この裁判は、高松市立中学の教員が、香川県人事委員会に対し勤務条件に関する措置要求を行い、その判定の取り消しを求めて香川地裁に提訴した裁判である。前回に続いて、ここでは裁判の全体の枠組みを見た上で、判決の意義について考えてみたい。
措置要求(労働基本権が制約されている公務員の代償の制度)は2019年11月15日付けで出された。
本件合宿について
1)時間帯丙等、時間外労働として扱われるべき時間を時間外労働としていないこと
2)適法に休憩時間が与えられていないこと
3)本件合宿や1年団会議の労働時間が長時間にわたっていること等が、労基法に違反していること
これらについて措置を要求したところ、
香川県人事委員会は、2021年8月11日に以下の3点の措置については講ずる必要があるとしてが、そのほかの要求については却下、棄却とした。
その講ずるべき措置は
ア)当該業務に従事する日において7時間45分、また週において38時間45分を超えて勤
務させるよう正規に勤務時間を割り振るときは、4週間を平均して1週間の勤務時間
が38時間45分を超えない範囲で行うこと。
イ)1日の勤務時間が8時間を超えるときは、少なくとも1時間の休憩時間を確保し、そ
の時間を明示すること。
ウ)時間外勤務を命じるときは、開始時刻及び終了時時刻を明確に記録すること。
原告はこの判定を不服として、本件訴訟を提起した。
裁判所の争点の整理
争点1 請求1、3、5、9の訴えの適法性
争点2 (ア)給特条例6条の正規の勤務時間の割り振り
(イ)時間外勤務命令
(ウ)休憩時間の明示
(エ)労働時間の把握について
国賠法上の違法性が認められるか。
争点3 損害額
ここでの原告の請求1、3、5、9については、(上)で示している通り。
請求2は、香川県が判定で認定した違法事実について適正な行政行為を行え。
請求6は、集団宿泊行事実施における業務について、教育職員に違法な業務が行われた場合責任者に対して適正な措置を取れ。
請求7は、判定において認定された違法事実について、慰謝として相応しい行政行為を行え。
請求8は、判定において認定された違法事実以外の違法な事実につき、医者として相応しい行政公を行え。
この請求2、6、7、8が、争点2として整理され、請求4が争点3となっている。
なお、地公法47条の措置要求をせずとも、直接地裁に提訴することについては、裁判所は前置主義主義をとっており、一旦は措置要求を行い、その判定をめぐって提訴すべしとしている。これは、家庭裁判所における調停なども同様である。
この判定取り消し訴訟は、香川県人事委員会は一定に違法事実を認定しながら、その認定の範囲について大きな疑義、不服があって、その是正を求めている点、さらにその違法行為に対する国賠法上の責任、損害賠償を求めた点に大きな特色がある。
ここからはそれぞれの争点について当事者の主張を見ていく。
争点1 請求1項(判定の取り消し)の適法性について
【被告の主張】
措置要求は職員の勤務条件の維持・改善を目的としているが、措置要求を行った公務員が離職した場合、判定による実益が失われ、取消訴訟も、訴えの利益はない。
【被告の主張】
判定は時間帯丙を労働時間に当たらないと判断している点が違法。生徒の体調不良や問題行動があれば教育職員は対応する必要があり、明治的に職務命令がなされていなくても、時間帯丙は労働時間に該当する。
【裁判所の判断】
「原告は、令和6年3月31日に再任用期間を満了し、その後人気は更新されておらず、口頭弁論終結時に、高松市職員の地位を失っている」から「訴えの利益を欠くものというほかない。」として却下。
争点1の請求、2、3、5、9の適法性
【原告の主張】
本件合宿における教育職員らへの違法を止めること。
【被告(人事委員会)の主張】
非申請型義務付け訴訟(行政庁に申請をして、その申請に対する処分がなかった場合に提起される訴訟。一方、非申請型義務付け訴訟は、申請の有無に関わらず、行政庁が本来行うべき処分を怠った場合に提起される=筆者注)においては、「一定の処分又は採決」を特定する必要があるが、原告は「一定の処分又は採決」が特定していないから訴えは不適法。
又香川県は本件判定に基づき、高松市立中学校校長に対し地公法47条がとるべき措置をすでに実施しているので、原告の請求には理由がない。
3項、6項、8項について
原告の義務付を求める行為の内容や法令の根拠が特定されていない。訴えは不適法で、原告適格も認められない。
【被告(代表者教育員会)の主張】
違法な業務等の内容が不明。「一定の処分又は採決」の内容が特定されておらず不適法。
争点2及び争点3について
【原告の主張】
・校長には法を遵守し、違反した業務を原告に労働させてはならない注意義務がある。
・本件合宿の態様から教育職員が校長の指揮命令に基づく業務に従事したことは明ら
か。
