いい呑み会は酒が次の日まで残らなくていい。心地よく酔ったあとに酒もいっしょに発散してしまうから。

 去年の暮れに、辻原登の『鸚鵡の籠』を読んだ。ちょっと気にかかっていたので2013年の『冬の旅』を図書館から借りて読んだ。『冬の旅』というと、立原正秋の同じタイトルの小説を思い浮かべるが、あれは1973年。いい小説だったという記憶がある。40年の懸隔。森進一の『冬の旅』も1973年だそうだ。こちらは阿久悠


 辻原登の『冬の旅』。阪神大震災をはさんで一人の男の生々流転が描かれる。転落の人生。さまざまに絡み合うそれぞれの人生。登場人物にしっかり凹凸が見えて惹きこまれた。

 

ついでに借りた松尾スズキの『東京夫婦』、「GINZA」(マガジンハウス)という雑誌に連載したエッセイをまとめたもの。へそのごままでエッセイの材料にしてしまう(比喩です)下品さと率直さ。かなり面白い。ほとんど毎回、最後がうまく落ちていないところがいい。

 

 先週、旧知の先輩とその知り合いの女性と酒席をともにした。話の中で、その女性が熊本市議会の緒方ゆうかさんと知り合いであることがわかった。国連で働いていた緒方さんとイエメンで一緒になり、それ以来親交を続けているとのことだった。

 

 緒方さんと言えば、昨年秋、熊本市議会に赤ちゃんを連れて出席、大きな話題になった方。「子育て中の女性でも議会で活躍できる市議会であってほしい」という思いから、議会事務局と交渉を続けてきた結果の実力行使。

 授業でこのこと扱ったんですよ、と私。ええ?じゃあ資料送ってください、緒方さんにも送りますから、ということに。

 

 緒方さんの赤ちゃんを連れての議会入場が11月22日。授業がすぐの28日だったので、新聞記事を読んで感想を学生に書いてもらった。

 ここで授業というのは某大学の文理学部(と書けば、今、話題の大学ということがわかるが)の授業。教職実践演習といって、教員免許を取得する学生の4年次の必修科目。設定されて10年にもならないかなり新しい科目。半期の単位認定なので、9月から1月まで15回の授業を受け持っている。20名ほど。今年で3年目になる。
 

 その時々の旬な話題を選んで感想を書いてもらうのだが、いつもは男女の違いはさほどでもないのだが、この時はかなりはっきりとした違いが出た。今時の学生がこういう問題にどんなふうに反応するか、記録があるので、お時間のある方は目を通してみてほしい。

         

        「議場に赤ちゃん」を読んで考えたこと
                    

                (教職実践演習第10講) 2017/11/28記入

 

太字が学生の意見。その下のコメントは私。


女性が議場に子どもを連れていくのには賛成だが、事前に通告もなく強行するのは問  題である。子どもを理由にするのではなく、最大限他の議員に配慮すべきだと思った。 

 なぜ彼女は強行したのだろうか、とは考えませんか?「他の議員への配慮」と言いますが、他の議員は彼女に何か配慮してくれたのでしょうか。いちばんの問題は「強行したこと」なのでしょうか。


確かに静粛な審議の場に乳児を連れて入ることは適切ではないと思う。だが現在で は、専業主婦の割合が低下していて共働きしている家庭が大半。時代に合わせて見つめなおすべきだと考えた。T君の意見を聞いて、職業を変えてみて考えてみたらさすがに無しだなと思った。

 議会というものを無前提に「静粛な審議の場」としていますが、あなたは議会というものを実際に見 たことがありますか?居眠りしている人、スマホをいじっている人、ヤジに熱心な人・・・。もちろんまじめに議論しようとしている人もいますが、その中で緒方議員は不真面目な人でしょうか。自分の中の「常識」となっていることを疑ってみることも大事です。


緒方さんの主張は理解できるが、急にやることではないと思う。たしかに、今までと同じやり方では議論が進まないのも十分に理解できるところだが・・・。いちばんの問題はその市議会の在り方になるのではないか。男女平等のきっかけの一つとなるか、それでも厳正な市議会として名を通すか。今後の動向が気になるところである。

 どうもあまりに他人事で評論家的な論評ではないでしょうか。子どもの問題は女性だけの問題ではありません。これからのあなたの問題でもあるのでは。「・・・理解できるが、不適切」という意見には、自分の立場を忘れている鈍感さを感じますが、どうでしょうか。いちばんの問題は「市議会の在り方」ではなく、私やあなたを含めた「男の在り方」ではないですか?


