2024年3月の映画寸評②
<自分なりのめやす>
お勧めしたい ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
みる価値あり ⭐️⭐️⭐️⭐️
時間があれば ⭐️⭐️⭐️
無理しなくても ⭐️⭐️
後悔するかも ⭐️
㉖『瞳をとじて』 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ 3月15日kiki
(2023年/169分/スペイン/原題:Cerrar los ojos /監督:ビクトル・エリセ/出演:マノロ・ソロ ホセ・コロナド アナ・アレナス/劇場公開日:2024年2月9日)
「ミツバチのささやき」などで知られるスペインの巨匠ビクトル・エリセが31年ぶりに長編映画のメガホンをとり、元映画監督と失踪した人気俳優の記憶をめぐって繰り広げられる物語を描いたヒューマンミステリー。
映画監督ミゲルがメガホンをとる映画「別れのまなざし」の撮影中に、主演俳優フリオ・アレナスが突然の失踪を遂げた。それから22年が過ぎたある日、ミゲルのもとに、かつての人気俳優失踪事件の謎を追うテレビ番組から出演依頼が舞い込む。取材への協力を決めたミゲルは、親友でもあったフリオと過ごした青春時代や自らの半生を追想していく。そして番組終了後、フリオに似た男が海辺の施設にいるとの情報が寄せられ……。
「コンペティション」のマノロ・ソロが映画監督ミゲル、「ロスト・ボディ」のホセ・コロナドが失踪した俳優フリオを演じ、「ミツバチのささやき」で当時5歳にして主演を務めたアナ・トレントがフリオの娘アナ役で出演。(映画.com)
なんとも幸せな時間だった。ミゲルとフリオの二人の人生に一緒に向き合っているような独特の臨場感。私は、ただただ物語の流れに身を任せているだけなのだが、絵画のような映像と静かな音楽、その瞬間瞬間が、言葉にならないが我と我身に沁みてくる。ドラマとドキュメンタリーの間のような不思議な空気が一貫して流れている。そのせいかみている自分がどこにいるのか、わからなくなる瞬間がいくつもあった。優れた文学が映画という方法を得て、新しい世界を作り出している。これがエリセか!初めてのエリセ体験、まいったまいった。随所にエリセのこだわりが埋め込まれていて、日本という国も彼の関心の一つであることもわかる。ここではそれらに触れないが。
この作品は私の”死ぬまでにもう一度見たい映画の”一本に入る。
㉗『レディ加賀』 ⭐️⭐️ 3月15日kiki
(2024年/108分/日本/脚本:渡辺典子 雑賀俊朗/監督:雑賀俊朗/出演:小芝風花 檀れい他/劇場公開日:2024年2月9日)
石川県の加賀温泉を盛り上げるために結成された旅館の女将たちによるプロモーションチーム「レディー・カガ」から着想を得た、ダンスで温泉街を盛り上げる女将たちの姿を描いた小芝風花主演のドラマ。
加賀温泉にある老舗旅館「ひぐち」の一人娘・樋口由香。小学校の時に見たタップダンスに魅了された由香は、タップダンサーを目指して上京したものの夢破れ、実家に戻って女将修行をスタートさせる。その不器用さから、由香の女将修行は苦戦するものの、持ち前の明るさとガッツで奮闘する毎日を送っていた。そんな中、加賀温泉を盛り上げるためのプロジェクトが発足する。由香は新米女将たちを集め、大好きなタップダンスのイベントを開催することになるのだが……。
由香役を小芝、新米女将たちを松田るか、中村静香、八木アリサ、奈月セナ、小野木里奈、水島麻理奈、由香の母親で旅館ひぐちの女将役を檀れいが演じる。
タイトルが面白いと思った。金沢新幹線の敦賀までの延長に合わせて作られたご当地映画。まとまっているといえばまとまっているが、どのエピソードも皆どこかで見たような使い古されたもの。いくつものトラブルを経て、街の活性化まで辿り着くというストーリーに新味がないし、人気だという小芝風花も輝いているとは言い難い。脇役は皆それなりに上手な人たちだが。
