『スープとイデオロギー』ヤン・ヨンヒ監督の渾身のドキュメンタリー。日本と朝鮮半島の歴史の継承の一つの在り方を示している。

映画備忘録。9月最後の1本。

『スープとイデオロギー』(2021年製作/118分/G/韓国・日本合作/原題:Soup and Ideology/脚本・監督:ヤン・ヨンヒ/公開:2022年6月11日)

「ディア・ピョンヤン」などで自身の家族と北朝鮮の関係を描いてきた在日コリアン2世のヤン ヨンヒ監督が、韓国現代史最大のタブーとされる「済州4・3事件」を体験した母を主役に撮りあげたドキュメンタリー。朝鮮総連の熱心な活動家だったヤン監督の両親は、1970年代に「帰国事業」で3人の息子たちを北朝鮮へ送り出した。父の他界後も借金をしてまで息子たちへの仕送りを続ける母を、ヤン監督は心の中で責めてきた。年老いた母は、心の奥深くに秘めていた1948年の済州島での壮絶な体験について、初めて娘であるヤン監督に語り始める。アルツハイマー病の母から消えゆく記憶をすくいとるべく、ヤン監督は母を済州島へ連れて行くことを決意する。

ヤン監督の4本の映画のうち、ドキュメンタリーの『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』の2本は見ていない。劇映画の『かぞくのくに』は見たが、テーマとしては重かったが、映画としてのできはあまりいいとは思わなかった。

 

冒頭、すでに亡くなった父親の出てくるシーンは、『ディア・ピョンヤン』からの引用だろうか。両親と3人の息子、そして監督自身の家族史と言っていい映画。

イデオロギーを前面に出すことなく、家族に焦点を絞り、母親がアルツハイマー病を患い、記憶をなくしていく過程と消すことのできない家族の歴史を淡々と描く。監督自身もあえて姿を現し、時に激しく揺さぶられる感情を隠さずに描いていて痛切。画像4

 

済州島出身の両親がなにゆえ熱心な総連の活動家となり、帰国事業で3人の息子を北朝鮮に送り出したのか、イデオロギーというより生活とそのすさまじい記憶を掘り起こしながら明かしていく。済州島4・3事件のディテールが、母親の口から少しずつ語られていく。

4.3事件については金石範の長編小説『火山島』(1~3)があるが、読んだのはもう30年も前のこと。2013年の映画『チスル』は見逃している。岩波文庫の『済州島四・三事件「島のくに」の死と再生の物語』も未読だが、「チェジュドヨンサン」は、済州島と国家権力の闘いいだけでなく、在日の人々の歴史と重ねてみることの意味を今さらながら再認識させられた。

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帰国事業の評価や長年の仕送り、北朝鮮批判などは前面には出てこない。ただただ自分たちの生活を切り詰め、北朝鮮で生きる息子たちを希望に生きてきた両親、とりわけ母親の日常のすがたをカメラは追う。娘のヨンヒは、「お母さん、もう十分やってきたでしょう」と繰り返し、母親を口説く。一人両親と日本に残った娘には、娘なりの桎梏がある。

その母親にとって、凍土の国の息子たちとの絆を表す象徴がサムゲタンだ。

私が知っているサムゲタンよりはるかにたくさんのニンニクを鳥の腹に詰めて煮る。監督の若いつれあいが、後段でこれをつくって母親に供する。その二人の表情と言葉少ない会話が、日本と朝鮮半島の人々の間の歴史の一つの継承のかたちなのではないかと思った。

ヤン・ヨンヒ監督渾身のドキュメンタリー。画像7

 

参考:

ja.wikipedia.org