『1987 ある闘いの真実』(2017年・韓国・129分・原題:1987: When the Day Comes・監督チャン・ジュナン・出演キム・ユンソク・ハ・ジョンウ)★★★★★
昨年公開された『タクシードライバー 約束は海を越えて』は光州事件を扱ったものだが、本作は全斗煥政権下での民主化闘争を題材としたもの。どちらも自国の暗黒の歴史をきちんと残そうとした映画。かといって骨がらみにならず、キャストの素晴らしさも相まってすごい映画になった。
私は1988年春に初めて韓国を訪れた。ソウルオリンピックの半年前だ。ソウルの街は発展途上のエネルギーを感じさせたが、ソウルまで釜山から北上していったのだが、そこでみた地方は、日本の1960年代前半のような雰囲気が残っていた。日本からは妓生目当ての買春ツアーが盛んな時期だった。
日本人旅行者に対する韓国の人々の目は厳しいものがあったが、夫婦もので旅行する私たちに対してはとっても親切だったことをよく覚えている。韓国好きにとどまらず、いまでも韓国語好き(話せも書けもしないくせに、耳に入ってくる韓国語が大好きだ。意味が分からなくても心地よいのだ)になったのはこの旅行に端を発している。
一年前、この路上で激しい闘いがあったことなど想像もできなかった。無関心と想像力のなさゆえのことだ。韓国の政治状況など関心の外だった。何も知らずに物見遊山で出かけた旅行だったことを恥じている。
朴正煕が暗殺された後、全斗煥軍事政権は日本を手本として急激な経済成長を目指すが、同時に北朝鮮を仮想敵とする強引な政権運営で、金大中はじめとする民主化運動の活動家を徹底して弾圧した。
この映画はその末期、学生の拷問死をめぐって、それを隠蔽しようとする捜査当局とそれに対抗して真実を暴こうとする人々の闘いだ。
映画全編を流れる緊張感と焦燥感は、チャン・ジュナン監督の力量の高さをうかがわせる。挿入される当時のフィルムも迫力がある。
この映画、朴槿恵政権下では制作がかなり厳しかっただろうと言われているが、監督は朴槿恵在任時から極秘裏に制作の準備を始めていたという。それに応えて参加した豪華俳優陣も頼もしい。
中でも、脱北者でありながら、弾圧の先兵の役目を果たすパク所長役のキム・ユンスクの存在感のある演技は印象が強い。それと大好きな俳優ユ・ヘジン、この人が出てくるだけでうれしくなる。今回は民主化闘争を陰で支える看守役。いい味を出している。
北との関係や民主化運動、はたまた労働運動も含めて韓国ではちゃんと!映画になる。日本とは民衆の心性が違うと思う。
日本では、天皇であれ、政治家であれ、軍人であれ、その歴史をきちんと残そうとする前に、彼らだっていろいろ事情や思いがあったのではないか、といったよけいな忖度が幅を利かせてしまい、その結果、大きな歴史を正確に描くよりも、どこか偏波な個人の「物語」が出来上がってしまう。
『タクシードライバー』もこの映画も、なにより民衆蜂起のシーンをきちんととらえているし、軍隊や警察の権力者性を忖度せずにありのまま描こうとしている。銃を構えた軍隊がどれほど恐ろしいものか、催涙ガスだけでなく実弾さえ飛び交う路上の『戦場』を余すところなく描いている。
幕末ですらいまだにその歴史を客観的に捉えた映画は日本にはない。
戦争や公害、学生運動、労働運動、原発問題など、政治的なところにはなるべく踏み込まないのがこの国の暗黙の了解事項なのだろう。
日本では自主プロダクションが細々と歴史の真実を残そうと映画づくりを続けている。変わるべきは政権なのかそれとも民衆なのか。ともに令和、令和と浮かれているこの国に展望はあるのだろうか(TSUTAYA)。
『散り椿』(日本・2018年・112分・監督木村大作・主演岡田准一)★★★
先年亡くなった作家葉室麟の原作。小説の良さが生きているようには思えなかった。とにかく事情が分かりにくい。
いったん脱藩した新兵衛(岡田准一)がどうして再び藩に戻って自由な動きができるのか。榊原采女(西島秀俊)とのいきさつも分かりにくい。この二人が切り合うのも私にはよくわからなかった。
男女の微妙な思いのすれ違いはわかるし、それを散り椿に込めているのもわかるが、とにかく今一つすっきりしない。良いと思ったのは、切り合いのシーン。迫力があった。全体に「長いな」と感じる映画だった。(TSUTAYA)
『食べる女』(日本・2018年・111分・監督生野慈朗・出演小泉今日子・鈴木京香・沢尻エリカ・前田敦子・広瀬アリス他)★★★
豪華女優陣の競演というのが謳い文句。しかし演技として面白いのは、小泉・鈴木・前田まで。沢尻・広瀬は美形だがつまらない。それにしても、話を広げすぎ。「食べる」への焦点がそれでボケてしまった。面白くなりそうなのに、途中で牌を崩してしまうような。小泉今日子と鈴木京香だけのエピソードでよかったのにと思う。この二人を掘り下げたら、もっと面白くなるような気がした。(TSUTAYA)