ボランティアに出掛けられるほどの体力もなく、みていることしかできない身であるが、せめて目をそらさずに気持ちを切らせずにとは思っているのだが。

    夕方、少し涼しくなったので、切手を買いに近くのコンビニまで出かけた。コンビニはマンションの敷地内にあるのだが、サンダルを履いてプラプラと歩くと5分ほどかかる。途中、中庭を通る。

 数本の百日紅、盛りが終わって花を落としているのに気がついた。そういえば近くのタチアオイも花が少なくなった。どちらも炎暑に気圧されずに長いこと咲き誇っていたのだが。

 一昨日の明け方4時ごろ、パソコンを立ち上げた途端、北海道の地震の報道。3時8分、震度6(のちに7に変更)。テレビに切り替えるとヘリが厚真町上空から土砂崩れの状況を映し出す。すさまじい状態なのにレポーターの声にそれほど緊迫した様子が感じられない。ぼやっとしたアタマで、これだけの土砂崩れは見たことがないなと思った。レポーターも言葉を失っていたのではないか、たぶん。

 苫小牧に住む高校時代の友人のところにLINEで連絡を入れる。今、スマホの画面を見返してみるとこれが4時48分。1時間経っても返信はない。LINEを組んでいる千葉に住む友人が呼びかける。5時46分。

6時31分になってようやく北海道からのメールが入る。 

 仕事で札幌に居り、揺れで目が覚めた、停電、断水しているがけがはしていない、震源に近い自宅がどうなっているか心配だとのこと。ほっとする。彼は長いこと道議を務めていて、議会が開会していて札幌に来ていたようだ。

 清瀬に住む友人からもメールが入り、ひとしきりみなで情報交換。ただ、この時点では被害の甚大さは互いに認識できていない。全道295万世帯が停電と広範囲の断水など前代未聞の事態がはっきりしてくるのは、数時間後のことだ。信号は消え、医療関係の機材は動かず、北海道がマヒしている状態だ。 

 8日現在、19人の方が亡くなり、9人が安否不明。停電は今朝までで大方解消。しかし道路の陥没や液状化、住宅の全壊半壊は数知れず。また今夜もたくさんの方々が眠れない夜を過ごすことになる。

 つい先日までは台風の被害があいつぎ、ダメ押しのように関空が水浸しになり、5000人の人たちが孤立していたのに、それが解決もしていないうちにまた次の災害が起きている。まさに天変地異。真夏なのに心胆を寒からしむる思いだ。避難所の様子がテレビに映し出されるが、一様に老人に表情がなく気の毒だ。まさか自分たちが、という思いだろう。 

 今日になって件の友人から3日目の状況が伝えられる。自宅はさほどの被害ではなかったとのこと、電気が止まると水が出ていてもウォシュレットが使えないとか、今まで考えたことがなかった問題に相対したとのこと。

 彼から私たち3人に「停電になってお店からなくなった“ベストファイブ”は何だったか」と問われる。三者三様に、食べ物や紙おむつなど思い付きで答えたのだが、彼によると、トイレットペーパー、乾電池、カセットボンベ、カップラーメン、そして氷だそうだ。冷蔵庫が使えないため氷が飛ぶように売れたそうだ。

 停電と言っても、これほど長い停電は私は経験がない。3・11の時の計画停電でも意外に短かったものだ。
 全面的で長期の停電の中ではこうしたものが必要になるということだ。 

 しかし氷は家庭で備蓄と言っても停電になればできない相談。お店も氷を冷やすためにクーラーボックスに入れていたとか。電気がなければ商品にならないものがコンビニだけでもかなりあるはず。生鮮品を扱うスーパーに至ってはお手上げだろう。一方お菓子やアルコールを含む飲み物は売れていなかったとのこと。ライフラインがどんなかたちで毀損するかで必要とされるものは違ってくる。
 

 3・11後のコンビニの棚の閑散とした様子を思い出す。物がないお店というのがこれほどみすぼらしいものかと思ったものだ。ものがあって当たり前という状況は、ふだんの停滞のない物流が担保しているということだ。
 ガソリンスタンドの周りを何重にも取り囲んだ車列も思い出す。そういえば今回、ガソリンはあまり話題になっていなかった。クルマが損傷を受けたという報道は多かったが、原発事故の時のようにすぐにも避難という状態にはならなかったからか。

 しかし旅行や観光で北海道に来て地震に遭い、帰途が確保されずに港や駅に滞留してい人も多いようだ。家族とも連絡が取れずに心細い思いをした人もたくさんいただろう。
 いずれにしろ、北海道が通常の状態に復するまでにはかなりの時間を要することになるだろう。

 

 おりもおり、横浜・関内にあるニュースパーク(新聞博物館)を訪れた。長年住んでいながら内部に入ったのは初めてのことだ。

 企画展の「新聞が伝えた明治」の中に、明治21(1888)年7月に会津磐梯山が噴火し、死者461人に及ぶ甚大な被害をもたらしたことを伝える部分があった。

 私たちの眼になじみ深い裏磐梯のえぐられたような山肌はこの時にできたもの。高村光太郎が「智恵子抄」のなかで、智恵子の精神状態を比ゆ的に描いたのものもこの噴火の跡のことだ。

 この噴火の直後、東京朝日新聞は現地に洋画家の山本芳翠を派遣、山本は版木に直接絵を描いたのだとか。新聞には噴火を描いた精細な版画が附録として付いたという。写真以前の新聞による初めての「速報」だったとのことで、特別に取り上げられていたようだ。

 ボランティアに出掛けられるほどの体力もなく、みていることしかできない身であるが、せめて目をそらさずに気持ちを切らせずにとは思っているのだが。

小説『カトク』を読む。コンプライアンスを無視して業績を上げてきたいくつもの会社がどのように法律をすり抜けていくか。それを支える社員、経営者の独特の論理が、城木自身の痛恨の来歴と監督官としての労働実態が重ねて語られるため、単なる勧善懲悪に陥らず、深みのある小説になっている。

 新庄耕の『カトク』を読んだ。文庫本で864円はやや高めだが、“文庫書下ろし”であることを考えれば妥当なところかもしれない。
 カトクとは厚生労働省に3年前に設置された「過重労働撲滅特別対策班」の略称。配属されるのは労働基準監督官だが、労働条件の是正勧告だけでなく、逮捕権もあり検察官送致までの権限が付与されている。『カトク』は、その一員である監督官城木忠司を主人公とした小説である。

