備忘録【薄暮シネマ】6月25日~7月8日
『バグダットスキャンダル』(2018年/106分/デンマーク・カナダ・アメリカ合作
原題:Backstabbing for Beginners/監督:ペール・フライ/出演:テオ・ジェームズ ベン・キングズレー/2018年11月日本公開)★★★☆
国連史上最大のスキャンダルといわれる汚職事件の渦中にあった元国連職員マイケル・スさんの小説が原作。巨額のマネーをめぐる虚々実々のだましあい。筋を追っていくのが難しかった。イラクへの経済制裁の影響で苦しむイラク国民を救うという名目で行われる国連の事業「石油・食糧交換プログラム」。これをめぐって各国の企業や官僚が群がる中、国連の事務次官が領導する。誰の言葉を信じるか。最後まで気が抜けなかった。
『天城越え』(1978年/90分/NHK/演出:和田勉/出演:大谷直子・宇野重吉・鶴見辰吾・玉川良一ほか)★★★
大谷直子を久しぶりに見た。水も滴るという表現が適切かどうかわからないが、蓮っ葉なのに優しげで、強気なのにどこか芯の弱いところが。和田勉の演出、林光の音楽。70年代ぽさを残した秀作。それにしてもカラオケで歌われる『天城越え』(吉岡治詞弦哲也曲)は、この松本清張のものとは別物ということがいまさらながら分かった。少年による殺人というテーマは、『影の車』『白夜行』にも共通するが、抱えて生きるしんどさはこの物語も同じ。宇野重吉の細やかな演技が冴えていた。
『コンテイジョン』(2011年/106分/アメリカ/原題:Contagion/監督スティーブン・ソダバーグ/出演:マット・デイモン他/2011年11月日本公開/Amazonプライムのレンタル119円)★★★★
『感染列島』『パーフェクトセンス』に続いて感染症の映画。映画の出来としてはこれがいちばんかな。とはいえ建てつけがいい加減な『感染列島』も、この数か月のコロナによる変化のなかでは荒唐無稽には見えなかった。『パーフェクトセンス』の五感が失われていくという症状の深化も、臭いがしないというコロナの症状をみるにつけ何ともリアルだ。
そしてこの『コンテイジョン』。感染症の広がり具合や症状、人々の恐怖や反応などかなりの部分で現実を先取りしている。驚くほどだ。
ハリウッドのコロナ対策の指揮をこの映画の監督スティーブン・ソダバーグさんがとることになったという報道が4月にあった。これだけでもこの映画の意義がわかるというものだ。
『バンドオブブラザーズ(エピソード1~10)』(2001年/アメリカ/テレビドラマ/総指揮:スティーブン・スピルバーグ トムハンクス/出演:ダミアン・ルイス ロン・リビングストン他)★★★★☆
アメリカ陸軍101空挺第506歩兵連隊第二大隊E中隊の兵士を中心に、ノルマンジー上陸作戦からドイツの降伏までを描いたアメリカのテレビドラマ。戦闘シーンのすさまじさは、兵士の心理をていねいに描いていて独特のリアリティがある。
10の物語を1日二つずつ5日間かけてみた。
一番印象に残るシーンは二つ。
ひとつは、ドイツの降伏のあとユダヤ人収容所が発見されるシーン。ドイツ国内や周辺国にいくつもの収容所があったといわれるが、国内外の情報統制によってその存在は知られていなかった。占領地区の警戒にあたっていた兵士らが発見するが、収容所のユダヤ人らの姿の再現は想像を超える。アメリ軍の兵士たちの反応を丁寧に表現することで静かにナチスの残虐さを描いている。
もうひとつは、これも最後のエピソードの一シーンだが、捕虜となったドイツ軍の上級将校が米軍将校の許しを得て自軍の兵たちに向かって演説をするシーン。製作者はここで「バンドオブブラザース」の精神、兵士同士の絆について、なんと敗軍の将に語らせるのだ。兵役や軍隊に対する独特の思想。自由や祖国の土地と人々を守るための闘い、日本では戦争一般を全否定することで平和の大切さが語られるが、ここでは平和を守るために闘う人々の絆が語られる。
