5月9日(火) フィリアホールで愉音の第26回 Let’s come together!「室内楽の魅力 名手たちの饗宴」を聴く。
一週間前だが、音は鮮烈に残っている。これほどの名手たちの演奏、空席がもったいない。
前半最初の曲。梯 剛之のピアノで
梯のピアノの音色のやわらかさは何度聴いても印象的。聴覚に驚くほどの繊細さが宿っていると思う。ハーモニーが絶妙。
梯の書いた解説を読むと、この曲、シューベルトが亡くなる前年に作曲されたもの。
同じ年、最後の歌曲集『冬の旅』が作曲されている。シューベルト30歳。病に倒れ死を予感する中で作曲された1時間を優に超える大曲は、人生の絶望を深く描いていて、若さというよりは、わずかな光を求めながら得ることのできないため息のような諦観が色濃い。
この曲も、1曲目、4曲目にそうした絶望と諦観を感じるが、光が当たるような2曲目、3曲目にもどこかうつろななものを感じる。そのあわい陽炎のような雰囲気を梯の音色がよく表現していると思った。
2曲目。松本有理江のピアノと松本紘佳のヴァイオリンで
N・パガニーニ イ・パルピティ Op.13
スケールを感じさせる曲。
松本のヴァイオリンも松本有理江のピアノも、パガニーニの超絶技巧を技巧と感じさせることなく、難なく弾きこなしてしまう。この精妙なアンサンブルは瞠目すべきもの。パガニーニには単に技巧的というのでなく、艶と云うか色気のようなものを感じさせるが、二人の演奏にもそれが感じられた。
3曲目は
Z・コダーイ ヴァイオリンとチェロのためのデュオ Op.7
3人目の名手、チェロのドミトリーフェイギンと松本のデュオ。コダーイはハンガリーの作曲家。音楽教育でも知られる。若い頃バルトークとともに好んでよく聴いた時期があった。
この曲は初めて。伝統的なヨーロッパのクラシック音楽とは趣を異にしていて、次々繰り出される技に惹きつけられる。互いに会話をするようなやり取りも多く、楽しめた。2人のつくる濃密な時間、独特。
休憩をはさんで、大曲。
シューベルト22歳の時の作品。
31年の人生の中でシューベルトは、驚くほどの大量の作品をかいた。几帳面な人だったようで作品を作曲した日時を楽譜によく記したという。それを整理した人が音楽学者のドイチュというひと。そこからシューベルトの作品はドイチュ番号 D. で表される。バッハのシュミーダー番号やモーツアルトのケッフェルと同じようなもの。
この曲のドイチュ番号を見ると667、最後のドイチュ番号が960のピアノソナタ21番だから、おおざっぱにいうと、22歳のこの年まで三分の二の曲を書いたことになる。
それにしてもこの完成度の高さはすごい。若書きということばがあるが、円熟味を感じることはあっても若書きという感じはしない。若さは感じるが。
20歳のときにかいた歌曲「鱒」の変奏曲が4楽章に入っている。
さて、梯、松本、フェイギンに加えてビオラに澤和樹。東京藝大の学長を務めた人。藝大を紹介する姿と演奏する姿をとらえたテレビの番組で見たことがある。コントラバスが西沢誠治。読響で首席奏者を務めた人。名手5人が揃った。
松本は現在、イタリア、クレモナでシュタウフアー財団アカデミーコンサートマスターアーティストディプロマコースの奨学生に選ばれ、年に何度かクレモナと日本を往復する生活をしているとか。
前回のヴィヴァルディの『四季』もそうだったように、今回もしっかりとアンサンブルをリード。完成度の高い演奏になった。横浜の片隅でこれほどのレベルの演奏が聴けることがうれしい。youtubeに演奏が上がればぜひ聴いてほしい。
今回は『四季』を貼り付ける。