 ブラック企業である大手ハウスメーカー東西ハウジングを舞台に、末端で長時間労働だけでなく、営業成績が上がらないため精神的にも追いつめられる若い社員のエピソードに始まり、終盤で会長逮捕にいたるまでの道すじを城木の視点から描いている。 

    コンプライアンスを無視して業績を上げてきたいくつもの会社がどのように法律をすり抜けていくか。それを支える社員、経営者の独特の論理が、城木自身の痛恨の来歴と監督官としての労働実態が重ねて語られるため、単なる勧善懲悪に陥らず、深みのある小説になっている。

 


 一部、 登場人物たちが語る言葉を拾ってみる。
 東西ハウジングの若手社員大原和夫は、失速寸前で城木と面談する。母親が息子を心配してカトクに連絡したからだ。城木がf:id:keisuke42001:20180905145950j:plain
「…もし法律違反があるようなら、それを見過ごすわけにはいかなくてですね」と言うのに対して大原は、
「こっちは命がけでやっているんですよ。何にもしなくても一生安泰のあなたたちと違って。わからないでしょ、どれだけ大変か。だから平気な顔でそんな勝手なことが言えるんですよ」
東西ハウジングの求人票の年収例には、成果報酬が1千数百万円になるような記載があるが…と城木が水を向けると、大原は自分はそうではないとしながら、本気になれるからやっているんだという。
「そうです。単なる組織の歯車なんかじゃなくて、ひとりの個人として本気で挑戦できて、自分を圧倒的なスピードで成長させてくれる環境があるからですよ」
「役所にいるとなかなかわからないでしょうけど、この環境がどれだけ意味のあるものかなんて。でも、いずれ僕が正しいってことを、本気の環境がどれだけ大事かってことを証明してみせますよ」
 入社以来の不健康な生活で30㎏も太ってしまった大原は、社員の前で立たされながら罵倒され続けているのだが、離脱は考えない。マインドコントロールからなかなか抜け出せないのだ。城木は歯噛みする思いで大原の話を聴く。


 カトクは勤怠記録だけでなく、電話やメール、ビルの退館記録などを引き合わせて実際の残業がどれだけなされているかをつかんでいく。
 広告代理店コンクラーベのシニアマネージャー中村沙智は、業績をあげるために部下に不当に残業を強いるだけでなく、その叱責のきつさからサッチャーと呼ばれている。
 城木は事情聴取の中で中村に対し、中村自身は23時に退勤しているが、部下はみな18時に退勤しているという勤怠記録をもとに
「おうかがいしますが、この10月の最終週はメンバーの方は終業後すぐ退社されてましたか。何か業務とは関係なく別の用事があって会社に残ったりはしていませんよね。・・・この週はどの方もビルの退館記録が23時を過ぎているんです」
 中村は
「…上のソライロで食事でもしていたんじゃないですか。よくメンバーで仕事が終わったあと行ってるみたいですから」としらばくれる。ソライロは37階にある見晴らしのいい社員食堂である。
 城木はメールや電話の記録をもとに問い詰める。今まで何人もの社員が中村の不当な恫喝、長時間労働の指示によって休職や退職に追い込まれていることを調べ上げている。
 中村は開き直る。怒りを込めて
「そんなの知らねえよ。仕方ないじゃん。結果出てないし、頑張んないんだから。あの、わかんないと思うけど、結果が出ないと給料も下がるし、クビ切られるの、うちは」
 「言い訳ばかりしていくら言っても仕事しないやつとか、態度だけでかくてパソコンもまともに使えないやつとか、日中はぼーっとして夜になってようやく働き始めるようなやつもいるし、って言っても仕事しているふりだけで全然何もしないんだけど。他にも、小遣い稼ぎだか家のローンが苦しいのか知らないけど、あからさまな残業代目当てで、すぐに終わるような仕事をだらだら引き延ばすっていうせこいのもけっこういるし」
「寄せ集めの部隊任されて、会社からは結果出せって言われて、あんたたちからは法律守れって言われて、どうしろって言うの?」
 黙っている城木に対し中村は
「誰も守ってくれないんだよ。キレイごと言って聖人ぶってるあんたもふくめて」。
 実は中村自身が心身ともに病みつつあるのだが、それを言い出せないまま・・・。
 送検されるのは現場で不当な労働を直接命じる中間管理職である。トカゲのしっぽきりである。

 これ以上はネタバレになるのでやめる。

 カトクから見える会社の状況は、表向きはコンプライアンス重視のように見える大手上場企業が、件の電通のように社員を死に至らしめる労働文化を手放さないまま、結局多くの社員を見殺しにするさまをよく伝えている。
 政府は政府で働き方改革と言いながら、残業規制を弱め、高プロの導入やみなし労働を悪用するなどして、労基法を換骨奪胎していく。互いに形の上では労働者保護を唱えながら、企業に奉仕する政権、そして企業の内部留保ばかりが積み上げられ、労働者には還元されない。やりがい搾取と言われる巧妙な労働者への抑圧が日常化している。政府や企業のやり口を、労働者自身が支えてしまっている。”正規”であることを守るために”非正規”を貶める。
 小説という形でそうした労働問題を取り上げるのは、そのまま企業への攻撃ともとられかねない。日本では労働問題は表現の世界ではタブーに近い。あえてそれをやろうとする新庄の姿勢に共感する。相場英雄が『ガラパゴス』(上・下 2016年)で取り上げた非正規の問題とともに重要な提起である。

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 わたしは元中学校の教員である。教員の長時間労働について90年代の初めに最高裁まで争った経験がある。荒れた中学で周りの教員が病気で倒れたり、職を離れたりする、そういう状況を訴えたかったからだ。それ以降、教員の勤務問題について微力ながら問題提起を重ねてきた。しかし今世紀に入り、学校や教員を取り巻く状況は大きく変化し、学校現場の労働は悪化の一途をたどっている。
 最近は部活動問題を含めて、コンプライアンス無視の無定量勤務が話題になるようになってきた。教員の意識も少しずつだが、長時間労働をおかしいと感じるような感性が若い教員の中に現れるようになってきた。
 しかしつぶさに見れば、文科省は道徳の教科化も含めて教科の授業時間増をはかり続け、その準備の時間すら取れないほど仕事量は勤務時間の中に収まらなくなってきている。それ以外の膨大な事務仕事や部活動、生徒指導や進路指導などは、日常的に時間外労働とならざるを得ない現状がある。

 一番の解決策は教員を増やすことだが、そのなり手が減り続けている。この20年ほどで教員は魅力的な仕事ではなく、ブラックなものだという認識が定着してきているようだ。
 8月31日の毎日新聞は、こうしたどん詰まりの状況の解決策として、文科省が変形労働時間制の導入を決めたことを報じている。