たしかに職場で子どもの、面倒を見ることも許される社会をめざしていくべきだと思うが、議会という厳粛な場の規則はしっかり守っていかねばならない。こういうことを二度三度繰り返されるようならば、端から規則なんていらなかったことになると思われる。なので、こういった育児をしている議員に最低限の配慮ができるように働きかけないといけない。

 「職場で子どもの面倒見ることが許される社会」とありますが、それは「許される、許されない」という問題なのですか?誰が許しを請い、だれが許すのですか。そのどこに男としてのあなたはいるのですか?「許す許される」社会と「厳粛な議会」を比べて、あなたは厳粛な場=議会を優先させていますね。実際に厳粛な議会を見たことがあるのですか?議会は厳粛であることより市民の思いが伝わる場でなければならないのではないですか。あなたに思い込みはありませんか?「女性議員が子どもを産む」ということが今までの日本では想定されていなかったから、子どもは「厳粛さを侵す」ということになってしまうのでしょう?「最低限の配慮」とありますが、「配慮」ですか。誰が誰に配慮するのですか。厳しいようですが、男社会を前提とした「上から目線」ではありませんか?


女性の仕事と育児の両立がなされる環境の整備が遅れていることが、ひとりの勇気ある議員によって明るみに出た結果であると思う。この問題の是非をすぐに判断することは難しいが、今後さらに活発な議論が展開されることを期待したい。私たちも教育に従事していく者の立場として考えなければならないと思う。

 「是非の判断」なんかより、あなたは彼女に共感しているのですか?それとも批判的なのですか?「活発な議論を期待したい」なんて、自分を蚊帳の外に置くあまりに他人事な姿勢です。子どもの問題は女性だけの問題ではありません。半分は男の問題。なのに男はいつもどこか大所高所から常識を振りかざし、逃げている。私にもそういうところ、あります。そういうところをしっかり見つめなおさないと、こういう問題の本質は見えてこないと思います。


一般企業の会議の場や、中高や大学の教員が授業に自分の子どもを連れていくのは是か非かという問題に置き換えれば、話は明確になるのかと思います。職場に託児所(またはそれに代わる場所)を設置するように動くべきでは。

 授乳を別にすれば、男が職場に赤ちゃんを連れていくことも想定されます。日本ではまだ認可されていませんが、乳児用液体ミルクが日本で普及すれば、なおさらです。この問題は働きながら子育てができるように保育園をきちんとつくってください、という問題とつながっています。一億総活躍とか女性が輝けるとか、そういうキャッチフレーズなどより、安心して子どもをあずけられる保育園をどう保障するか、保育士の給料の安さ、労働環境の悪さ、保育園を近隣につくるというと反対する地域、それらを克服していくのが政治本来の仕事。でも動きが鈍いのは見ての通り。そんな時に「日本、死ね」という発言や今度の緒方さんの行動がどんな意味をもつのか、産まない性としての男が自分の問題として考えることが必要なのでは。


他の国と比べることが良いことだとは思わないが、子育てであったり学校に対する理解が日本はあまりないように思える。学校の騒音、公共の場での赤ちゃんの泣き声など解決策がないからそうなっているのだ。むしろ自然に育てるべきだし、シニア世代の良く云う日本人の我慢することの美学をなぜこの場合にはできないのか、疑問である。

 やっぱり評論家的。あなたが好きになった女性とともに子どもを授かったとしたら、その時に預ける場所もなく二人で途方に暮れることがあったとしたら・・・。そこから考えないと、いいと年したおっさんたちの飲み屋談議レベルになってしまいます。あなたに付き合っている人がいるならば意見を聞いてみるといいと思います。


以前友人と話したことがあったけど、今の日本の社会だと子どもを産むタイミングがない、という話になった。大学出て、就職して慣れるまで3年ほど、そのあとは自分のやりたいこと、仕事の楽しさが分かり、同期との争いを含め、子どもを産むタイミングがない。産んでも育児のせいにするなとか周りの仕事を取られて、居場所がない。なんて多くあり、産めないのに少子化やらなんやらで対策しようとする政府。まずは、職場の環境から変えるべきだと考える。

 私の若い友人の男性の中には、育休を取り、それが終わると育児短時間勤務を取って子育てをしている人が二人います。二人とも子どもが多いので、妻と交代でそういうシステムを使っています。すると、男でも「こういう働き方もいいかな」と考えるそうです。つまり、会社や学校の競争社会、男社会の中で家庭を顧みずに生きていくという生活より、仕事もそこそこにやり、子育てもそれなりにやる、その充実感っていいものだ、戻りたくないな、と考えるとのこと。システムが人の思考も変えることがあります。私にとっては男女混合名簿がそうでした。混合にしてから期末テストなどで、それまで当たり前だった男女別の平均点などがどれだけばかばかしいものかと考えるようになりました。分けているとその違いの方が先に立ってしまい、発想もそれをもとにしてしまいがちです。これに似たことは随所にありますよね。


確か22日の議会の際、別の女性市議が暴言・パワハラ問題で世間を騒がせている真っただ中で姿を現したため、マスコミが詰めかけていたと思う。その一件をマスコミを利用してあえて緒方市議が赤ちゃんを連れて入るパフォーマンスをしたのだと思う。とても勇気のある、そしてチャンスを逃さない、政治力のある有能な市議だと私は彼女を評価したい。

