辻原登さんと山内若菜さん

今朝、散歩時の気温が18℃。ツバメを見た。これもまた春の兆し。

鶴間小学校ではグランドで始業式だろうか、児童が全員整列して坐っているのがみえる。

「また、学校始まるんだね」とMさん。

 

帰途、再び鶴間小学校。式はまだ続いている。離退任式でもやっているのだろうか。

40分以上経っているが、児童は地面に体育すわりですわったまま。

曇り空とは言え、そこまでしてやることだろうか。

意味のある我慢ならわかるけれど。

 

昨日、神奈川近代文学館

   「文学・どこへいくのか 第II期 作家が受け継ぐもの」

 

講師は作家の辻原登さん。編集者・文芸評論家の湯川豊さんと尾崎真理子さん。

通路側の座席を取ろうと早めに着いた。

整理番号をもらってから、開催中の「帰って来た橋本治展」

を早足でみる。20日も来るので、そのときはゆっくりと。

 

2階ホールの会場前の長テーブル3つに本が積み上げられている。

全て辻原さんの著作。サイン会と販売かと思いきや、

「無料配布しています」

とのこと。びっくり。10数種類の著作がランダムに並んでいる。

中から読んだことのないもの5冊をいただく。どれもきちんと保管されていたことがわかる。

 

3人のお話、面白かった。

辻原さんは自分の作品の源流を谷崎潤一郎大岡昇平だという。

しかし、2人が源流だということを知られないように書くことに気をつけて来たそうだ。

大学で近代小説論を論じていただけに、ヨーロッパの近代小説の影響を受けた日本の小説についての分析が精細で興味深かった。

小説は所詮、放蕩息子と不良少女の話、だという。

 

湯川さんとのやりとりも面白かったのだが、最後に尾崎さんが

「現在のような風潮にあって作家はどのようにものを書いていくべきか」

といった質問をした。

辻原さんは、

「作家も編集者も、そういう流れに必要以上に敏感になっていて、なぜそうしたものが出て来たのかということを考えない思考停止状態になっているのではないか。」

「やっていけないのは、盗作だけ。作家は、自分が書きたいものを書き、物議を醸せばよい。作家というのはそういう存在」と。

 

 

朝、

東京新聞で山内若菜さんの文章を読んだ。

上・下2回の連載。

「上」を読んだ時、いい文章だと思い、その旨メールで伝えた。

「美術界からは嫌われているこの頃、なんだか勇気づけられました」と返信があった。
「下」には、
「善の顔をした悪は、正義の名の下に戦争を始めたり、原発を動かし事故があれば、なかったかのようにする。だが、どんな戦争も絶対悪であり、原発のように人道を脅かす存在には声を上げ、わかりやすく描き、絵で大騒ぎするのが、表現の中で最も大切なことのように思う」
とあった。
小説で「物議を醸す」という辻原さん、絵で大騒ぎするという山内さん、共通するものがあると思った。
 
20日松家仁之さんの話がある。楽しみである。