昨夕、ブログを書いていたら、バスの時間に間に合わなくなってしまった。いつも時間前に動く方だから、こういうことはほとんどないのだが。
Mさんにクルマで駅まで送ってもらう。今日は一人。
(ここでMさんからの異議申し立てについて書いておこう。散歩の途中で氷を割るのは氷の厚さを見ているだけで、割ることが楽しいわけではないとのこと。そうは見えないのだが)
急行に乗れば10分かからない青葉台。一番近い”都会”。歩いて1分。エレベータで20秒のフィリアホール。愉音の19回目のコンサート。
主催者の話でフィリアホールが当分休館になることを知った。
ホールとホワイエの天井の耐震工事のためらしい。
横浜市の公共施設の天井脱落対策事業。
このホール、正式名称は青葉区民文化センターフィリアホール。
開館してそろそろ30年になる。職場が近いのと引っ越して自宅も近くなったのとでなじみのホールとなっている。聴きやすくて行きやすい。ナタリーシュトットマンも新イタリア合奏団もここで聴いた。500人と収容人数こそ少ないが、天井が高くホール自体が楽器のようによく響く。NHKが録画、録音で使うこともある。
さて今日のコンサートは、ピアノの梯剛と松本紘佳のデュオ。
いつものようにプレトークは奥田佳道さんが予定されていたが、急用で急遽演者の梯が担当。演奏曲目全部について梯が話す。
梯は、最初の曲、シューベルトのピアノソナタ21番については特に思いが強いようだ。ウイーンでブレンデルやバレンボイムの演奏を聴いて「弾いてみたい」と思ったという。
梯はがんで生後1か月で失明。4歳から本格的にピアノをはじめ小学校卒業とともにウイーン国立音大準備科に入学。その年再び悪性腫瘍を患い帰国して手術。翌年には再度ウイーンで勉強を再開。21歳の時にロン・ティボー国際音楽コンクールで第2位となり、以来ピアニストとして活躍している(ネットから)。
その数年間に多くのピアニストの演奏を聴いたのだろう。目の見えない梯にとって「聴く」ことは、他の演奏者よりもはるかに多くの情報を取り入れる大事な作業なのだろう。梯はブレンデル、バレンボイムといった錚々たる演奏者たちに触れながら、自分のシューベルトを紡いできたようだ。
亡くなる2か月前の作品、シューベルトの遺作と言われるこのピアノソナタ、40分を超える大曲だ。
前年には歌曲集『冬の旅』を書いているが、『冬の旅』の劇的さはこのソナタでは影を潜めている。
1楽章の初めのメロディーこそ歌曲を思わせるが、楽章の中ではただただ複雑に転調が繰り返され、いくつかの主題が次々に現れる(というふうに聴いた)。長い一楽章は完結する一つの音楽のようにも思われた。2~4楽章について詳述する力はないが、31歳のシューベルトのたどり着いたところは、冬の旅のようなドラマティックな世界ではなく、静かで穏やかな瞑想の世界だったようだ。
休憩をはさんで、梯のショパンの小品集。
プログラムでは「子犬のワルツ」がさきに書かれていたが、演奏は「猫のワルツ」から。犬よりも先にネコが駆け出してきてしまったらしい。
3曲目が幻想即興曲。
耳慣れた曲だが、ナマで目の前で弾いてもらえるとやはり味わいが違う。
正直、あまりなじみのない曲だが、始まってみるとすぐに引き込まれた。
第一楽章は、いきなりやや陰鬱なメロディーから始まる。歌曲と伴奏風でヴァイオリンがどんどん歌っていく。最後は大音量で熱をもって劇的に終わる。2楽章は対照的。ゆったりとして優美。明るい。梯とのアンサンブルが絶妙。素人にはわからない二人の息の合い方の妙。第三楽章は快速にヴァイオリンが走る。ピアノとの掛け合いが楽しい。最後は激しく感情がぶつかり合うようにピアノとヴァイオリンがせめぎ合って終わる。
圧巻。
アンコールは、「庭園の風景」(コルンゴルド)と「タイスの瞑想曲」(マスネ)。いつもながらほっとクールダウンできるような締めだった。
2時間足らずのコンサートだったが、十分に楽しめた。
外は冷え込んでいる。行きつけのお店に向かう。
30分勝負!
”もっきり”が待っている。