10月の映画備忘録①:『BAD LANDS   バッド・ランズ』『ほつれる』そして『月』

10月の映画備忘録①。

 

10月12日

『BAD LANDS   バッド・ランズ』(2023年/日本/143分/原作:黒川博行/脚本・監督:原田眞人/出演:安藤サクラ・山田涼介・宇崎竜童・江口のりこ天童よしみ/2023年9月29日公開)

 

封切りから2週間経っていなかったが、客の入りはあまり良くなかった。

143分は結構な時間だが、飽きずに最後まで。黒川博行の原作は読んでいないが、他の小説も含めてエッジの効いた作風が再現されていたと思う。

 

派手なアクションは少ないが、細かなところまで手の込んだ細工が施され、彼らが根城にしているバッドランズをはじめ、私たちが見知っていない世界をイメージ豊かに描いていて楽しかった。

安藤サクラのうまさは際立っていて、そこに宇崎竜童や天童よしみなどの脇役がとっても良い。とにかくすきのない映画。

原田眞人監督は話題作、大作の多い監督だが、今ひとつ、入り込めない映画が多かった。今までに彼の傑作と私が勝手に決めているのは『我が母の記』。全作見たわけではないが、本作は2番目に良い作品。

10月19日

『ほつれる』(2023年/日本/84分/監督・脚本;加藤拓也/出演:門脇麦・田村健太郎染谷将太黒木華・古館寛治ほか/2023年9月8日公開)

 

 

演劇界で注目を集める演出家・劇作家の加藤拓也が、映画監督デビュー作「わたし達はおとな」に続いてオリジナル脚本で撮りあげた長編第2作。「あのこは貴族」「愛の渦」の門脇麦を主演に迎え、ひとりの女性がある出来事をきっかけに周囲の人々や自分自身と向きあっていく姿を描く。

夫・文則との関係がすっかり冷え切っている綿子は、友人の紹介で知りあった男性・木村と頻繁に会うようになる。ある日、綿子と木村の関係を揺るがす決定的な出来事が起こり、日常の歯車は徐々に狂い出していく。

夫・文則を「すばらしき世界」の田村健太郎、木村を染谷将太、綿子の親友・英梨を黒木華がそれぞれ演じた。(映画.comから)

 

面白くなりそうでなかなか面白くならない。何かあるのかなと思って裏を覗いてみても深みがかんじられない。そんなふうにしか見られなかった。若い人は違う見方をするのかな。

タイトルが意表を突いていて良い。その分退屈だったのは残念。

 

10月19日

『月』(2023年/日本/144分/原作:辺見庸/脚本・監督:石井裕也/出演:宮沢りえ磯村勇斗・オダギリ・ジョーほか/2023年10月13日公開)

 

 

     夫と2人で慎ましく暮らす元有名作家の堂島洋子は、森の奥深くにある重度障がい者施設で働きはじめる。そこで彼女は、作家志望の陽子や絵の好きな青年さとくんといった同僚たち、そして光の届かない部屋でベッドに横たわったまま動かない、きーちゃんと呼ばれる入所者と出会う。洋子は自分と生年月日が一緒のきーちゃんのことをどこか他人だと思えず親身に接するようになるが、その一方で他の職員による入所者へのひどい扱いや暴力を目の当たりにする。そんな理不尽な状況に憤るさとくんは、正義感や使命感を徐々に増幅させていき……。(映画.comから)

 
本作のオフィシャルサイトに佐藤幹夫さんの文章が掲載されている。津久井やまゆり園 「優生」テロ事件、その真相とその後:戦争と福祉と戦後思想』の著者として、映画にきっちりコミットしたいい文章。
 
 
冒頭からややつくり込み過ぎの感あり。震災を思わせるイメージも含め、施設内の照明の照度など、どこかホラーぽい。監督の大衆性のなせるところか。
しかし流れる重い空気の緊張感は最後まで持続、144分の長尺も気にならない。編集の妙なのか次々に現れるシーンのどこも気が抜けず、テンポの良い展開。
辺見庸の原作ではあるが、設定も含めほとんど石井監督のオリジナル脚本。障がい者の起用も変な忖度がなく、映画の中に自然にきっちり埋め込まれている。彼らとキャストの間の化学反応については、オフィシャルサイトに、映画へのコーディネイトをした地域交流古民家カフェ(AGARA〜あがら〜)の施設長上野山盛大さんが文章を寄せている。
 
脚本は、佐藤さんの本はじめ関連本や裁判記録など資料をかなり読み込んだ上に、3歳の障害を持つ子を亡くした宮沢リエとオダギリジョーの夫妻、歪んだキリスト者の家庭の二階堂ふみの一家が抱える心的な問題を丁寧に事件に重ね、さらに「きいちゃん」と作家堂島洋子(宮澤りえ)の思考と言動を何度も反転させるという、演劇的な手法で事件の深みにまで辿り着いているように感じた。ただ裁判がそうだったように、この映画でも磯村優斗演じるさとくんの背景が浮き上がってこず、さとくん自身が犯行にたどり着くままでの過程がやや皮相的になってしまい、堂島洋子と十分な対称とならなかったのが残念。
裁判で明らかにならなかったこの部分をもっと描いても良かったのではと思った。
 
劇場の、私がいつもきまって坐る席の隣に車椅子用のスペースがあって、この日は介助者と一緒にかなり重度と思われる障害の女性が見にきていた。後半、さとくんが凶行に及ぶシーンの直前に「ヒーッ」という声にならない息もれのような音が聞こえた。映画の受け止め方が決定的に違っていて、隣にいながらその方の距離の隔たりの大きさを感じずにはいられなかった。
ラストシーン、とっても工夫されていて、エンドロールへの移り方にも余韻が感じられた。絶望的な凶行を描くだけに終わらずに、わずかでも小さな希望のようなものを入れたかったのだろう。
この事件を単なるキワモノにせずに正面から見据え、描こうとした石井監督に拍手を送りたい。
 

それから宮澤りえの演技のポテンシャルの高さ、深さ。『紙の月』を軽く超えてしまった感がある。


一つだけ不満を言えば、事件に差し掛かるまでの登場人物自身への問いかけが、〜それは映画を見ている観衆にも向けられているのだが〜やや倫理的に問うことに傾き過ぎていて、この事件のもつどこか腑に落ちてこない奇妙なわからなさ、気味悪さがいまひとつ伝わってこなかった。それはやはり、さとくんの描き方の薄っぺらさに起因、直結しているような気がしてならないのだが。
それぞれの「月」、その見え方の違いの問題だ。
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