 繁忙期と閑散期の差の多い旅館業などに特別に認められてきた年間を通しての変形労働時間制を教員に当てはめるというのだ。

 繁忙期の勤務時間を10時間、12時間にして、夏休みなど閑散期には6時間、4時間勤務にするという発想だ。
 これがどれだけ長時間労働が日常化している現状を追認し、更なる長時間労働につながるか、普通に現場にいた人間ならばわかるはずだ。給特法によって残業手当を支払われない教員が変形労働時間制をとれば、さらに勤怠は杜撰になり、通常の労働がさらにきつくなることは間違いない。
 ひと月を単位とする変形制は、修学旅行などですでに導入されているが、年間を通しての変形制は、日常的な勤務時間の長時間化を生み出し、家庭生活のリズムをさらに乱していくだろう。寝だめ食いだめはからだと心をこわすもととなる。変形労働時間制は、労基法労基法自身を否定していくことにつながるものだ。

 『カトク』を読みながら、いつかカトクが学校現場に投入されることがあるのだろうか、と考えた。

 一読をお勧めしたい本である。

 

ヴァイオリンとピアノが互いに闘いながら結びつき、これでもかこれでもかと迫力のある音と強い思念がこちらに伝わってくる。

  2日、日曜日。

 西国分寺の『三百年古民家の温もり りとるぷれいハウス』で佐藤卓史(P)・松本紘佳(Vn.)のデュオリサイタルをつれあいと聴きに行く。

 西国分寺へは、最寄りの駅南町田から田園都市線溝の口、徒歩で武蔵溝ノ口からJR南武線に乗り換えて府中本町、武蔵野線に乗り換えて西国分寺という経路。急行と快速を乗り継げば小一時間。

 13時30分開場14時開演とチラシにあったので、座席に難のある私たちは(閉所が苦手なため)13時20分ごろ会場前に到着。満を持して・・・すでに開場されており、座席はほぼ埋まっている模様。雨が降っていたので早く開場したようだ。 

 さてこの会場『三百年古民家の温もり』とあるように3階建ての1階部分と2階部分の一部は木造の古民家。鎧戸のような玄関をくぐり、中に入ると左側に大きなげた箱。右側に受け付け。パンフレットとチケットの半券をもらってホールへ。

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 大きな部屋を二つ通しで使ったホールには椅子席が60ほど。ステージには譜面台とグランドピアノ。手づくりの照明と形の揃わない椅子、壁にはビオラ・ダ・ガンバなど楽器が架けてあり、古い徳利のようなものも飾ってある。

 楽屋は会場の奥のキッチンのその先にあるらしい。楽屋とステージの間の通路は2階まで吹き抜けに。外から見ると3階建ての今風の建物なので、1階から2階部分に古民家を埋め込んだ感じ。1983年から演奏会を中心とした活動をはじめ、35年200回近くの演奏会を開いているという。

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 聴衆のほとんどは年配の女性が占めている。若者と男性は数えるほど。空いている席はと目で探すと、ステージと思しきところのグランドピアノの先端部のところの最前列に2席空きがある。グランドピアノは蓋が半開状態。ヴァイオリンの譜面台へは2mほどの距離。迷わずそこへ。開演までの時間、パンフレットに目を通す。


 佐藤は1983年生まれ。高校時代に日本音楽コンクールで第1位。東京芸大卒業後渡欧、幾つものコンクールで賞をとり、現在は2012年からエリザべート王妃国際コンクールのヴァイオリンとチェロ部門の公式ピアニストを務めているそうだ。

 受付にあったCDを1枚購入してきたのだが、気軽にサインをしてくれた。BSジャパンの「音楽交差点」にレギュラー出演しているとか。好青年。

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 ヴァイオリンの松本は、1995年生まれ。2010年大阪で開かれたABC新人コンサート・オーディションで最年少優勝。受賞者の発表会で現田茂夫指揮日本センチュリー交響楽団シベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏。私はこの演奏が特別に印象に残っている。

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 2012年から桐朋音大ソリストディピュロマコース在学中にウイーン市音楽芸術大学に留学、在学中に演奏活動を続け、各種のコンクールで賞を受賞。現在、ウイーン市音楽芸術大学修士課程で学ぶとともに、慶応大学総合政策学部に在学中。新進のヴァイオリニストとして精力的に演奏活動を続けている。

 

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今日の曲目は
① L・Vベートーベン「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第8番ト長調
② S・Sプロコフィエフ「ヴァイオリンソナタ」第1番ヘ短調
             休憩
③ C・Aドビュッシー「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
④ C・フランク「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調

 


 素人愛好家にとって、耳になじんでいる曲目は最後のフランクの曲のみ。プログラミングについても何の知識も持ち合わせていないから管見ながら推察するに、18世紀後半生まれの古典派の大名跡ベートーベンを最初におき、2番目に20世紀に活躍した反ロマン主義的なプロコフィエフで明らかな時代的な対照を見せ、休憩のあとに19世紀後半から20世紀かけて活躍した印象派ドビュッシーで、プロコフィエフとは対照的な絵画的な独特の世界に遊び、最後に19世紀に活躍したロマン派のフランクの堂々たる思索的内省的な名曲で締めるという、大変にメリハリの利いたもののように思われた。素人の思い込みかもしれないが。

 14時、ふたりの演奏者登場。松本は真っ赤なロングドレス、やや表情が硬いか。佐藤は若者風のやや砕けたタキシード。まるい眼鏡が愛嬌に。ニコニコしている。

 さて演奏が始まって気がついたのは、この“ホール”ほとんど残響が感じられないということ。木と漆喰の壁に吸収されてしまうのだろうか。楽器の生の音がそのまま聴こえてくる感じ。ピアノは、ほとんどすぐ近くで聴いているのにとってもクリア、全くうるさく感じられない。ヴァイオリンに至ってはわずかなこすれる感じまで聴きとれる。双方が大音量で弾くとその真ん中で音の洪水を浴びている感じ。ピアニストの表情も楽譜たてから見えるし、ヴァイオリニストも楽譜をちらっと見るときに表情がよく見える。

 しかしこれだけ残響が少ないと、特にヴァイオリンは弾きにくいことはないのだろうか。それに普通のホールに比べて、空っぽの時と人が入ったときの空間に大きな違いがある。吸音装置をめいっぱい入れたようになってしまうのでは。よけいな心配をしてしまう。