「政治力のある有能な市議」ととらえる視点は新鮮です。同時にそれが計算された「戦術」のように見えながら、実はもっとエモーショナルな彼女の子どもへの思いから始まっていることも事実ではないでしょうか。またそれがなければ、戦術至上主義に陥ってしまい、子どもは置き去りにされてしまいます。それでは元も子もありません。ところで「暴言パワハラ市議」はどうなったんでしょうね。3回も議員辞職勧告決議がでているのに「これから小さい声で話します」とコメントしていました。もちろんそういう問題ではないのに。


議会事務に訴えてきながらも前向きな回答が得られなかったという状況があるので、処罰を受けても仕方がないのではないかと正直思うが、どうしてこのくらいのことが融通がきかないのだろうかと思ってしまう。小さな子供をもつ親がこんな肩身の狭い思いをしなければならない状況が政治の場ですらも起こっているのだから、そろそろ世の中も保育事業の充実や職場環境の改善に努めなければならないのだろう。

 緒方議員に対して熊本市議会は「厳重注意」を決めたそうです。マスコミの報道が効いたと思います。赤ちゃんは電車の中でも泣きます。時と場合など考えてくれないのが赤ん坊です。泣くのが仕事、なんですね。議員も仕事、同じように仕事をやっている者同士、うまく折り合いをつけていくのが柔軟な社会だと思います。政治家はある意味、自分をさらけ出して人々のために働くわけですから、なおさらそうした柔軟さ、斬新さを求めてほしいなと思います。


以前から乳児を連れての本会議出席を求めたにもかかわらず、前向きな回答が得られなかった。それを受け、周りからの批判も承知のもとでマスコミに取り上げてもらうための行動のように思えた。ルールは守らなければならないが、そもそも女性が働きにくい環境に問題がある。

 どうして男子学生と女子学生でこれほどこの出来事を捉える視点が違うのでしょうか。男子諸君、怒らないで読んでね。傾向として男子は他人事、バランス感覚で受け止め、女子の方は緒方議員の心情に寄り添っているように感じられます。


「働きたくても子どもがいるから働けない」という点から言えば、緒方市議の行動は問題解決の一歩となったのではないかと思う。家庭と仕事をはっきりと区切り、分けて考えることはできないように感じる。一人の人間として、その生活の中に家庭と仕事があるのだから、両方が共存できるようにしていかなければいけないと考えた。

 「緒方市議の行動は問題解決の一歩となったのではないか」という発想は男子諸君の方にはありませんでした。社会常識を守るべき、という視点の方が「問題提起」より強いように感じます。問題はなぜそうなっているか、そうなってしまうか、です。男女平等という近代の発想だけでは解けない問題がそこにはあるようです。社会的に平等であることを確認するためにこそ、男女がもっているさまざまな面での「違い」について考えることが大事だと私は思います。

 

以下はその時のちょっとしたまとめ。

12月になりました。穏やかな日が続いていますが、日ごとに気温が下がっていくようです。いよいよ冬到来、大学生最後の冬、でしょうか。今年の授業もあと3回。1月には授業は1回しかありません。

 さて前回、熊本市議会の赤ちゃんを連れての議場に入った緒方ゆうかさんの記事について意見を書いてもらいました。資料㊱にまとめました。男子学生は社会問題の一つとして客観的に論評している傾向が強く、それに対して女子学生の方は、「産む性」であることが意識されていて、緒方さんの行為をより自分に引き付けて考え、論評している人が多かったように思いました。男女は基本的に平等という概念でくくられますが、しかしある出来事をフィルターとして通すと、明らかな違いがその思考の中に出ます。それは生物学的な違いにとどまらず、社会的に形成されてきた環境的要因によるものが大きいと思います。今回そんなことを強く感じました。一人ひとりの意見に対して、今回もコメントを付しました。ちょっとストレートで厳しい言い方が多いかもしれませんが、私の率直な思いなので読んでみてください。コメントしながら、自分も若いころ、諸君と同じように考えていたことがあったなと思いました。だからちょっと厳しいと思われるコメントは、諸君への批判だけでなく、そのまま今につながる私自身に向けられたものでもあると思ってください。昨日の東京新聞に緒方さんの記事が掲載されていましたので、これも資料として配付します。彼女の思いや周辺の事情などがよく整理されていると思います。資料㊲。

 

 酒席となったお店は、貸し切り状態。近くの女子大の留学生の送別会だそうで、店内に若い女性の笑い声が響く中、3人は埒もない話に興じている。団体さんが引けたあとはお店のマスターが入って日本酒談議に。こういう呑み会は酒が次の日まで残らなくていい。心地よく酔ったあとに酒もいっしょに発散してしまうから。

 

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ようやく完成。つれあいが丹精を込めて作った梅干し,18㎏、500個。あちこちにおすそ分け。

写真は、私のも使ってと長女。技量にかなりの差を感じます。