映画備忘録
3月1日 シネマジャック&ベテイで。
『マヤの秘密』(2020年製作/97分/G/アメリカ/原題:The Secrets We Keep/監督:ユバル・アドラー出演:ノオミ・ラパス ジョエル・キナマン クリス・メッシーナ エイミー・サイメッツ/2022年2月18日日本公開)
1950年代、アメリカ郊外の街。ある日、街中で男の指笛を聞いたマヤ(ノオミ・ラパス)は、“ある悪夢”が蘇ってくる。ナチスの軍人だったその男から戦時中暴行を受けたマヤは、復讐心から男を誘拐し、夫・ルイス(クリス・メッシーナ)の手を借りて自宅の地下室へと監禁する。殺したい気持ちを抑えながら罪の自白を求めるマヤだが、男(ジョエル・キナマン)は人違いだと否定し続ける。果たして、彼女の悪夢は《妄想》か?《現実》か?最後まで読めない展開は、観客を釘付けにする―。
〈フィルマークス映画から〉
マヤを演じるノオミ・ラパスの存在感がすごい。スウェーデン出身で映画『ミレニアム』などにも出ている著名な俳優だそうだ。私はまったく初めて見る人。制作総指揮にも名を連ねている。
冒頭のシーン。郊外の公園のようなところで大きなシャボン玉で遊ぶ男の子を、母親(マヤ)が幸せそうにみている。
通りを歩いていく長身の男が吹く指笛の音が聴こえた時、マヤの中に10数年前の出来事がフラッシュバックする。幸せそうなシーンはここから一転、マヤの表情は劇的に変わっていく。
あらすじにあるように、マヤは妹ともに収容所から逃げる途中、ナチスの軍人であるトーマスらにつかまり、強姦される。
マヤは、ロマの出身。ナチスはユダヤ人だけでなくロマや同性愛者も収容所に送った。
しかしマヤは、つれあいのルイスには、おじいさんがロマだったと言っていて、両親ともロマだったことをかくしている。もちろん収容所にいたことも隠したままだ。
マヤは工場勤めの男トーマスを待ち伏せし、白昼クルマの故障にかこつけて金づちで殴り倒し、クルマに積んで自宅まで連れ帰る。
トーマスのガタイからすればかなり無理のある設定だが、金づちでの殴打、ロープで縛るなどの動きがノオミ・ラパスの演技だとそれもありかなという気にさせられる。
マヤは夫ルイスにトーマスを拉致したことを告げ、一緒に自白させようとする。
あまりのマヤのエキセントリックさに、映画を見ているほうはマヤの一方的な、それも病的な思い込みと思い始める。それは夫ルイスの心情と重なる。
マヤが夫である自分に対して、ロマであること、収容所にいたことなど過去をかくしていたことへの不信感もあって、ルイスはトーマスがナチスの軍人ではなかったことを示す証拠を探そうとする。
マヤは地下室に閉じ込め両手両足を縛り、さるぐつわをしたトーマスに対し、執拗に自白を迫る。
トーマスは、自分はスイス人であり、戦争にはいかなかったの一点張り。調べてもらえばわかると。
マヤの記憶は欠落部分が多く、不安と恐怖からくる神経症に見え、一方トーマスは生真面目な善人に見える。
さて映画はどこに向かう?
マヤはトーマスを拉致しておいて、トーマスの家庭にも入り込む。そうしてトーマスの秘密の証拠をつかもうとする。
トーマスの妻レイチェルは帰ってこない夫を待っているのだが、心配そうに近づくマヤに、自分がユダヤ人であること、夫が昔のことを話したがらないことなどを話す。
これ以上はネタバレにもなるから書かないが、マヤとルイスの関係、そしてトーマスとレイチェルというユダヤ人の妻の関係・・・。
『マヤの秘密』という邦題よりも『The Secrets We Keep』のほうぴったりくる。
「妄想と現実を行き来する悪夢に囚われた女性の姿を描いたサスペンス」という惹句もわからないでもないが、これは間違いなく「ナチスもの」の映画。1950年代を舞台にしたからこそリアリテイのあるドラマとして成立したように思えた。夫婦の間で守らなければならない秘密の圧倒的な重さ。
ラストシーンは、そこにつながる意外な終わり方。
マヤの表情は、ラストシーンで元の穏やかなものに戻る。皮肉なものだ。
追記
レビューの中に、2019年に宮沢りえ、堤真一、段田安則が演じたアリエル・ドーフマン原作の『死と乙女』の設定がそっくりだとの指摘があった。
原作はチリの独裁政権崩壊後の設定のようだが、この芝居はチリとは特定していないとのこと。独裁政権時代に宮沢りえ演じるポーリーナは、激しい拷問と性的暴力を受け、解放後PTSDを発症している。
ある日、クルマの故障がきっかけで夫の堤真一が連れ帰った男ロベルト。その声とにおいで主人公は自分を凌辱した男だと気づく。ポーリーナはロベルトを監禁し、白状させようとする。ジェラルドは二人の板挟みになり…。
マヤの秘密は、トーマスの口笛がきっかけだが、こう書くと設定そのものは間違いなく酷似しているが。