『JR上野駅公園口』・・・ラストシーンの記述は見事と云うほかない。久しぶりに小説を読む緊張感を味わった。

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単行本も文庫本も同じ装丁のようだ


ずいぶん久しぶりに柳美里を読んだ。『JR上野駅公園口』。単行本は2014年。文庫は2017年。昨年、全米図書賞受賞ということで文庫版は32刷り。累計37万部という数字に。それほど読みやすい小説ではないし、テーマとしても重いのだが、どうしてこんなに売れるのか。

 

フルハウス』『風のシネマ』最後に読んだのは『ゴールドラッシュ』だったか。

わたしにはけっこう難解に感じられた。

3・11のあと南相馬に移住、日々の生活の記録のブログは時々読んでいた。本屋も始めたりして、生活に余裕がなさそうにも見えたし、お金のために身を持ち崩す人ではなさそうなので、これでそこそこお金が入ってよかったなあと思った。

 

2014年に発表されているが、骨太の深みのあるいい小説だと思った。媚びないというか、最後までぶれずに書ききっていて、やっぱり唸ってしまった。

 

文庫の帯の『全世界が感動した、「一人の男」の物語』というのは違うなと思った。

テーマは天皇制だ。よくぞここまでいうくらい福島の方言がしっかり再現されている。

だからこそ、東北の農民、出稼ぎ者から見る天皇、あるいは天皇制の擬制がよく見える。

解説の原武史

「・・しかも昭和天皇とは異なり、被災地などでは必ずと言ってよいほど集まった「一人一人」に向かって言葉をかけている。/それは確かに、天皇が「一人一人」と同じ目の高さにまで下りてきて、「違う顔」を認識していることを示している。けれども、天皇と国民が直接相対する関係そのものは全く変わっていない。いや、天皇と「一人一人」が直接つながることで、「一人一人」の記憶は本書の主人公と比べてもはるかに強く残り、天皇の意向は輝きを増すようになったのだ。天皇の〈磁力)はますます強まっているのである。」

 

どこまで行っても逃れようのない天皇制の磁力から逃れるすべは、小説のラストが示しているように悲劇的である。

被災者に寄り添うように話を聞く天皇皇后に対して、涙を流してうち震える民衆の姿を拒否する行為だ。

 

魅力的な表現が多いのだが、次のような一節もいい。

 

「雨の匂いがする。雨は降っている最中より、上がった直後のほうがよく匂う。東京はどこもかしこもアスファルトで覆われているけれど、公園の中には木と土と草と落ち葉があって、雨がそれらの匂いを引き出しているのだろう。」

「空を見上げ、雨の匂いを嗅ぎ、水音を聞いているうちに、いまこれから自分がしようとしていることをはっきりと悟った。悟る、という言葉を思いつくのは、生まれて初めてだった。何かにとらわれてそうしようというのではなく、何かから逃れてそうしようというのではなく、自分自身が帆となって風が赴くままに進んでいくような―、佐草や頭痛はもう気にならなかった。」

「目の前には一つの道しか残されていない。それが帰り道かどうかは、行ってみないとわからない。」

 

これに続くラストシーンの記述は見事と云うほかない。久しぶりに小説を読む緊張感を味わった。