 しかし聴いている方には心地がいい。最近のホールは、S席が全体の3分の2ほど占めてしまうことが少なくなく「ここがS席?」と文句を言いたくなることがあるが、今回はS席どころか特等席であった。こんな小さな会場で、2つの楽器がこれだけの音量を出してもバフバフいわずクリアに聴こえるという点で、ここでの35年もコンサートが続いてきたことが納得できる。


 さて演奏について簡単にひとことだけ。

 ①パンフレットによるとこの曲は、「・・・作曲された1802年は耳疾が悪化し忍耐の限界を超え、死を決意し「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた年・・・」とあるが、何とも軽快で明るく、一般に流布しているベートーベン像の苦渋の表情とは全く無縁(あの像は、彼が神格化されていく過程で変化していくのだそうが)。二人の若者も気持ちよさそうに弾いているように思えた。

 ②は一転、私には難解に感じられた。現代音楽風な部分も感じられ、30分ほどの演奏が終わったとき、なんだか長く大変な旅を経て戻ってきたような印象が残った。二人はどんなふうに感じ取って弾いているのか、訊いてみたいと思った。

 ③は、私の知っているドビュッシープロコフィエフの骨格がしっかりした音楽と違って、どこか力の抜けた融通無碍の感。その違いを意識して演奏していることが感じられた。

 ④は、ヴァイオリンとピアノが互いに闘いながら結びつき、これでもかこれでもかと迫力のある音と強い思念がこちらに伝わってくる。松本のこの曲は何度か聴いたことがあるが、佐藤と切磋琢磨することで、以前に増してスケール感が出たように思われた。「交響曲ニ短調」の構成をほうふつとさせる重厚さ。
 私のからだは、座席が好位置にあって氾濫する音の洪水に浮揚するような幸福感に包まれたように思えた。若者二人の緊密な連携と最後まで緊張感を失わない演奏の質の高さに驚いた。

 アンコールは、サラサーテの曲(曲名は聞き取れなかった)、タイスの瞑想曲、モンティのチャールダーシュ。小曲で楽しませてくれたが、チャールダーシュなどまさに超絶技巧の曲。二人であれだけの演奏をしたあとでも、これほどの集中力が続くとは、驚きである。まだまだいろいろな引き出しがありそうな二人、また聴きたいものである。

 

 

 

 

 

 

厳しい環境の中で生きている子どもたちは、この国にもたくさんいる。子どもの貧困率15%というのがこの国の実態だ。さまざまなハザードを抱えながら、親を支えきょうだいを支えて生きていかざるを得ない多くの子どもたち、疲労と無表情が皮膚と心の内部に浸透してしまってそのまま固化している子どもたち。  試されているのは私たち。彼らにどのような思いをもった視線を送ればいいのか。そんなことを考えた映画だった。

    8月半ばに、季節はめぐり秋が近づいたなどと記したが、何ということはない、相も変わらず厳しい残暑が続いている。希望的観測という言葉があるが、まさにそれだったようだ。いや早く涼しくなってほしいという熱望的観測であったか。今となっては暑熱に焦がされる絶望的観測であったともいえるかもしれない。

    残暑のあとには台風というのが今年のパターン。今回も猛暑の中、台風21号が接近している。今までと違うのは、東北地方で秋雨前線が大量の雨を降らせていることだ。山形県では川が決壊している。台風21号が予想通りに進めば、また九州、四国から上陸し、東に向かうことになる。915hPaというからかなり大きな台風だ。西日本も東日本もまたもや大雨にさらされることになる。

 

    猛暑の中、所用で関内に出掛けたついでに映画を2本みてきた。一日3本は多いが、1本では物足りない。
    中区若葉町のシネマジャック&ベティ。

 

『2重螺旋の恋人』(2017年・フランス・107分・原題:L'amant double・監督フランソワ・オゾン 主演マリーヌ・バクト・R18+)

『祝福オラとニコデルの家』(2016年・ポーランド・75分・原題:Komunia・監督アンナ・ザメツカ)。


 1本目。いつもながら邦題について。

 原題はL'amant double、“二人の恋人”、私にもわかる仏語。さらっとしている。邦題は“2重螺旋”。二重ではなく2重。二重螺旋というと、のぼり用と下り用と別れているビルの駐車場や会津若松にある国指定重要文化財のさざえ堂を思い出す。二組の双子の話ということで、“2重螺旋”という言葉を選んだのだろうが、これはよけいな親切ごかしかそれとも気の利いた命名か。悪くないのかなと思う。

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 監督はフランソワ・オゾン、よく知られたフランスの監督のようだが、私は今年初めにみた『婚約者の友人』(2016年)しか知らない。深みのあるちょっと素敵な映画だったので、“2重”もみてみようかと思ったのだった。

 

スイミング・プール」「8人の女たち」のフランソワ・オゾン監督が、アメリカの女性作家ジョイス・キャロル・オーツの短編小説を大胆に翻案し、性格が正反対な双子の精神分析医と禁断の関係にのめり込んでいく女性の姿を、官能的に描き出した心理サスペンス。クロエは原因不明の腹痛に悩まされ、精神分析医ポールのカウンセリングを受けることに。痛みから解放された彼女はポールと恋に落ち、一緒に暮らし始める。ある日、クロエは街でポールに瓜二つの男性ルイと出会う。ルイはポールと双子で、職業も同じ精神分析医だという。ポールからルイの存在を聞かされていなかったクロエは、真実を突き止めようとルイの診察室に通い始めるが、優しいポールと違って傲慢で挑発的なルイに次第に惹かれていく。「17歳」のマリーヌ・バクトが主人公クロエ、「最後のマイ・ウェイ」のジェレミー・レニエが双子の精神科医を演じる。共演に「映画に愛をこめて アメリカの夜」のジャクリーン・ビセット
                           (映画.COMから)


 これだけ読むと“心理サスペンス”の線で先がほぼ読めるような気がしてしまうのだが、映画はもっと複雑で湿気があって生々しく、変態っぽさが充満している。冒頭のシーンは女性器の内部から。

 原因不明の腹痛が精神的なものに拠るとして、医師に精神分析医を紹介してもらうところから映画が始まる。
 この内部への偏執の印象とイメージが、宝石箱に入れられた生きて動く猫の心臓単体を経て、妊娠、出産?の終盤まで続いていく。

 クロエの視点から不安と好奇と恐怖がないまぜになった心理が描かれていくのだが、そこにはとどまらない。意図的にホラー的な要素が組み込まれている。進むにつれ心理的な妄想と思われるシーンが挿入され、現実との境界があいまいになっていく。

