命の過酷さ。
プログラム➂ヤナーチェク 霧の中で より
ピアノ:梯剛之
ヤナーチェクはエルンストより少し後の世代のチェコの作曲家。やはり民族的な音楽をよりどころに作曲家の道を歩み始める。
この曲は、梯が書いているように「…不幸な結婚と2人の子どもとの死別、そして自身も徐々に老いていく中で、その心中を明かす日記として書かれ」と考えると、静かな諦念と老いに向かう足取りのようなものを聞き取ることができる。
プログラム④ グリーグ:ヴァイオリンソナタ 第3番 ハ短調 Op.45
ヴァイオリン:松本紘佳
ピアノ:梯剛之
これはもう圧巻。
私は、グリーグというとすぐに「ペール・ギュント」、そして「ソルヴェイグの歌」となって、メロディーが出てきてしまうが、この曲も民族的な要素をはらんでいて、聴く者に迫りくるような切迫感が感じられ、印象的な楽曲。
二人のアンサンブルは、梯に視覚がないことなど全く感じさせず(というより、優れた演奏家にとっては視覚という感覚は後景にあるものなのか)、「合わそう」というふうは全く感じられず、1+1が5にも10にもなるというような感覚。
いいものを聴かせてもらいました。