『椿の海の記』をみる。

ずいぶん春めいてきた。境川河畔をわたる風はやわらかく、微風が桜の花びらを散らしている。

今年の桜は長持ちした。入学式どころか今日明日の土日も十分花見が愉しめそうだ。

 

柴犬のリクちゃんを連れた安藤さん、オオシマザクラの下で3人+1匹で立ち話。安藤さんは、ソメイヨシノに比べオオシマザクラはどことなく品があるという。花びらが小さく凝縮しているからだという。

大ぶりなこのオオシマザクラは、片道30分ほどかかる散歩道の中で、ひと木ウェア目立つ存在。立ち止まって写真を撮っている人も多い。

安藤さんの話は、問わず語りに続く。

 

46年前の結婚したこと。大学が一緒だった奥さんは都心の会社のOLで、自分は相模原の三菱。やあ、差がつきましたよ、という話や、横浜線が冠水すると総務課の同僚に連絡し、早めの退社を催促し、実際15時ごろには退社できたこと、自分達の世代は会社のバッジを常時つけずに課長に怒られたこと、退職しても自分は退職者バッジは無くしてしまったことなど、伺うほどに安藤さんの人生が少しずつ見えてくる。団塊の世代の安藤さん、どこか反骨なのだろうか。同じ話は出ない。

 

岸政彦さんの『東京の生活史』(筑摩書房・2021年・4620円)は150人の市井の人々の個人史の聞き書きだが、安藤さんのお話はこの本を読むような感覚。

寝床に置いて、折々に読むのだが、面白い。昨年、『大阪の生活史』も出たが、こちらはまだ手が出ない。ごく普通の人々の人生は、百人百通りだが、その語り口によっても

受ける印象は違う。同じような経験ではあっても、人生の節々の出来事を心残りとして語るのか、心残りはあってもいくばくかの満足感を込めて語るのでは、受ける印象はかなり違う。東京と大阪でも語り口はかなり違うのではないか。

 

安藤さんのお話は、「いい人生を送ってきた」という満足感がこもっている。

自分はどうだろうか。個人史を個人的に話す機会などないが。

 

4月8日(月)鵠沼海岸井上弘久さんの

『椿の海の記 もうひとつのこの世を求めて 第2章「岩どんの提灯」より』(原作:石牟礼道子 出演・構成・演出井上弘久)

を見に、2人で出かける。

 

鵠沼海岸は、小田急江ノ島線藤沢駅から2つ目。初めて降りた。

駅前の通りは狭いが、下町ぽくっていい感じの街並み。

徒歩3分くらいのところにある「シネコヤ」という映画館が会場。

座席数20席という、日本でも極小の部類に入る映画館。

14時前に着いたが、すでに並んでいる人たちがいる。

入口を入ると、

サロン風のスペース。映画に関する本が並んでいる。

今かかっている映画は、エリセの『ミツバチのささやき』と『瞳をとじて』。

 

チケットは事前予約制。電話で予約した。電話口には井上さんが出た。

 

窓口で順に購入するのだが、人数は少ないのに、これがなかなか進まない。自分の番が近づいて理由がわかった。

皆それぞれ、チケットを受け取ると同時にドリンクを注文している。ドリンクはあとから座席まで届けてくれるシステム。

受付の女性は、穏やかなおっとりした雰囲気を纏っていて、急がない。

 

スクリーンは急な階段を上った2階。

こんな雰囲気。

普通の映画館の座席を並べれば、40人程度は入るかもしれないが、あえてソファとテーブルを備え付け、ゆったりと鑑賞できるようになっているようだ。

 

2人掛けのソファに坐ったらすぐに「赤田さん!」と声をかけられる。

教科書問題に取り組んでいる厚木のYさん。

通信を送ってくださるときには、必ず一言文章を添えてくださる方。

 

さて本編。

最初の30分は作品紹介。石牟礼道子と「椿の海の記」をめぐってのお話。

そして第二部が「カリンバ弾き語りによる独演「椿の梅の記」。

 

たった1人で、カリンバと鈴を伴奏にして語る。

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90年前の水俣の世界。4歳の幼児である石牟礼道子(みっちん)の視点から語られる水俣の川向こう「とんとん村」の人々。隠亡の岩どんやハンセン病患者の徳松どん、父親の亀太郎、祖父の松太郎。楽天的な母親の春乃。

ときにどっしりした老人、ときに精神を病むおもさまと呼ばれる祖母、ゆったりした岩どんを演じながら、井上さんはみっちんになったとき、顔もカラダもかわいらしく小さくなる。

語り手は執筆当時40歳後半の石牟礼道子

目の前に水俣の海がたゆたっているような、不思議な感覚。

井上さんの全身から伝わってくるなんとも言えない温かい世界。70分を超える舞台を井上さんは滞ることなく演じ切った。大変な熱演。

これもまた貴重な民衆の生活史。

 

いい時間をすごさせてもらった。

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