こちらも時間調整に見たということもあって、半身で見ていたせいかもしれないが、最後まで退屈だった。しかし、隣の隣の座席の私と同年代の女性は号泣していた。映画の受け取り方、さまざま。そういうものだろう。
㉘『罪と悪』 ⭐️⭐️⭐️ 3月19日kiki
(2024年/115分/日本/脚本:斎藤勇起/監督:斎藤勇起/出演:高良健吾 大東俊介他/劇場公開日:2024年2月2日
幼なじみの少年が背負った罪と、22年後に起きた新たな殺人事件の行方を描いたノワールミステリー。本作が長編デビューとなる齊藤勇起監督のオリジナル脚本作品で、高良健吾、大東駿介、石田卓也ら実力派キャストが共演した。
13歳の正樹が何者かに殺された。遺体は橋の下に捨てられており、小さな町はあらぬ噂で持ちきりになる。正樹の同級生である春、晃、双子の朔と直哉は、正樹が度々家に遊びに行っていた老人「おんさん」が犯人に違いないと考え、家に押しかけて揉み合いの末に1人がおんさんを殺してしまう。そして、おんさんの家に火を放ち、事件は幕を閉じた。それから22年後、刑事になった晃が父の死をきっかけに町に帰ってくる。久々に会った朔は引きこもりになった直哉の面倒をみながら実家の農業を継いでいた。やがて、かつての事件と同じように、橋の下で少年の遺体が発見される。捜査に乗り出した晃は、建設会社を経営する春と再会。春は不良少年たちの面倒を見ており、被害者の少年とも面識があった。晃と朔、そして春の3人が再会したことで、それぞれが心の奥にしまい込んでいた22年前の事件の扉が再び開き始める。
主人公・春を高良、晃を大東、朔を石田が演じ、佐藤浩市、椎名桔平、村上淳らが脇を固める。
(映画.com)
冒頭から20分くらいの中学生が絡むシーンは説得力もあり、面白い。「おんさん」を殺してしまった春の内面もよく描かれている。が、春が少年院を経て街に戻り、刑事とヤクザのバランスの中、のしあがっていく、そのあたりがあまり描かれておらず、残念。家庭を大事にしながら悪と罪を背負っていく生硬な春を高良健吾が好演しているが、もう少し突っ込んだものを見てみたかった。一方、父親が刑事だった晃が父を継いで街に戻って刑事となっているのはいかにもつくりもの。また、どう見ても大都会とはいえない小さな地方都市であるにもかかわらず、大仰なヤクザの親分が居たり、春たちと抗争となるのもなんだか。細部がきっちり描けていない分、全体的なストーリーの座り心地が悪く、いろいろなものが最後まで収まるところに収まっていないように思えた。言ってみれば、何かありそうなのに、皮を剥いていったら空洞というところか。少年の頃、図らずも得てしまった人間の「業」のようなものを、もっと前面に出て欲しかった。ラストはあれでいいのかどうか。
㉙『ミツバチのささやき』 ⭐️⭐️⭐️⭐️ 3月19日kiki
(1973年/99分/スペイン原題:El espiritu de la colmena[巣の精霊]/原案・監督:ビクトル・エリセ/出演:アナ・トレント イサベル・テレリュア他/劇場公開日:2017年3月25日その他の公開日:1985年2月9日(日本初公開)、2009年1月24日)
スペインの名匠ビクトル・エリセが1973年に発表した長編監督第1作。スペインの小さな村を舞台に、ひとりの少女の現実と空想の世界が交錯した体験を、主人公の少女を演じた子役アナ・トレントの名演と繊細なタッチで描き出した。スペイン内戦が終結した翌年の1940年、6歳の少女アナが暮らす村に映画「フランケンシュタイン」の巡回上映がやってくる。映画の中の怪物を精霊だと思うアナは、姉から村はずれの一軒家に怪物が潜んでいると聞き、その家を訪れる。するとこそには謎めいたひとりの負傷兵がおり……。2017年、世界の名作を上映する企画「the アートシアター」の第1弾として、監督自身の監修によるデジタルリマスター版が公開。(映画.com)
kikiが、『瞳をとじて』を記念して、エリセの前2作を上演してくれた。寡作の監督の全作品を見たことになる。ジャック&ベテイでもこの企画が続く。