それを是とするか非とするか、みる者に任されているが、闘うことの不毛さをまず思い浮かべてしまう私には驚かされるシーン。ある種のヒロイズムの伝統をもつ人々にとって、先鋭化、無人化する現代の戦争はどう映るのか。いやいや、それ以前に無差別爆撃や原爆などはどう語られるのか。退役軍人の老人たちのインタビューが各回の冒頭で挿入されるが、ともに闘ったことの重さを理解しつつも、兵士同士の「バンド」など無意味となるような現代戦をどう考えるのか、聞きたいと思った。
『ハクソーリッジ』(2016年/139分/アメリカ・オーストラリア合作/原題:Hacksaw Ridge/監督:メル・ギブソン/出演:アンドリュー・ガーフィールド他/2017年6月日本公開/)★★★☆
セブンスデー・アドベンチスト教会に属するデズモンド・T・ドスは、周囲の若者が志願して兵役に行く中、ただ一人銃はもたないと決めて陸軍歩兵に志願する。
銃を持とうとしない志願兵に対する軍での風当たりはすさまじく、数々の嫌がらせを受けた挙句、ドスは軍法会議にかけられる。有罪となり服役かと思われるところで、父親が准将へ直訴、准将の「良心的兵役拒否者の自由は憲法で守られている」という判断から無罪となり、沖縄戦へ。
4月1日の本島上陸から1か月足らずの時期、首里の司令部を死守しようとする浦添・前田高地に陣を置く日本軍の抵抗はすさまじく、米軍は何度も苦汁をなめさせられる。のこぎりで切ったような絶壁(ハクソーリッジ)の上で繰り広げられる闘い、退却を余儀なくされる米軍は、高地に負傷者をのこしたままだ。ドスは、日本軍の夜間掃討作戦の中、たった一人、夜を徹して負傷者を手当てし、高地の下まで運ぶ。その数75名。偉業である。
ドスはその後良心的兵役拒否者として初めての勲章を受ける。映画の中でドスは、「良心的兵役協力者だ」と言っている。
戦場、戦闘シーンは、やや作りすぎる感あり、特に日本兵のメイクはすさまじく、狡猾で残虐という印象。それに対し米軍は青息吐息で戦意も喪失しかけている。このあたりは「鉄の暴風」といわれた艦砲射撃のすさまじさなど、私が見聞きした沖縄戦とは少し様相が違うように感じられた。
何より住民がともに闘わざるを得なかった沖縄戦の実態が全く描かれておらず(住民は全く登場しない)、残念。超人的な活躍をするドスの伝記映画としては稀有ですばらしいものだが、ドスが実在の人物ならば、戦場にもリアリティがほしい。戦争映画としてはものたりない。
この映画ができる前から、実際に前田高地の闘いのただなかにいて、多くの住民とともにガマに隠れ、火炎放射器の攻撃を受けた人がガイドとして証言をしている。映画公開以後は、アメリカ人のガイドの方も登場し、たくさんの外国人が訪れる戦跡となっている。
『白夜行~白い闇の中を歩く』(2009年/135分/韓国/監督:パク・シヌ/原題: White Night/出演:ソン・イェジン ハン・ソッキュほか/2012年1月日本公開)★★★<
日本版『白夜行』(2011年)は、堀北真希と高良健吾が主演だが、見ていない。印象に残っているのはTBSのドラマ『白夜行』全11話、山田孝之と綾瀬はるか。当時まだ新人だった綾瀬はるかの演技と、山田孝之の暗く思いつめた青年の苦悩のようなものが新鮮に感じられたのを憶えている。韓国版の方は、ほぼ原作に忠実につくられているが、やや分かりづらい。陰惨な事件と亮司と雪穂の純粋さの対比という点ではドラマ版の方が優れているかなと思った。雪穂役のイ・ジアを演じるソン・イェジンは『私の頭の中の消しゴム』(2005年)で知られているが、現在話題となっている『愛の不時着』にも出演している。