 おおきな流れとして、クロエが、双子の精神分析医同士の互いを否定して生きてきた確執に女性として翻弄されていく話かと思ったら、そう単純な話でもない。実はクロエ自身が双子であって、母親の体内にいたときに姉を吸収してしまい、それが体内に残って長じてからの腹痛の原因であるかのように語られる。それはまた母親との確執の表象でもある。

 どちらが父親かわからないクロエの妊娠から、出産(ではなく姉の肉塊?)直前の腹部の奇妙な動きはエイリアンが腹を食い破るシーンに似ている。ちょっと笑えた。ここまでしなければならない映画なのか。なんだか始まりの静謐な雰囲気がどんどん変質していくようで、やや興ざめした。

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 フランソワ・オゾンが、女性を端正に美しく描くのは前作の『婚約者の友人』同様なのだが、『婚約者の友人』が一つの現実を裏返して意表を突く心理的な恋愛劇であったのに対し、本作はあまりに入り組みすぎていてちょっと遊びすぎたのではないかと思われた。

 隣人の高齢の夫人と施設にいるという娘、その部屋にあるいくつもの猫の剥製、そこに預けられる行方不明になるクロエの猫のミロ、ルイに強姦されたという若い娘サンドラ、彼女は起き上がることすら出来ないほど痩せて憔悴しているのだが、クロエに対し視線でホラー的な意趣返しをする。クロエに憎しみをぶつけるその母親、そして終わりに唐突に登場するクロエの母親。ポールとのベッドシーンの最後に突如毀れる大きな窓ガラス。それぞれ思わせぶりなのだが、それほど緊密につながっているとも思われない。
 最小限の音楽と画面の切り取り方の新鮮さにはうならせられたが、物語の中核部分が“薄い”と思った。
 でも次回作は見てみたい。怖いもの見たさか?

 

 『祝福 オラとニコデムの家』。予告編を見るとこのタイトルでもいいかなとも思うが、本編を見ると違うんじゃないかと思う。原題の“Komunia”(“交わり”という意味のポーランド語、コミュニケーションに近いのか)のほうがいい。

 オラが住む狭いアパートには、弟ニコデムだけでなく、働いているのかいないのかわからないお酒の問題を抱えた父親も住んでいるし、男と出ていったと思われる母親が赤ん坊を連れて帰ってきもする。13歳の自閉症の男の子を懸命に世話をする14歳の少女という構図を強調するあまり、こんなタイトルになってしまったのではないか。

 

 

 ポーランドワルシャワ郊外の街セロック。14歳の少女オラは酒飲みの父親と自閉症の13歳の弟ニコデムの家族3人で暮らしている。母親が家を出て行ってしまったため、家事や弟の面倒のすべてを献身的にこなすオラ。そんな彼女が夢見るのは、弟の初聖体式が成功すれば、ふたたび家族がひとつになれるという、ほんの小さな希望だった。(映画.COMから)

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これだけを読めば邦題も納得できるのだが。 

 

 カメラは部屋が狭い分、オラやニコデル、父親とかなり近い。彼らが家の中を歩くとき、カメラをよけたり、カメラの方がスペースを開けてみたりしているふうに見えるときもある。こんな形でドキュメンタリーの撮影が行われたことは驚きだ。殊に14歳の思春期真っ只中の少女オラが、自分の生活を包み隠さず見せることを受け入れたことは信じがたい。

 オラは友人との雑談の中で「弟にやさしくしなければ」という。しかしニコデルは思うように動いてはくれない。学校の授業の準備をしたニコデルの鞄の中から、必要ない教科書をぞんざいにほおり投げるオラ、バスタブでいつまでも水遊びをするニコデルの頭をひっぱたくオラ、それでも聖体拝領式の練習には根気強く付き合うオラ、理屈ばかり並べて動こうとしない言い訳ばかりにみえる父親にいらだちながら気遣いも見せるオラ、時に自棄になるオラ。

 オラは洗濯にアイロンがけ、掃除に食事の用意と働きづめだ。

 ある日福祉士の訪問がある。担当者は父親に酒を呑んだのではないかと詰問する。店の前で見かけたと。父親は自棄になったように否定する。父親自身の中に大きな不全感があって、彼自身それをしっかりと受け止め切れていない。オラに指図はするが、自分では動こうとはしない。気持ちの上でもオラに依存している。 

 連絡を取っていた母親が赤ん坊を連れて戻ってくることに。母親もオラに依存しているように見える。オラは母子が狭いアパートの中で休めるよう心を砕く。一方ニコデルは父親と寝たい、父親は妻と床をともにしたい、間に入ってオラがみなをなだめる。

 久しぶりに4人で教会に出掛けるシーン、初めてのはじけるようなオラの笑顔、外での久しぶりの豊かな会食。光があふれるテーブルはオラの気持ちを表しているようだ。


 ニコデルの聖体拝領のための準備が進む。オラはニコデルに聖書を憶えさせ、司祭の前でしきたりに沿って質問に答えられるよう何度もニコデルに練習させる。司祭の役割までやってみせる。

 ポーランドは伝統的にカソリックの国であり、オラにとってはニコデルが聖体を拝領することが喜びであり、今後の家族の福音となるのではないかと考えているようだ。
  

 自閉の世界にいるニコデルが発する言葉が、時に現実とコミットするシーンがある。教室の中にいて発する「僕は空気ではないんだ」。

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 書き留められないが、ニコデムが発する短絡しているかのように見えるたくさんの言葉が、自己や家族やオラの存在をニコデルなりに了解していることが伝わってくる。映画はそれを意識的にとらえようとしている。
 

 冒頭のズボンにベルトを通すシーンが印象的だ。何度も何度も繰り返してベルトを通そうとするのだが、バックルは正面には来てくれず、うまくいかない。ラストシーンも同じ。でも今度はちょっと違う。会話の成立しにくいニコデムの存在感がいい。

 

 福祉士と話すとき、オラにはにかんだ笑顔が見える。「大変なんだってね」。福祉士は、これは施設に入れなければならないケースだがと言いながら、オラをやさしく励ます。オラにこんな声をかけているのは福祉士だけだ。


 呉美保の映画に『きみはいい子』がある。大好きな映画だ。呉美保自身、このオラの物語が気に入っているとインタビューに答えているのを何かでみた。
 

 そう、アンナ・ザメツカ監督はカメラをもってオラに向かい、スクリーンを通して「きみはいい子だ」と伝えたかったのではないか。
 厳しい環境の中で生きている子どもたちは、この国にもたくさんいる。子どもの貧困率15%というのがこの国の実態だ。さまざまなハザードを抱えながら、親を支えきょうだいを支えて生きていかざるを得ない多くの子どもたち、疲労と無表情が皮膚と心の内部に浸透してしまってそのまま固化している子どもたち。
 試されているのは私たち。彼らにどのような思いをもった視線を送ればいいのか。そんなことを考えた映画だった。

