映画備忘録。映画館で見た2021年上半期最後の映画、
『王の願い ハングルの始まり』(2019年製作/110分/韓国/原題:The King's Letters/脚本・監督:チョ・チョルヒン/出演:ソン・ガンホ パク・ヘイル チョン・ミソン・2021年6月日本公開)
封切りの数日後だったが、客の入りは少なかった。今を時めくソン・ガンホと名優パク・ヘイルの演技は火花が散るようで素晴らしいものだった。朝鮮時代劇としても重厚で壮大、けっして見て損しない佳作。
「パラサイト 半地下の家族」のソン・ガンホが、独自の文字創生のため命を懸けた世宗大王を演じる歴史劇。「殺人の追憶」でソン・ガンホと共演したパク・ヘイルが何カ国もの言語に精通する和尚シンミ役を演じる。朝鮮第4代国王・世宗の時代。朝鮮には自国語を書き表す文字が存在せず、特権として上流階級層だけが中国の漢字を学び使用していた。この状況をもどかしく思っていた世宗は、誰でも容易に学べ、書くことができる朝鮮独自の文字を作ることを決意する。世宗は低い身分ながら何カ国もの言語に詳しい和尚シンミとその弟子たちを呼び寄せ、文字作りへの協力を仰いだ。最下層の僧侶と手を取り合い、庶民に文字を与えようとしている王の行動に臣下たちが激しく反発する中、世宗大王とシンミは新たな文字作りに突き進んでいく。監督は「王の運命 歴史を変えた八日間」の脚本を手がけ、本作が監督デビュー作となるチョ・チョルヒョン。
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韓国を旅行すると、ガイドの口から何度となく「世宗大王」=セジョン大王という名前を聞く( 韓国ではテワンセジョンというようだ)。世宗は15世紀から16世紀にかけての名君の誉れ高い王様。
外交、とりわけ日本との修好関係や身分制度の緩和、この映画のテーマのハングル文字の創生などの功績で知られている。
中国の影響を受けて儒教を国教とする李氏朝鮮王国は、上流階級が漢字を使用する。世宗は漢字は朝鮮語を正確に表記できないとして、民衆が簡便に使用できる文字づくりをめざし、仏教徒であるシンミを呼び寄せ、数年をかけてハングルをつくりだす。
臣下らは、ハングルづくりと仏教への傾倒は中国への忠誠が疑われることになり、国の存亡にかかわる一大事として一貫して反対する。
映画は、こうした臣下との軋轢、シンミとの信頼関係の切り結び、そしてチョン・ミソン演じる皇后の支えをじっくりと描いている。
チョン・ミソンはこの映画の撮影後に自殺しているが、品格のある愛情深い皇后を
好演している。
朝鮮では、漢字とハングルの使用が時代によって変遷する。私が初めて韓国を訪れたころ、1988年には街中の看板は漢字が主だったが、その後行くたびに漢字は消え、ハングル文字が主流になっていく。
いつの時代も、民族の独自性と文字は強く結びついていて、日本の占領下で朝鮮独自の辞書をつくるために奔走した人々を描いた『マルモイ 言葉集め』(2020)も、やはり民族の独自性を守らんがための生死をかけた戦いを描いていた。
それにしても、発音の変化や区別から系統だった文字をつくるという試み、気が遠くなるような作業だ。日本では、漢字を受け入れながら、そこからカタカナをつくり、そしてひらがなをつくりだした。独自の文字ではない。漢字がもとになっている。
漢字の中国語の読みを音読みとして定着させられたのは日本語が中国語より音数が少ないという特性もあろうが、これ一つとっても日本語の容量の大きさは想像以上のものがある。さらに音読みにとどまらず、漢語の意味と和語の発音を一定程度くみあわせて、漢字を和語で読んでしまう訓読みという発想は、長い時間がかかってつくられたものだが、他言語をつかって自言語を読んでしまうというまさに奇跡的な営為。漢文の書き下し分などから始まったのだろうこれら音訓読みは、今現在も私たちの言葉を支えている。そう、まさに私たちは「言葉」という和語を「言葉」という感じを用いて表すことに何の違和感もない。
中国を発祥としながら全く違った歴史を歩んだ日朝の言語に係る歴史を考え直す意味でもこういう映画は貴重。全体に色調が暗いのが気にかかる。
韓国ではセジョン大王をテーマにしたテレビドラマなどもたくさん作られているようだ。いわゆる韓流ドラマだが、その中でこの映画、どんなふうに受け入れられたのだろうか。