教員の勤務の変形労働時間制を導入することが可能となる給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)改正案が、国会に提出されている。
変形労働時間制については、昨年の今頃、中教審働き方部会で小川正人部会長の強引な「不規則発言」によって事実上「中教審答申」に盛り込まれることが決定、2019年1月の答申を経て、今国会への改正案の提出となった。
今までこのブログでも何度か触れてきたが、この「改正」案、ろくでもない代物である。
まず「変形労働時間制」というものの基本的考え方だが、分かりやすく云えば「残業代を払わないですむシステム」のことである。
仕事の種類によっては年間を通して、業務量が一定でない職業がある。分かりやすいのは観光や旅館業などであるが、閑散期の勤務時間を減らす一方、繁忙期の勤務時間を長くすることで、総労働時間を平均的にならして、繁忙期の残業を勤務時間の中に吸収する。
つまり、時季によって勤務時間に凸凹をつけることで、残業代の支払いを抑制できるシステムなのである。
労働基準法は、基本的にこのような「寝だめ食いだめ」方式=ワークライフバランスを毀損する形を認めていないがために、週の労働時間規制をしている。今日は12時間だけどあしたは4時間でいいよ、というかたちでは、労働者の健康的な生活は維持できないという思想が法の底流に流れているからである。
しかし、その労基法も80年代から少しずつ歪みを見せ始め、その一つとして様々な形の変形労働時間制が認められてきた。
時々の政権と資本の都合によって労働者の「健康的な生活」は侵害されてきたと云っていい。
で、今回の給特法改正案なのだが、年間を単位とする変形労働時間制導入にためには、民間であれば、職場の使用者とその職場の労働者の代表(労組の代表、その組合が過半数を組織していない場合は、民主的な手続きで選ばれた職場の代表)との間で労使協定を結ぶ必要がある。いくらなんでも、経営や資本のやりたいようにはできない、労働者組織との協定抜きには変形制は導入できないという縛りがあるのだ。
しかし、地方公務員(公立学校教員)は、労使協定を締結できず、条例制定主義によって勤務条件が定められてしまうことから、労働者の健康を著しく損なう可能性のある年間を単位とする変形労働時間制の導入は、基本的に地方公務員には認められてこなかった。
ところが、現在の文科省及び政権は、今回、そのための労基法改正案を提起せずに、給特法の改正というかたちで強引に変形労働時間制を導入しようとしている。
まずこれが第一の問題。
次に、変形制を導入する場合、法的には①対象労働者の範囲 ②対象期間の特定 ③特定期間 等々を定めなければならないが、繁忙期間を特定期間とした際に「対象期間の相当部分を特定期間とすること」は法の趣旨に反するとされる。これもしばりのひとつ。
学校の場合、実際に勤務してみると、ほとんどが「繁忙期間」となる。繁閑の差など自棄的にほとんどないのが実態である。にもかかわらず今回の案は、特定期間(繁忙月)を4・6・10・11月とした。
これはどのような根拠によるものだろうか。
官僚の机上の思いつきだろう。
想像するに7・8・12・1・3月(年度で並べると)の5か月は、おおむねいずれも春・夏・冬の学校の休業月にかかっている。授業日数が少ないと考えたのか。2月は日数が少ない。5月はゴールデンウイーク?で授業日数が少ない。9月は・・よくわからない。
法律上特定期間を設定しなければならないことから、8か月を除外したのだろうが、現場の勤務実態調査を精査して見れば、4・6・10・11月が繁忙期で、それに比べて5・7・8・9・12・1・2・3月の8か月が「閑散期」であるなどと誰に訊いても首肯しないだろう。文科省にもし根拠があるのなら示して見ろ、ということになるだろう。
今回の案は、この閑散期に週の勤務時間を3時間増やし、その分をまとめて8月に5日程度の休みとするというのである。
当初、文科省が示した案では、月によって8時間の勤務時間を10時間に割り振って、という大胆なものだったが、実際には週に3時間だけ増やして48時間程度を浮かす、にとどまったようだ。
週に3時間というのは、週5日間のうち3日間は勤務時間を1時間だけ延ばす、ということ。
何とちまちまとした改正案・・・と考えるのは間違いだろう。
協定もなく、勤務時間を増やすことができること、これがこの改正案の要諦なのではないか。とにかくわずかでも水門を開けてしまえば・・・である。
いずれは、10時間の割り振りなどが実施されるようになれば、日常的に勤務時間は現在の残業時間の一部を含み込んだものとなっていくだろう。
夏休みにまとめて取っていた年休(教員の年休消化率は総じてかなり低い)も、代わりに5日間の変形制による休暇を先に取ることになれば、年休の消化率はまた下がるだろう。
夏季休暇すら「満額」取っていない教員が少なくない。そういう教員は、年休はほとんど使っていない。変形制にによる休暇が入ってきても、使わずに終わってしまうだろう。
となると、月80時間を超える6割の教員の残業はどこで解消されるというのだろうか。
変形制の導入は、教員の勤務時間管理をさらにルーズにするだけでなく、日常の勤務時間の延長を慢性化させ、ひいては過労死レベルの「残業時間」の隠蔽につながっていくのではないか。
今回の改正案には、文科省が今年1月に初等中等教育局長名で通知したガイドライン、月45時間年360時間をもとに(たぶん)、大臣が業務量の管理の「指針」を定めるのだという。教員の勤務は、自発的なものとして、結果的に軽視されてきた。給特法が48年も「特別措置法」であるにもかかわらず放置されてきたことがいちばんの問題。特別措置法というのは、緊急事態に対して特別に策定される法律のこと。
おりしも、全国各地で教員不足が取りざたされている。
日常の産休、育休取得者、病気休職者の補填ができず、欠員状態が広がっている。「休むなら自分で代わりを連れてこい」などという声まで聞こえる。
そのうえ、教員採用試験の競争率は毎年下がり続けている。
横浜市の本年度の選考試験最終結果は、小学校1.9倍、中学校4.7倍という。
そんなに低くなったのかと思うが、よくよく考えてみればこれは選考試験の最終結果。4月時点での採用結果の数字ではない。
試験に通っても合格者全員が採用の決まる3月まで待っているわけではない。売り手市場の今日、昨今のいじめをはじめとする不祥事に屋を重ねるように出されてきた、教員を大事にしない変形労働時間制の報道など見れば、腰が引けてしまう合格者がいてもおかしくはない。