 

 

  映画の中で唯一聞き取れた言葉があった。JINQEE、ありがとう、である。   

 アウシュヴィッツのエデュケーター中谷さんが、「忘れたら十九円って言えばいいですよ」と教えてくれた。ジンクイエ ≠ ジュウキュウエン。

 

 

 

 

 

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本文とは関係ありません。

2018年3月、ポーランドクラクフの街。ホテルの窓から。

 

 

 

 

地方自治体でも“水増し”が常態化しているとされ、別に雇用率が定められている教育委員会でも徐々に実態が明らかになってきている。国から地方まで官は、コンプライアンス無視の行状を繰り返してきたということだ。

    今日28日、政府は障害者雇用の水増し問題で、昨年6月1日時点での再調査結果を公表した。33の行政機関のうち27の機関で計3460人の誤った算入があり、法定雇用率は2.3%(当時)には到底及ばない1.19%であったことが判明した。


    地方自治体でも“水増し”が常態化しているとされ、別に雇用率が定められている教育委員会でも徐々に実態が明らかになってきている。国から地方まで官は、コンプライアンス無視の行状を繰り返してきたということだ。

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 ある省庁だけが“水増し”していたというのなら特殊なケースと言えるが、これだけ広範に“水増し”されているとすると、そこには何か共通する意識があるものだ。

 法令で定められたものをどの段階かで「こんなものきっちりやっていたら大変だよ。どれだけ手間がかかると思っているんだ。どうせ調査などしないんだからそこそこの数字を出しとけばいいんじゃないか」と言い出した輩がどの機関にもいた。そして慣例として暗黙の了解が築かれていった。

 どの世界にも法の網を潜り抜けようと発想する者はいる。問題は彼だけにあるのではなく、たとえ消極的であれ、それに合意を与え続けてきた人々がいたということだ。

 自分の眼の前をこの問題が通りすぎるとき、それが稟議なのか調査なのかわからないが、「これってだいじょうぶなのか?おかしいんじゃないか?」と思わなかったのか。

 指摘しても「よけいなことを言うな」と握りつぶされたのか。いちばん気にかかるのは、これが「重要な問題」と認識されていたかどうかということだ。

 いずれにしろ、根拠のない雇用率達成の数字を届けていた担当の行政マンには、後ろめたい心性などなかったのだろう。毎年毎年のことだし、暗黙の了解と申し送りがあるのだし、罰金も罰則もない。法定雇用率をわずかでも超えていれば、問題となることはないだろうという官僚の究極の“辻褄合わせ”だ。

 

 長い時間でたらめが温存されてきた。立場を代えてみれば、障害者は40年以上も働く場を奪われてきた。よってたかって軽くあしらわれてきた。障害者をどこまで軽く見るかという行き場のない怒り、悔しさは、当事者でない私にも共有できるものだ。

 調査はこれからも続く。民間は本当に大丈夫なのか。

 

 権力は必ず腐敗する。行政は権力に追随して腐敗するし、一人芝居でも腐っていくということだ。

 どこかに彼らの腐敗を支えてしまうような心性が私たちにないのか、怒りを感じながらも、わが身と心を振り返ることも必要だと思う。

 

 


 さくらももこさんが亡くなった。53歳。乳がんとのこと。

 

 『ちびまる子ちゃん』に初めて接したのは90年代の初め、テレビ放送が始まったころだ。まる子は子どもらしいだけでなく、時に毒を含んだ機知が大人もニヤッとさせる、そんな子どもで中学生にもとっても人気があった。

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 80年代からの荒れを引きずって、対教師暴力やいじめ、カンパ、器物損壊、シンナー、タバコ、万引きなど毎日のように起こる学校、30代の学級担任であった私は、文化祭の企画が決まらず困っているときに“まる子”に助けてもらった。

 どこからか「まるちゃんクイズ、ズバリそうでしょう」という企画が出てきて、フツーの子たちが、目色を変えて準備に走り回った。5つの回答席にはボタンを押すとピンポーンの音と同時に電気もつく最新のシステム?を技術科の先生の協力を得て作り、教室中にB4に印刷したマルちゃんのキャラクターをはりめぐらし、賞品のプレゼントをつくり、主題歌を大音量で流した。いつもはおとなしい子たちが、教室の前で呼び込みをしていた。

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 教室は、シンナー少年が暴れて破壊行為を繰り返していた場所とは思えないほど明るい雰囲気になった。なによりフリョ―君たちが中心の学校が、いっときフツーの子たちの学校になったことが面白かった。なんでもとりあえず邪魔をしたりこわしたりする身上のフリョー君たちも、珍しくこの企画を楽しんだものだ。準備の2週間ほどの間、教室にはまるちゃんの歌と『リンダ リンダ』が入り乱れて流れていた。

 

 彼らはもう40代半ばに差し掛かる。いいおじさんおばさんである。まるちゃんはというと、今でも昭和40年代を生きながら人気を失ってはいない。

 たまちゃん、花輪くん、丸尾くん、はまじ、みぎわさん、藤木くん・・・お姉ちゃん、おじいちゃんにおばあちゃん、お父さん、お母さん・・ざっと90人の登場人物を一つの作品で産み出した作家はそうはいない。今風に言えば驚くほど皆キャラが立っている。

 

 素晴らしい才能が早逝するのは残念だが、彼女が残していったものは大きいと思う。というのも私にとってのさくらももこさんは「荒れる中学」と「まるちゃん」を結び付けてくれる人であって、二つは両極端なように見えてなぜかうまく同居している、そんな不思議な90年代初めの学校を想起させてくれる人だからだ。

                      

 ご冥福をお祈りします。

 

 

f:id:keisuke42001:20180828153735j:plain松島の晩夏

 

要するにとかつまるところとか云って解釈しようとすると、面白さは指の間から逃げていく。  テーマ?人それぞれ何とでもとればいい。いい映画ほど何重にもテーマ性は隠れているものだ。  そんなことよりとにかくドタバタが面白い!

