今朝の散歩はことのほか寒かった。
北風が少しでも吹くと、体感温度はぐっと下がる。
ここ最近、イソヒヨドリをよく見かける。
昔からこの鳥をよく知っているような言い方だが、実は数日前に初めて耳にした名前。
米寿を迎えた同じマンションの別棟に住むAさん。境川河畔ですれ違った時に
「このあいだの、あれね、あれはイソヒヨドリでした。なんかぼく違ったように云ったかもしれない」
2,3日前、望遠レンズのついたカメラのファインダーを見せてくれたAさん。
背中が青い鳥を見せてくれた。
カワセミよりずっと大きく、ころっと少し太っている。
ヒヨドリと名がついているが、ヒヨドリ科ではなく、ヒタキ科の鳥だとのこと。
ファインダーをのぞいた次の日、写真よりずっと色のくすんだイソヒヨドリ発見。
「あんまり、きれいじゃないね」
そして今日、フェンスにとまっている色鮮やかなイソヒヨドリを発見。2メートルまで近づいたが、素知らぬ顔をしている。
体長は20㎝ほど。背中が青く、腹が褐色。
帰り道。お名前は知らないが、これまたかなり長い望遠レンズのついたカメラをもった顔見知りのおじさんに会う。さっきイソヒヨドリを見ましたよと、まるで昔から知っているかのように云うと、
「ああ、最近よく見るね。色のきれいなのは雄なんだよね。メスは全然きれいじゃない」
さすが、この方、何でもよく知っている。昨日、今日の私たちとは年季の入り方が違う。
少ない知識を総動員して話しを合わせている私たち。
おじさん、急に何か思い出したようにカメラバッグをごそごそと探っている。
「そうそう、これあげる」
写真。それもカワセミの。4枚も。
「いいんですか」
「ああ」
自信作とお見受けした。
これはブログで紹介するしかない。もったいないので、出し惜しみしながら1枚ずつということに。
今日はもうおひとり、おじさんとおしゃべりをした。
私たちは1時間強の散歩の途中、2度1,2分休憩する。あったかいお茶を飲むのである。
その二度目の休憩場所のベンチに、これも顔見知りのおじさんが坐っていた。いつもは挨拶だけなのだが、今日はポケットから手帳が出てきた。
このかた、自転車の後部座席のかごを掴んで押しながら散歩している。
何の苦もなく自転車を押しているのだが、どう見てもそんな恰好で自転車を押せば、ハンドルが右に左に回ってしまってまっすぐ前に進むのは至難のわざ。
いつも、「あのおじさん、すごいねえ、器用だねえ」と話していたので、
「自転車押すのってむずかしいですよね」と声をかける。
笑いながら、
「慣れれば何とかなる。あんまり遅いと前に進まないから、いい運動になるんですよ」
「それより、あなたたちは毎日いつも二人でよく頑張っているねえ」
褒められた。手はその時、するっと胸元から出てきた。
「実はこれね、僕が彫ったの。50過ぎくらいにね」
布袋さんの赤く塗られた木像の写真。大笑いしている布袋さんが扇を振っている。
精密なだけでなく、ゆったりした布袋さんの顔は、目の前のおじさんにそっくりだ。
聴けば大きさは30㎝。素材はケヤキ。ケヤキは鑿を入れる向きを間違うと割れてしまうデリケートな素材なのだとか。
手帳には関さんという名前が。
関さんはかつて埼玉で料理人をやっていたのだとか。お見受けするところ、70代も後半だろうか。
古道具屋で木像を掘るのみを買い求めに行ったところ、少し割れた超高級砥石を持ち込んだ人がいたのだとか。時価200万円ぐらいするそうだが、傷ありということで4000円で手に入れた。その砥石を使ってのみを研ぎ、この木像を彫り上げたのだそうだ。
話はなかなか途切れない。
さっき、鶴間公園内のトイレに寄ってきてよかった。そうでなければ危ないところ。
関さんのお話は、明るい。押しつけがましくない。時々奥さんが登場する。穏やかな性格が伝わってくる。でも、少し長い。
こういうおしゃべり、散歩の醍醐味。でも私一人だとまず話しかけられることはない。
Mさんは、割合だれかれとなく気軽に挨拶をする。本人は
「そんなことないよ。ちゃんと私だって・・・」というが、そのせいもあるのだろう。
いかつい不愛想な前期高齢者より、にこにことあいさつをしてくれる女性の前期高齢者のほうが話しやすいことは間違いない。
ああ、きょうは映画の話を書こうと思っていたのに。