『朝が来る』小説を映画に引き写した「小説の映画化」ではなく、映画という小説とは全く別物の表現という具合か。

28日、藤が丘病院から戻って、遅い昼食を食べた。

 

帰宅途中にMさんに『朝が来る』のチケットを予約してもらった。23日に封切りだったが、『鬼滅の刃』の席巻の前には、早めの打ち切りも考えられる。このさい、なるべく早く見ておこうということになったのだった。

 

木曜日なのにグランベリーパークは賑わっている。休日のようだ。若い親子連れの姿が目立つ。私たちのような老夫婦だけというのは珍しく、若い世代と連れ立っている人たちが多い。

 

『朝が来る』(2020年/139分/日本/原作:辻村深月/監督・脚本:河瀨直美/出演:永作博美 井浦新 蒔田彩珠 浅田美代子)★★★★☆

 辻村深月の原作をMさんと二人の娘と遠隔回し読み?をしたのは去年のことだったか。

辻村の著作はこの1冊しか読んだことがないのだが、印象の強い作品。

河瀬監督がどんなふうに描くのか、見てみたいと思った。

 

予想はしていたけれど、これほど手の込んだつくり方をしている邦画はあまりない。

どちらかというと、手を加えていなさそうに見えて、しっかり手が入っている映画が邦画では多いが、この映画は違う。明らかに「鑿のあと」のようなものが見えて、それが成功していると思った。

 

小説を映画に引き写した「小説の映画化」ではなく、映画という小説とは全く別物の表現という具合か。

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随所に出てくる海や風や波、あるいはカーテンなどが微妙な登場人物の心象を映し出す。

登場人物たちのセリフは、劇中のセリフとして提示されることもあるが、多くはドキュメンタリー風に中身だけを与えられ、あとは役者が考え、言いよどみ、言い換えして深いリアリティを獲得する。微妙な組合わせの妙。

映像は、どのシーンも固定カメラの大写しとかすかに揺れる手持ちカメラの映像が組み合わされ、見る方に緊張感を強いる。

 

中心人物である蒔田彩珠演じるひかり、中学生から20代の初めまでだが、演技という以上に『ひかり』を生きているように感じられた。

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河瀬直美監督の映画づくりの手法についてはたくさん語られてきた。蒔田彩珠にも現地の中学に通わせ、出演者たちと生活を共にさせたという。

 

蒔田彩珠は『星の子』でも好演。

 

出演者たち。永作博美は求心力のある役者だと感じてきたが、この映画では長いアップショットに負けない集中力のある演技。ただものではない感あり。

井浦新は、やはりぶれのない、かといってよく抑制のきいた演技。呑み屋での酔って話すシーンが、よかった。

浅田美代子。すごい。これが浅田美代子?たくさん見たわけじゃないが、存在感のあるいい演技だと思った。すっぴんでも演じられるのはたぶんすごいことなのだろう。

 

ひとつだけ。この映画でもやはり「走るシーン」があった。海のシーンも。瀬戸内海の島での撮影だから海のシーンは仕方がないが、ひかりを走らせなくてもいい。走らなくてもひかりの感情の起伏や爆発は十分表現されている。

 

全編139分は全く長いとは感じられず、終わり方も印象が強い。

厳しい現実を描きながら過剰なリリシズムのようなものを感じてしまうのはなぜだろうか。河瀬監督が社会派作家でないことはわかるが、映像をつくり込みすぎる先にこれほどリアリティを追求しながら、あまりに強い叙情性に入り込めないところがあったのは事実だ。子どもという存在に対しての過度な思い入れのせいのように思えて仕方がなかった。エンドロールの子どもの歌も。なんだろう、これって。