老人よ、外に出よう。

毎日のルーティンの散歩。最近は出かける時間も遅くなった。7時40分ごろだ。気温に低い時間は避けている。

 

コースは、目黒の交差点近くの横浜市瀬谷区大和市の間の鶴間橋から、その上流2kmのところにある町田市と大和市の間の鶴間橋際にある鶴間橋の往復、ほぼ毎日同じ。同じ名前の橋が2km離れて架っているという不思議。

鶴間という地名はややこしく、町田市にも大和市にも相模原市にもあって、それぞれ「上」がついたり「下」がついたり、「西」や「南」もつく。

このコース、往復全長5kmほどだが、かつては1時間で歩いた。最近はプラス15分かかる。普通のスピードで歩いている若い女性に追い抜かれる。時には高齢の男性にも追い抜かれる。

なにクソとは思わない。タイパが悪いほうがいいのだ。

楽しみはカワセミをはじめとする種々の鳥たちを眺めるバードウオッチング。

散歩する犬と遊ぶのも楽しみ。

今は、ゴールデンリトリバーと豆柴、もう一頭犬種のわからない小さなクマのような犬の3頭に触れさせてもらっている。ゴールデンリトリバーと豆柴は向こうから抱きついてくる。けっこううれしい。

 

 

犬も歩けば棒に当たるというが、犬からすれば、こちらはさしずめかなり大きめの棒である。

 

時に人間に当たることもある。

 

田園都市線つきみ野駅から境川につながって坂道の桜の散歩道、ここは八重桜が数十本植えられた散歩道。この辺りの名所である。

先日、ちょうどその散歩道が河畔に差し掛かったところで、道に迷ったと思しき女性に声をかけられた。

 

「ここにいきたんですけど、わかりますか?」

 

と、不安そうに小銭入れに貼り付けられた紙片の住所を私たちに見せる。

スマホで位置確認すると、歩いて20分ほどのところにあるマンション。

 

M さん、ピンときたらしく、「一緒に行ったほうがいいね」。

 

はじめは方向だけ伝えればいいと思った私も、用事があるわけでもないから「うん、一緒に行こう」と3人で歩き始めた。

 

年の頃、私たちより少し上の70代半ばかと思ったのだが、ご自分で88歳だとおっしゃる。とてもそんなふうには見えない。歩き方もしっかりしている。

道々、お話を伺う。

今朝、いつも通りマンションの近くの公園でラジオ体操をした。家に帰る前に少し散歩しようと思ったら、道がわからなくなってしまった。

 

ラジオ体操は6時30分。終わって歩き出してからもう1時間半ほども経っていることになる。

からだは元気なんですけど、アタマの方がすこし・・・いろいろわからなくなる時があって・・・と云う。

 

終戦後、山形から横須賀に引っ越して、長い間住んでいた。夫は亡くなり、結婚した娘が近くに引っ越してこいというので、この近くのマンションの隣の部屋に移り住んだ。

孫が遊びにきたのは転居後直後だけ。最近は娘も顔を見せない。

食事は自分で簡単なものを作っている。

毎日、外を眺めているだけ。体を動かさなければと思い、ラジオ体操には出かけている。

 

そんな話を伺っているうちに、鶴間橋際の鶴間橋を渡る。マンションまであと数分。

二つ目の信号のところで表情がパッと明るくなり、

「わかりますう、ここまでくれば」。

小さな後ろ姿を二人で見送る。

 

同居していたMさんの母親が、自宅から3キロ離れた隣の区の中学校のところまで杖をついて歩いて行ったことがあった。大正生まれで自転車に乗れなかった人だから、歩くのは苦にならない人だった。

見知らぬ人が、困っている義母の杖に書かれた住所と電話番号を見て、連絡をくれた。

Mさん、すぐにクルマで迎えに行った。もう20年近く前のことだ。

そんなこともあって、ピンときたのだろう。

 

どんな事情があるのか知らないが、不満を漏らすふうでもなく、問わず語りに淡々と事情を話す女性に、柄にもなく同情してしまった。

 

また明日、彼女はラジオ体操に彼女は出るのだろう。

道に迷って他人に話しかけてみるのもいいのではないか。

渡る世間に鬼は少ないものだ。袖振り合うも他生の縁、他人にも、そして娘にももっと迷惑をかけてもいい。

老人よ、外に出よう、である。

 

 今年ムスカリが元気だ。