映画備忘録。ずいぶん記憶が薄れてしまった。
11月28日に2本見た。
『3つの鍵』(2021年製作/119分/R15+/イタリア・フランス合作/原題:Tre piani/原作:エシュコル・ネボ/監督:ナンニ・モレッティ/出演:マルゲリータ・ブイ リッカルド・スカマルチョ アルバ・ルロルバケル他/日本公開:2022年9月16日)
「息子の部屋」でカンヌ国際映画祭パルムドール、「親愛なる日記」で同監督賞を受賞しているイタリアの名匠ナンニ・モレッティが、同じアパートに住む3つの家族の素顔が、ひとつの事故をきっかけに次第に露わになっていく様子をスリリングに描いた人間ドラマ。
ローマの高級住宅地にあるアパートに暮らす、3つの家族。それぞれが顔見知り程度で、各家庭の扉の向こう側にある本当の顔は知らない。ある夜、3階に住むジョバンニとドーラの裁判官夫婦の息子アンドレアの運転する車が建物に衝突し、ひとりの女性が亡くなる。同じ夜、2階に住む妊婦のモニカは陣痛が始まり、夫が出張中のためひとりで病院に向かう。1階のルーチョとサラの夫婦は、仕事場で起こったトラブルのため娘を朝まで向かいの老夫婦に預けるが、認知症の老夫と娘が一緒に行方不明になってしまう。
イスラエルの作家エシュコル・ネボの「Three floors up」が原作で、デビュー以来オリジナル作品を手がけてきたモレッティ監督にとっては初の原作ものとなった。出演はマルゲリータ・ブイ、リッカルド・スカマルチョ、アルバ・ロルバケルら。
(映画ドットコムから)
全編、しっとりとていねいにつくられている。最後まで緊張が途切れず楽しめた。
冒頭、交通事故のシーン。
重厚な集合住宅のなかの3つの部屋の一つ、裁判官夫妻の息子、かなり年がいって生まれた息子だが、父親への反発から逸脱行為を繰り返している。この夜、酒を呑んで自宅の集合住宅の前で事故を起こす。被害者は亡くなってしまう。
その車が突っ込んだのが2つ目の部屋。1階の書斎がめちゃめちゃに壊されてしまう。
この家には5歳ほどの小さな女の子がいて、夫婦は3つ目の部屋の老夫婦に時毒この子を預けている。
3つの部屋、3つの家族がまじりあうストーリーだが、ピースがはまっていくようにはドラマは進まない。テーマの一つは時間ではないかと思った。
ストーリーは2つ。
1つは裁判官一家の物語。
息子は親に向かって裁判官なんだから罰を逃れる道を見つけろと無理難題。父親はまともに息子とは拘わらない。息子はこの父親との齟齬が躓きの石になっている。
母親は息子を溺愛するも、息子は受け入れない。
結局、息子は服役することに。その間も母親はかかわりをもとうとするが、息子は拒否する。
長い服役期間の間に父親は亡くなり、母親は退官を迎えている。
ある日、ボランティアの団体に不要物をとどけるが、デモ隊にぶつかり気を失って倒れてしまう。ボランティア団体の代表の男の家で休ませてもらうことに。次の日、代表は「またいつか会うことがあるはず」とささやく。
何日か過ぎて、代表は母親に「黙ってついてきてくれ」と告げる。不審に思いながらもクルマの同情する母親。向かった先は、代表の娘と結婚して赤ん坊ができた息子の住む家。
長い時間を経て和解、とはならない。代表は息子と母親の長い断絶を、新しい家族ができたことで解こうとしたのだがうまくいかない。
一家族の長い物語としてリアルで重い。
もう一つの物語は、書斎を壊された夫妻のこれもまた長い物語。幼女の話から老夫の言動がおかしいことに気が付く。
娘を預けるのをやめようとした矢先、老夫は娘を連れて雨の中公園に行き、そこで倒れてしまう。
夫妻は必死で二人を探す。見つかったときには老夫は倒れ、その近くに娘はいた。
夫の方は老夫が娘に性的いたずらをしたのではないかと執拗に疑い、警察に訴える。
この隣家の夫婦の間にも齟齬がある。娘を溺愛する夫には、老夫婦の気持ちが理解できない。
しかし警察は証拠がないし、老夫自体が衰弱していることから、事件とはしない。
老夫の妻は、いままで娘の面倒を見てきたのに、老夫を性的いたずらの犯人と疑う隣家の夫に強い不信感をもつ。
この不信感は深く最後まで消えない。老父は亡くなる。
そのころ、この老夫妻の孫娘が隣家を訪れる。小さいころ祖父母と同居していたことから、祖父を疑う隣家の夫とは顔見知りだった。
祖父の性的いたずらの証拠がほしい夫は、孫娘の「祖母はアメリカの友人とメールのやり取りをしている。その中に祖父のことも出てくる』と言って、隣家の夫を「パソコンを見よう」と老夫婦の家に誘い込む。
美しい孫娘の誘惑に中年の夫は証拠欲しさに孫娘と、性交渉をもってしまう。
事が表面化し、孫娘は母親への対面から強引に性交渉をもたされたと主張。訴えることに。
長い裁判が始まる。
祖母の怒りは消えず、裁判は長期化するが、訴えられた隣家の男に無罪判決が下される。
それでも、孫娘は控訴の意志を表明。
隣家の夫妻の間もこの事件をきっかけに冷えていく。
ここに事故の目撃者である妊婦も関わる。この物語も挿入される。産まれた子どもと2人だけ残され、孤独にさいなまれる。隣家の妻が相談に乗る。
この孤独の深さが3つ目の鍵か?
最終的に孫娘は控訴を取り下げて、事件は終わる。
しかし、孫娘と隣家の夫との間に和解は成立しない。
ひとつの交通事故をきっかけに、3つの家族が10数年の時間のなかで壊れていく。
単なる因果関係によってドラマが展開するというより、積み重なっていく時間が互いの感情の澱を深めていく。
全く救いのないドラマなのに、役者が見せる表情の変化がわずかなやすらぎを見せる。
裁判官で母親役のマルゲリータ・ブイと隣家の夫のリッカルド・スカマルチョの演技が素晴らしい。
人の感情のどうにもならないめんどうくささ、誰もがコントロールできない感情にさいなまれ、行き先を見失う。
邦画一般と言ってはいけないが、この映画のような深みのある心理劇の映画を日本でもつくってほしい。