昨日(8日)は、朝からひどい雨。散歩は中止。雨中、買い物に出かけたが、体感温度がかなり低かった。午後には日差しが出てきたが。
今日(9日)はうってかわって、ことのほかあたたかい。風もない。散歩ははなから手袋とネックウオーマーなし。
つい「小春日和の・・・」と云いたくなるが、小春は冬の季語。年が明けるとつかわない。
他に適当な言い方が見つからない。
春の訪れを感じさせる暖かい日、とでもいうしかないのだろう。
ゴーン氏がレバノンで記者会見。
yahooから
我が世の春か。とくとくとしゃべりたてたらしい。これを見た森法務大臣、こちらはなんだかたどたどしく、
「わが国の司法制度や運用について誤った事実をことさらに喧伝(けんでん)するもので、到底看過できない」
「身の潔白を主張するのなら、正々堂々とわが国の司法制度のもとで公正な裁判を受けるべきだ」
「弁護人とも自由に話し合える保釈中だったのに、旅券を提示せず不法に逃亡したのは子供たちにも説明できない信義にもとる行為だ」
人質司法と言われる現状について、あるいは拘留中にだらだらと漏れ続けるリーク情報について、入国管理のでたらめさについて、何も言っていない。
日本の裁判所は、拘留機関なんて検察の言うがままに延ばしてしまうんだから。
ゴーン氏が罪状の中身を抜きに「正義」をうそぶくのもおかしいが、世界から非難されている死刑制度、とりわけ暮れに執行命令を出した日本の法務大臣が、自国の司法制度の問題点を指摘せずに主張するのもおかしい。
ゴーン氏に対する国際世論の批判がどこか腰がくだけているのは、国際世論、報道が日本の司法に対して不信感をもっているからだ。
「日本では捜査機関から独立した裁判官による審査を経て令状を得なければ捜査機関が逮捕することはできない」
と森大臣は云うが、
裁判所が逮捕状をだしても、官邸に忖度する警察官僚が握りつぶす国。伊藤詩織さんを強姦した山本敬之はいまだに逮捕されていない。
こんなことが通用する国の司法、自国民である私も信用していない。
ゴーン氏の引き渡しだが、外交辞令は飛び交うが(これぞ比喩ではなくほんとうの外交辞令)、じっさいにゴーン氏の引き渡しとなると「話は別」。
2016年現在、日本は2か国、フランスは96か国、イギリスは115か国、アメリカは69か国、韓国は25か国と犯罪人引渡し条約を締結している。 (Wikipediaから)
日本はアメリカと韓国とだけしか犯罪人引き渡し条約を締結していない。
異様なほどの少なさ。
いまだに諸外国は日本と犯罪人引渡し条約を結ぼうとはしていない。
この数こそが、日本の司法の運用のおかしさを物語っている、といわれる。
何が問題か。
容疑者の人権が守られていない、ということだ。
極端な話、自国に逃げ込んできた犯罪人が、逮捕された国に送還されれば生存すら保障されないとなれば、当然のごとく引き渡しはなされないだろう。
日本では当たり前となっている容疑者への取り扱い、とりわけ辺野古基地闘争で逮捕された山城議長の長期拘留にみられる、罪状を認めなければいくらでも拘留を延長するというやり方は、諸外国では明らかな人権侵害と考えられている。起訴されればほぼ100%の有罪率、接見や拘留の環境、さまざまな制限、容疑者であるのにまるで犯罪者のような扱いをされる現状。ゴビンダ・マイナリさんのことも忘れられない。
日本のマスコミはたった2国としか犯罪人引渡し条約を結んもらえないこの国の「司法」について、なぜもっと厳しく批判しないのだろうか。
さて、昨日のレバノンでの記者会見、2時間を超えたと言われるが、当初予想されたゴーン氏の「失脚」に、一枚かんでいると言われる日本の政治家の名前は出なかった。
小出しにしながら揺さぶりをかけるという、ゴーン氏の流の手法なのだろうか。
そうやて、はたしてゴーン氏は逃げ切れるのだろうか。
日本は、一近代国家として諸外国との外交を積み上げ、どこに出しても恥ずかしくない制度改革を行うべきでないのか。そうして日本でまっとうな裁判をすることが、
「身の潔白を主張するのなら、正々堂々とわが国の司法制度のもとで公正な裁判を受けるべきだ」
につながるのではないのか。
でも、そもそも「公正な裁判」ではないというのがあちらの主張。どこまで言っても平行線。
こういう国に住んでいることを一市民として忘れてはならないと思う。