検察側の罪人、重々しいばかりで、???がひっきりなしに浮かんでくる集中できない映画だった。


 ららぽーと横浜TOHOシネマズで『サニー』と『寝ても覚めても』が間1時間ほど置いて二本続けてみられる。『サニー』はともかく『寝ても覚めても』はそれほど集客力があるとは思えない映画だけに、ラッキー。そのあと長津田の行きつけの居酒屋が新規出店したお店へ行けるなと考えていた金曜日。

 券売機の前で上映時間が変わっているのに気がついた。そういえば前にも同じことがあったような記憶が。土曜日ならわかるのだが、金曜日に編成が変わってしまうとは。
 

 つれあいの冷たい視線を避けながら、薄暗いチケット売り場で、代わりに何をみようかとそれぞれ電光掲示板(古いか)を見ながら思案。

 『検察側の罪人』が上映開始時間が過ぎているが、まだ予告編の時間。原作は雫井脩介、どうしても、ではなく機会があれば見てもいいかなと思っていた。おお、なんと続けて『愛しのアイリーン』がみられる。間が詰まっている分、居酒屋へ行く時間が1時間ほど早くなる。ちょっとうれしい。


 検察側の罪人』(日本・2018年・123分・原作雫井脩介・監督・脚本原田眞人・出演木村拓哉二宮和也)。

 原作が雫井脩介、監督が原田眞人だけど、どうだろう、また期待が裏切られるのかなという不安?。原作は読んでいないけれど、今まで読んだ雫井脩介の作品の延長上なら小説はそこそこ楽しめるものになっているのではないか。となると、問題は原田の脚本とキャストだ。


 原田の傑作わが母の記』(2012年)井上靖の原作、原田が脚本を担当。今回と同じパターン。監督が自身で脚本を書くというのはいい。オリジナルならさらに良いが。

 レンタルDVDでみたのだが、役所広司樹木希林の演技はもちろんのこと、全編最初から最後まで緊張感が途切れず、骨太なうえに情感あふれるつくりに唸ってしまったものだ。それまでもぱらぱらとはみてきたが、『わが母の記』以降は、原田の作品というと気になって、映画館に足を向けてきた。
 

 『駆け込み女と尻出し男』(2015年)『日本の一番長い日』(2015年)『SCOOP』(2016年)『関ケ原』(2017年)。残念だが面白かったのは『SCOOP』ぐらいだろうか。世評は別として、あとは私にはどれもそこそこの映画にしか見えなかった。

 『SCOOP』以外は、みないわゆる超大作。予算もかなりかかっている。それなのになぜかいつも「そこそこ」。キャストを中心にいつも話題性だけは十分なのだが。

 そのキャスト、これらの作品には当代人気の俳優が名を連ねている。大泉洋役所広司福山雅治岡田准一、そして今度はキムタクに二宮和也。みな好演していると思う。なのに映画の仕上がりは「そこそこ」。今回はそのキャスティングもミスだと思う。
 

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(略)ある殺人事件を巡る2人の検事の対立を描く。都内で発生した犯人不明の殺人事件を担当することになった、東京地検刑事部のエリート検事・最上と、駆け出しの検事・沖野。やがて、過去に時効を迎えてしまった未解決殺人事件の容疑者だった松倉という男の存在が浮上し、最上は松倉を執拗に追い詰めていく。最上を師と仰ぐ沖野も取り調べに力を入れるが、松倉は否認を続け、手ごたえがない。沖野は次第に、最上が松倉を犯人に仕立て上げようとしているのではないかと、最上の方針に疑問を抱き始める。木村がエリート検事の最上、二宮が若手検事の沖野に扮する。
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 キムタクの演技は、暗いだけで正直いいのか悪いのかよくわからないのだが、キムタクはキムタクにしか見えない。二宮和也も同じか。片や“冷”で片や“熱”という具合で二宮など熱演なのに面白くない(予告編で見た松倉を取り調べるときの早口でまくし立てるシーンはそれだけだと迫力があるが、映画の流れの中では?という感じ)。このふたりが邪魔して物語の中になかなか入っていけない(是枝裕和監督『三度目の殺人』の福山雅治もそんなふうに感じたが)。
 検察の建物の内部や犯行現場、クラブ、などまさかこんなじゃないだろうというのも含めていろいろなシーンがよくつくられている。ずいぶんおかしなものもあるが、さすがに原田のリアリティ、独創性だなとも思うのだが、ふたりが動き出すとどういうわけかそこから浮き上がってしまうように感じられる。吉高由里子も同様。かわいすぎる。よくない。かなりえげつないことをやっているのだが、えげつなさの深みが感じられない。


 原田の魅力的な演出力によって松重豊、酒向芳、弓岡嗣郎の3人が迫力のあるいい演技をしているのだから、遠藤憲一光石研、田口トモロウなどを配してみたら、リアリティが出て話に入っていきやすい。人気俳優を起用するなら脇役の方がいい。ファンからすれば“何をいってんだか”というところなのだろうが。

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 で脚本だが、つくりが複雑で整理されておらず分かりにくい。中心に、ある工場の経営者夫婦殺人事件を中心において、最上がかつて住んでいた学生寮の娘の殺人事件、平岳大が扮する弁護士が告発した政治的なスキャンダル、日本会議アパホテル?さらに最上と松重演じる諏訪部の親の世代のインパール作戦が絡む。最上の家庭の問題もあって・・・。
 小説ならそれぞれの要因がうまく配されて重厚かつ重層的な物語になっているのだろうが(小説は読んでみたいと思った)、映画の方はどれも中途半端。何でもかんでもとりあえずぶち込んだという感じ。

 最上は、かつてなついていた学生寮の娘が殺された時効事件の容疑者だった松倉(酒向芳)が、夫婦殺人事件の容疑者であることから決め打ちで執拗に追い詰め、がさ入れの時に歯ブラシと競馬新聞を盗み、それにDNAを付着させた凶器を包んで発見させるというトンデモ検察ぶり。さらには釈放される松倉を諏訪部と組んで認知症の老人に交通事故に見せかけて殺してしまうのもなんだか。

 一方で真犯人と思われる弓岡演じる大倉を拉致して、自分の別荘の敷地で殺し埋めてしまうというのもすとんと落ちてこない。何をどんだけはっちゃけさせても、そこに至る経路がしっかりわかればトンデモぶりなどいくらでも減衰させることができると思うのだが。

 一般的な筋道としては、最上にあこがれて検事となった沖野(二宮)が、最上のやり方に疑いをもち始め、そして決裂、最終局面で対決するまでの二人の心理的な葛藤描くのではないか。その心理的な葛藤が全くといっていいほど描かれない。最後のシーンも自殺した弁護士が保持していたスキャンダル文書を最上が沖野にていじするのだが、これもよくわからない。

 繰り返すが、小説ならばじっくりといくつもの背景をかみ合わせて物語が構築されていくのに、この映画は材料を並べただけでそれが相互にどう関連付けられるのかが不十分すぎる。脚本が雑だったのか、編集の時に多くのシーンをカットしてしまったのか、いずれにしても,重々しいばかりで、???がひっきりなしに浮かんでくる集中力に欠ける映画だった。