    また猛暑がぶり返している。8月の初めほどではないが。季節はまだ巡りきっていないということだな。

 台風の影響の強風がまだ残っていて、昼に近づくにつれ熱風を部屋の中に運んでくる。
 外では、マンションの子ども向けの行事の準備が進んでいる。朝からざわめきが聞こえてくる。テントがいくつも立ちあがっている。7月末の“フェスタ”と呼ばれるお祭りが台風で中止になったため、その代償措置なのだろう。テントが強風で飛ばなければいいが。


 午前中、つれあいが横浜に買い物に出かけた。だからというわけでもないのだが、水槽の掃除をすることにした。

 小さな水槽が二つ、それぞれにグッピーと熱帯魚を少しだけ飼っている。ひと月に1度をめどに掃除をしようと思うのだが、気がつくと過ぎている。前回は7月の半ばだったか。

 約1時間、小さいといっても水槽ごと流しには運べないので、金盥に水を汲んで運ぶ。

 その間、魚は小さなボールに入れて退避させるのだが、容れ物が小さいと飛び出すことがよくある。今日もグッピーが飛び出したのを発見、戻したが、熱帯魚のスマトラが一匹、行方不明に。

 がつがつよく食べるしましま模様の元気な熱帯魚。あちこち探したら、やはり飛び出していて置物の陰で発見。こちらは残念だが死んでいた。

 

 見違えるようにきれいになった水槽が二つ。満足。一時間もすれば水はすっかり循環し、きれいになる。

 すこし汗をかいたので、エアコンにする。外のざわめきが急に聞こえなくなる。すっと涼しくなったような気がする。人の声も暑さの原因ということだ。もちろん話している人たちには何の罪もないが。


カメラを止めるな!』(2018年・日本・96分・監督上田慎一郎)。たったふたつの映画館で上映が始まったのがついこの間の6月23日。SNSや口コミで広がり、公開2か月を過ぎて全国200館近い映画館で上映されているという。

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徳島から来たKさんとつれあいと3人で出かけた“ららぽーと横浜”TOHOシネマズも、ふだんはこうしたインディーズに近いものは上映しないが、いまや一日3回の上映。全国のシネコンが軒並み上映を始めている。


 11時55分の回をみようと、10時過ぎに自宅を出た。何年か前、渋滞して予約した映画が見られなかったことがあった。それ以来、ららぽーとで映画をみるときは、早めに到着することと予約をしないことを心がけている。

 あんのじょう、小一時間かかってようやく“ららぽーと”に到着。空いていれば30分ほどのところだ。

 チケット発券機の上の電光掲示板を見ると「残席わずか」の表示。スクリーン1は300席。上映1時間前に取れたチケットは、3人ともが最前列の席。 

 ブームというのはすごいものだ。夏休みとはいえ、この日は平日。 

 隣の男性はバケツのような容れ物のポップコーンを抱えて食べている。ふだん私が行く映画館にはポップコーンは置いていない。
 

 初めの30分はワンカットで撮る日本のゾンビ映画。一台のカメラを止めずにここまで撮りきるにはさぞ準備が大変なんだろうなと思いながら、あんまりおもしろくはない。

 どう見てもこれは無理だなという箇所がいくつも目に付く。それに昼間だし、怖くはない。カメラは一度だけカメラマンが倒れたのか地面すれすれに固定されるが、それ以外ひたすら動いている。最前列ということもあって気分が悪くなりはしないかと心配になる。300人の会場に笑いはあるが、かわいている。


 30分ほどでエンドロール。ここから映画はがぜん面白くなっていく。残りの1時間は画面に集中、笑いっぱなし。一人で来なくて良かった。前半のかったるさの中に仕組まれた数々の伏線が見事に解かれていく。その小気味の良さに感嘆するのでなく、ただ笑ってしまう。とにかく面白かった。


 以下ネタバレなしの感想。
 監督役、その妻、その娘・・・よく似ている母娘、どこかすれ違ってしまう、でもどこかでやっぱり似ている父娘、ラストシーンからは家族の成長のドラマがみてとれる・・・なんてふうにもとれないこともないが、ええ?そんな分かりやすい映画だった?

 最初の30分で終わったはずなのにまた始まるドラマ、死んでも死んでも立ち上がってくる、これはゾンビのメタファーだ。そういえばあちこちで・・・。これもどこかきいたふうだ。

 ものを表現するというのは、実はすれ違いと誤解と思い込みによる・・・これもわかったふうで評論家的で面白くない。

 人が演じることって・・・。シリアスに演じれば演じるほどコメディーにならざるを得ない。人間が生きているということはつまるところ・・・当たり前でしょそんなこと、人生論かい?

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 要するにとかつまるところとか云って解釈しようとすると、面白さは指の間から逃げていく。

 テーマ?人それぞれ何とでもとればいい。いい映画ほど何重にもテーマ性は隠れているものだ。

 そんなことよりとにかくドタバタが面白い!

 こんなに映画って面白かったっけ?

 つくりものに惹きつけられたのっていつ以来?

 おれ、最近こんなに笑ったことあったっけ?

 こんなところが感想だ。

 こういう映画、ひさしぶりにみた。

 Kさん、「徳島の高校生に見せたい」と。

 

 

 

 

 

『永遠のジャンゴ』のところでヴァイオリンのステファン・グラッペリに触れた。

ジャンゴとグラッペリの演奏が聴けるCDは、私がもっているものでは『DJANGOLOGY』。1949年1月~2月にローマで録音されたもの。今、手に入るものは、期間限定で2015年につくられたもの。アマゾンで900円で買える。 

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教育の自由を守るためには、戦前戦中のように教育を一定方向に無理やり導き、教員に国家の先兵たる役割を担わせるのではなく、それぞれの学問的な興味関心に基づいて法律の許す範囲において自由に研究と修養を積み重ねるというのが「戦後の教員像」だったということだ。


   台風の影響なのか、それほど気温は上がらないが湿度は高い。

 西日本はまたも19号、20号の影響をまともに受け、大変な状態にある。避難を続けている方々、新たに避難をした方々、そのしんどさを想像するにつけ無事早く自宅に戻られることを願う。


 21日、定年退職時に勤務していた職場の仲間が、年に一度、さしたる理由もなく集まって飲み食いする気の置けない会が、長津田至近の某居酒屋であった。

 もともとのきっかけは、若い世代との宴会は歌って踊ってと激しすぎるので、ロートル(老頭児)はロートルでゆっくり話したいねというものだったのだが、最近はその頃若かった現役世代もまじっておしゃべりを楽しんでいる。

 元管理職や現管理職もいるが、常識的な儀礼のみでとりわけて下にも置かないような扱いはしない。中心は60代半ばの介護保険証が交付され始めた世代だ。

 ”旧交を温める”という言い方がぴったりする会である。


 今年も徳島の高校に勤務するKさんが、若い世代の一人として出席。

 現地の研修会を抜け出して飛行機で鳴門海峡の上空を飛び、羽田に降り立って新横浜までの高速バスとJR横浜線を乗り継いで、ほぼ定刻に間に合うというはなれわざで到着。

 当夜は拙宅に宿泊。明日の夜の飛行機で徳島に戻るというので、22日は午前中から「ららぽーと横浜」までつれあいと3人で出かけた。話題の映画『カメラを止めるな!』をみようというのである。