これまたなんともいえない映画。映画そのものが説明的でないから、連なるシーンからさまざまなものを読み取りながら、これまた登場人物と一緒に進んでいく。
アナを演じる6歳のアナ・トレント、これは信じられない演技。6歳のアナ自身が持つ優れたセンスと演技をつけるエリセ。奇跡的なシーンが最後に待っている。
この映画も、1940年当時のスペインの政治状況を含み込んであるが、それをわかりやすくは描いていない。見る側が、あるシーンから政治的なものを想像したとしても核心にまで辿り着けないような仕掛けになっているように思えた。
それにして圧倒的な映像の力。美しいというコトバを素でつかいたくなる。どこまでも文学的。
㉚『エル・スール』 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ 3月22日kiki
(1983年/95分/スペイン・フランス合作原題:El Sur[南]/原作:アデライダ・ガルシア・モラレ/脚本・監督:ビクトル・エリセ/出演:オメロ・アントウヌッテイ ソンソレス・アラングーレン他劇場公開日:2017年3月25日その他の公開日1985年10月12日(日本初公開)、2009年1月24日)
「ミツバチのささやき」のビクトル・エリセ監督が、同作から10年を経た1983年に発表した長編監督第2作。イタリアの名優オメロ・アントヌッティを迎え、少女の目を通して暗いスペインの歴史を描いた。1957年、ある秋の日の朝、枕の下に父アグスティンの振り子を見つけた15歳の少女エストレリャは、父がもう帰ってこないことを予感する。そこから少女は父と一緒に過ごした日々を、内戦にとらわれたスペインや、南の街から北の地へと引っ越した家族など過去を回想する。2017年、世界の名作を上映する企画「the アートシアター」の第1弾として、監督自身の監修によるデジタルリマスター版が公開。(映画.com)
15歳の少女の視点がはっきりしている分、「ミツバチ」よりストーリーはすんなり入ってくる。父親の秘密を探るうちに見えてくるものが、一つのミステリアスな物語になっていて、惹きつけられる。政治的なものも含めて父親が持つ深い葛藤は娘にはわからないが、しかし娘にしか見えないものもある。ここに迫るエリセの感性がすごい。全体にシーン一つひとつが絵画のようで、それを彩る音楽が印象的。重厚ではあるが、無駄な重みを感じさせない。
エル・スール、南という言葉が醸し出す独特の空気、娘が受け取るものと父親の思いのずれ。アントン・ヌッティという役者の素晴らしさ。娘役のソンソレス・アラングレーンの物おじしない演技も素晴らしい。登場人物が少ない分、それぞれの造形が際立っている。父の乳母の演技、セリフ回しも動きもなんともにくい。
2023年製作/152分/フランス原題:Anatomie d'une chute/脚本・監督:ジャスティヌ・トリエ/出演:サンドラ・ヒューラー ミロ・マシャド・グラネール他/劇場公開日:2024年2月23日)
フランス出身。パリ国立高等美術学校を卒業後、2006年の学生運動を追った「Sur place」(07)や仏大統領選挙の日々を記録した「Solférino」(09) などのドキュメンタリー映画を制作し、フランス映画界の気鋭の女性監督として早々に注目を集める。劇映画とドキュメンタリーの手法をミックスした長編監督デビュー作「ソルフェリーノの戦い」(13)が国際的に高い評価を得て、第2作「ヴィクトリア」(16)、第3作「愛欲のセラピー」(19)と長編作品を発表。
長編4作目「落下の解剖学」(23)は第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で女性監督として史上3人目となるパルムドールを受賞、ゴールデングローブ賞最優秀脚本賞にも輝き、第96回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞の5部門にノミネートされた。
(映画.com)
ジャスティヌ・トリエという監督の作品は今まで見たことがない。ドキュメンタリーからスタートして劇映画へ。一作ずつが評判となる人。次作も今から楽しみ。
