『ル・アーヴルの靴みがき』(原題:Le Havre フィンランド・フランス・ドイツ・93分)は,2011年の映画である。監督はフィンランド人のアキ・カウリスマキ。日本での公開は2012年だが,昨年暮れに同じ監督の『希望のかなた』(原題:Toivon tuolla puolen<フィンランド語で「私はそれを越えて願う」> 2017年フィンランド・ドイツ・98分)が公開されたため,各地の名画座で『ル・アーヴル』も再上映されたようだ。
ふたつの映画の舞台は,フランス北西部の大西洋に面した港湾都市ル・アーブルとフィンランドの首都ヘルシンキ。ヨーロッパの中心とは言えないところで巻き起こる難民問題を扱っている。
しかしそのテーマ性以上に,二つの映画からはカウリスマキが描く巷間の人々のささやかな交流と断絶が,胸に迫ってくる。人々の機知をていねいに描くというより,今そこで生活している人々のありようを割とそっけなく追いかけるといった風情,特に劇的であることもなく,過剰な音楽で情動を刺激するものとも違う,どこか静かだけれども強いものが流れているという点が二つの映画の共通点,カウリスマキの惹きつけるところだと思う。
港町ル・アーヴルに暮らすマルセルは,ベトナム移民のチャングとともに靴磨きをしている。最愛の妻のアルレッティとともに爪に火を灯すような生活だが,労働者としてのプライドは高い。静かな生活の中で,アルレッティは自分が病に侵されつつあることに気づき始めている。マルセルはひたすらに妻と自分の生活だけを頑固に守ろうとしている。
ある日,ガボンからの船が辿り着き,マルセルは密航者の黒人の少年イドリッサと出会う。密入国者をかばうことなど今までのマルセルには考えられないことだったが,マルセルの中で何かがはじけ,イドリッサを家に連れ帰りかくまう。ここから街の人々と協力して,執拗にイドリッサを追う警視モネとの駆け引きが始まる。
この駆け引きがこの映画の醍醐味。お金を集めるために夫婦喧嘩をしている歌手を仲直りさせコンサートを仕掛けたり,イドリッサの受け入れ先を探すために難民キャンプを訪れたり。
最後のシーンで,二つの絶望が希望に変わる。
カウリスマキの映画の常連の女優,カティ・オウティネンの存在感には驚かされる。西欧の女優の美しいけれどありがちなたたずまいとは違って,無表情と言っていいほどの演技。なのにその微細な表情の変化を見逃すまいとみているうちに惹き込まれる。また警視モネ役のジャン=ピエール・ダルッサンが酷薄な刑事役を演じるのだが,こちらはヨーロッパの伝統的な悪役の凄みと味がある。
物語としては落ち着くところに落ち着くし,登場人物には結局だれ一人悪い人がいない(密告者はいるけれど,まあ味付け程度)。ああ,こんなふうな生活,人生がヨーロッパの辺境にはあるのだなと気づかされる。