 そろそろ40歳になるKさん、出かける前にこの映画について聞くと、知らないという。何の脈絡もないが、じゃあ『チコちゃんに叱られる』は知ってる?と、尋ねてみると、これも知らないという。すかさず「ボーっと生きてんじゃねえよ!」とかまし、録画してある「チコちゃん」を一緒にみた。


 毎日必死に仕事をしている人と、それこそボーっどころかポーっと生きている“シルバー”とでは情報量に差が出るのは仕方がないこと。

 聞けば夏季休業期間中とはいえ、毎朝定時に出勤、日がな一日、部活の指導をしながら進学する生徒のための補習につきあい、推薦書や調査書などの進路関係の書類づくりに忙殺されるという勤務、課業中と違うのは授業がないことだが、かえって忙しいかと感じることもあるとのこと。高校ってもっとユルくない?というのは思い込みらしい。少なくとも徳島では。


 ちょっと横道にそれるが余談を少し。
 

 一般にはあまり知られていないが、教育公務員特例法という法律がある。幼稚園教諭から大学の先生に至るまで国公立の教員に適用される法律である。

 この法律には「研修」について定めている個所がある。

 いつも誤解を受けるのだが、一般の企業の研修と教育公務員の研修はかなり意味が違う。一般企業の方に「教員は勤務時間内に研修を受けているのか」と、ズルをしているかのように言われたことがあるが、教員の研修は、戦中の国家による教育の反省を受けて、憲法上の「教育の自由」を保障するものとして規定されているもの。仕事のスキルアップのために個人的に取り組む企業人の研修とは意味合いが少し違う。歴史的な経緯がそこにはあるのだ。


第4章 研修
(研修)
第 21条 教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。
2 教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない。
(研修の機会)
第 22条 教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。
2 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。
3 教育公務員は、任命権者の定めるところにより、現職のままで、長期にわたる研修を受けることができる。


法律はまず、教育公務員に対し「研究と修養」つまり研修の義務を課している。つまり教員となった以上「ボーっと生きていく」ことを禁じ、日々研修にいそしむことを命じているのである。そのために教育行政は、研修のために施設や研修計画を準備、実施しなければならないのだが、これが現在のように教育行政にとって都合の良い中身ばかりになってしまうことを本来、憲法教育基本法は禁じていると考えられる。

 だから22条の1として教員には「やらせればいい」のではなく、「研修を受ける機会が与えられなければならない」とあえて記しているのである。

 また授業に支障がない限りにおいて「勤務場所を離れて研修」することができるとして、任地を離れて、つまり学校に拘束されずに研修ができるとしている。中身も場所も自主的に選択できるというきわめて先進的な位置づけが、日本の教員の研修にはなされているのである。


 教育の自由を守るためには、戦前戦中のように教育を一定方向に無理やり導き、教員に国家の先兵たる役割を担わせるのではなく、それぞれの学問的な興味・関心に基づいて法律の許す範囲において自由に研究と修養を積み重ねるというのが「戦後の教員像」だったということだ。


 一番わかりやすいのは、大学の先生が授業以外は時間に縛られることなく出退勤できる形態である。最近では大学の教員も多忙化にさらされているが、それでも「教育公務員特例法下の研修の実態」としては一番法律に近いものである。


 これが法的には幼稚園教諭から小中高教諭にまで原則適用されなければならいのだが、現実には全くそうはなっていない。

 それどころか日常的な超過勤務に押しつぶされそうになっているのが実態であり、夏休みでさえKさんのような状態である。「授業に支障がない場合」の最たる期間が夏休みであるにもかかわらずだ(“授業に支障がある”というケースの解釈もそれは“授業がある”と同等ではなく、代替措置等がとれる場合は“”支障がない“と判断するのが、かつては”常識“であったが、今では議論さえされない)。


 超過勤務手当も支給されず、青天井の超過勤務を甘受しながら経験のない部活動の指導に駆り出され、数年(日?月?)で教員をやめていく若者が多い。勤務のあまりの余裕のなさに、精神的に病んでやめていく教員も多い。

 教員という仕事に希望をもって就いても、容赦ない現実にはねかえされるか、矛盾を矛盾としてそのまま抱え込み、カラダもアタマも超多忙状態に麻痺させていくか。いや両極端に陥らず、バランスをとりながら自分なりに仕事をしていこうとするのは並大抵の精神力ではできないことだ。

 クイズに正解すれば有給を取ってもいいと社員にメールを出した飲料会社の管理職の問題が取りざたされているが、この会社では若い社員は「有休はとれないもの」と思い込んでいたという。悲しい話である。

 有給(年次休暇)が管理職や社長、校長が付与するものと勘違いし、「年休いただきます」という言い方を若者に教えていた教員がいた。

 有給は誰のものでもなく、法律が労働者に付与した権利であることは中学までの社会科の学習で学んでいる。にも拘らず「いただきます」なんてご飯を食べるように言ってしまうところが、この国の「労働現場」の由々しき実態だ(有給(年休)は「取ります、取得します」が正しい言い方だ。周りへの気遣いは大事だが、互いに互いの足をつかんで離さないような状況が現場に蔓延しているように思う)。

 話を元に戻そう。私はKさんに好きな映画をどんどん見てほしいし、自分のテーマである天文学についてももっと積極的に時間を割いてほしいと思う。しかし、そのためにはそんな発想などとっくになくしてしまった教育行政と校長ら管理職とぶつからざるを得ない。そのしんどさと労力を考えると二の足を踏むのはよく理解できるのだが、それでも「もっと自由を」を求める気持ちも必要ではないのかなと思う。

 

 法律など原理原則だけで闘うことにリアリティをもたせることは簡単なことではないけれど、一方原理原則がなければ始まらない議論もあるのだということも、考えてほしいなと思った。

 

 Kさんの乗る徳島便は、台風の影響で到着便が遅延し、45分遅れて羽田を飛びった。

 

カメラを止めるな!」の話はまた後日。

 

 

 門井慶喜銀河鉄道の父』(2017年下半期の直木賞受賞作)がとっても面白かったので、最近思い立って『東京帝大叡古教授』『家康、江戸を建てる』『屋根をかける人』を図書館から借りて読んだ。どれも面白かったが、『家康』が格別に秀逸。

 

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