本作の脚本も彼女に手によるもの。脚本をノベライズすればそれだけで大変なミステリー作品になるような中身の濃い作品。そうはせずに脚本のまま演出まで手がけて、これほど見るものを惹きつける才能は只者ではないようだ。
夫が死ぬ前の異様なシーン、来客中にも関わらず大音量で音楽をかけるような児戯に等しい行為。一方妻は作家として売れている。二人の間には、事故で視力を失った息子がいる。この事故をベースにして、二人の間の諍いが裁判の中で明らかになる。
録音(夫が録音したもの)をもとに裁判が行われるが、この再現シーンがすごい。妻への嫉妬や羨望、夫への落胆と諦念が幾重にも重なる口論のシーンは、映画というより演劇的な広がりを見せる。圧巻である。
ラストシーンは書かないが、これもまた意外ではあるが、人間にはさまざまな感情の下におもいがけない部分を隠していることが明らかになり、それが救いにもなっている。
上質なミステリーとして忘れられない映画になると思う。
㉜『ビニールハウス』 ⭐️⭐️⭐️⭐️ 3月28日kiki
(2022年製作/100分/韓国/原題:Greenhouse/脚本・監督・編集:イ・ソルヒ/出演:キム・ソヒョン ヤン・ジェソン シン・ヨンスク3月15日劇場公開日:2024年3月15日)
貧困や孤独、介護など現代の韓国が抱える社会問題に根ざした物語が展開するサスペンス。正規の住宅を失った低所得者層が、農業施設であるビニールハウスで暮らす事例などをベースに描く。主演は人気ドラマ「SKYキャッスル 上流階級の妻たち」のキム・ソヒョン。
貧困のためビニールハウスに暮らすムンジョンは、少年院にいる息子と再び新居で暮らすことを夢見ていた。その資金を稼ぐため、盲目の老人テガンと、その妻で重い認知症を患うファオクの訪問介護士として働いている。ある日、ファオクが風呂場で突然暴れ出し、ムンジョンと揉み合う際に床に後頭部を打ちつけ、そのまま亡くなってしまう。ムンジョンは認知症の自身の母親をファオクの身代わりに据えることで、息子と一緒に暮らす未来を守ろうとするが……。
ムンジョン役のソヒョンのほか、ドラマ「キング・ザ・ランド」のベテラン俳優ヤン・ジェソン、ドラマ「ザ・グローリー 輝かしき復讐」のアン・ソヨらが顔をそろえる。監督は本作が長編監督デビューとなるイ・ソルヒ。
冒頭のシーンは印象的。自傷の中年女性。施設に入っている息子との面会。なんとかして貧困から脱出して息子との生活の再出発を果たしたい女性。多くのシーンが音楽なしの緊張感のあるものに。かといって、キム・ギドクのような凄惨さを強調するようなシーンはほとんどない。
予告編のジャックが「半地下はまだマシ」はよくわからない。貧困と言っても、この女性は集団のセラピーに通い、老夫婦の家政婦として仕事をし、むすこと二人ですむマンションを手に入れるための積立もしている。通過危機以降の韓国の格差社会の際限のない拡大とは、一線を隠しているように思えた。ビニールハウスも都会の中の駄々広い河原のようなところにあり(『バーニング』を思い起こさせる。実際にラストでハウスは・・・)、中にはキッチンも冷蔵庫もあり、かなり広い。どうしてこんなふうに生活しているのか理解にくるしむ。半地下はまだマシ」は本編を見る限り、ずれていて売らんかなにすぎると思えた。
認知症、盲目、知的障害、自傷、非行などさまざまな問題を取り入れ構築されている物語の面白さは、盲目の高齢男性の認知症を患う妻と掴み合っているうちに死なせてしまった女性が、自分の母親を連れてきて生活させる、いわばとりかへばや物語にあるのだが、現実味がないように見えてかなりリアルだ。盲目の男性は自分もまた認知症の初期症状を認識し、心中を図るのだが、自分の妻ではない女性との道行は痛切だ。
社会問題を意識しながらエンタテイメント路線を追求しようとする作品としては、成功しているのではないか。
ほとんど出ずっぱりのキム・ソヒョン、破綻のない素晴らしい演技。イ・ソルヒという監督のひたむきさを強く感じる。