・条例、規則において特定の日において7時間45分、特定の週において勤務時間が38時
間45分を超えて勤務させる場合、週あたり平均勤務時間は38時間45分を超えないと
定めているが、本件合宿及び一年団会議の平均勤務時間は38時間45分を超過してい
る。
・時間帯丙は、生徒の体調不良、問題行動があれば教育職員が対応することからすれば
当然労働時間に該当する。こうした長時間労働は労基32条に違反する。
・1年団会議が実施された勤務日において、休憩時間が明示的に付与されていない。
・本件合宿の時間帯乙の終了時刻が記録されていないのは、労働安全衛生法に違反す
る。
【被告の出張】
・教育職員の職務の特殊性からすれば、校長が各教育職員の業務に従事した時間を的確
に把握する方法はないし、労基法32条が定める法定労働時間を超えていたとしても、
直ちにこれを認識することはできない。
・被告が国賠法上の責任を負うのは、校長の職務命令に基づく業務が日常的に長時間に
に渡り、常態化しているなど、給特法の教育職員の勤務が無定量になることを防止し
ようとした趣旨が没却されるような場合。
・本件合宿及び1年団会議は、教育職員の自主的自律的な判断に基づきなされたもので
あり、職務の特殊性が認められる。東京高裁判決2022年8月25日判決(埼玉超勤訴
訟)の法理が適用される。
・週あたり平均勤務時間は条例、規則の制限をわずかに超過しているだけで、給特法の
趣旨を没却しているとは言えない。
・超過勤務分については、その後の勤務日や時間帯を教育職員自身が指定し、割り振り
を実施する旨申請、校長が承認する方式が採用されていた。校長が職務上尽くすべき
注意義務に違反したとは言えない。
・時間帯乙は適法な時間外勤務。時間帯丙は労働時間に当たらない。本件合宿において
違法な時間外勤務命令はなされていない。
・休憩時間の明示がなされなかったのは、本件合宿と1年団会議の7日間のみ。違反の程
度は軽微。原告の健康を危険に晒すよう事実はなく、校長の注意義務違反はない。
・校長は、時間帯乙のの打ち合わせに参加していたから、記録はしなくても終了時刻は
把握していた。原告が長時間の時間外労働を強いられていた事情もなく、正確な記録
が欠如していたことが原告の健康を危険に晒すことはなく、校長の注意義務違反はな
い。
・争点3損害については、慰謝料の支払原因となるような限度を超える精神的苦痛が生
じているとは言えない。
【各項目についての裁判所の判断】
(勤務時間把握)
・本件合宿において校長は「教員の動き」記載の業務に従事すべき旨指揮命令していた
と考えられるから、教職員の業務に従事する時間を特定、管理することは容易であっ
た。1年団会議においても会議の時間の把握、管理は可能であった。従って被告の主
張は採用できない。
(勤務時間の割り振り)
・校長の行った正規の勤務時間の割り振りは、給特条例及び特例規則2条に違反したと
いうほかはなく、職務上の義務を怠ったといえる。
校長は本件合宿において割り振るべき正規の勤務時間が大幅に加算されることを認識
していたから、適法に正規の勤務時間を割り振られるよう注意をはらうこともできた
が、校長は教育職員に通知したのみで自主的な割り振りに一任したことは職務上の義
務を果たしておらず過失があったというほかない。
違法な正規の勤務時間の割り振りにより、原告のかかる権利が侵害され、肉体的・精
神的苦痛を被ったことが認められる。
・規定を超過した勤務時間は約5時間にとどまる。合宿が学校行事として臨時的に実施
されることと脳事情を踏まえると原告を慰謝するに必要な金額は3万円とするのが相
当。
(時間帯乙、及び丙について)
・校長は時間外勤務命令を発出するときこれらを遵守する職務上の義務があった。
・時間帯乙の時間外勤務は、条例6条の2の要件を充足するため適法である。校長の職
務上の違反はない。
ここから時間帯丙においては、教育職員は自由に行動することが許容されており、校
長の具体的指示命令があったとは言えない。
・校長は緊急事態発生時には時間外勤務命令を出す可能性があると付言しているが、生
徒の体調不良時の第一次的な対応は養護教諭であり、通常の教育職員が時間帯丙にお
いて対応を求められ蓋然性は高くない。あったととしても例外的。これをもって教育
職員が労働から解放されていないとは評価することはできない。よって時間帯丙は労
働時間には該当しない。
(休憩時間)
・労基法の定める休憩時間は、当該時間に労働から離れることが保障され、使用者の
指揮命令したから離脱することを要する。本件合宿において教育職員が労働から解
放される時間は確保されておらず。休憩時間の付与、明示があったとは言えない。
校長の職務上の義務違反。
・1年団会議は4回実施、いずれも8時間を超えているにもかかわらず、付与された休
憩時間は45分である。これも校長の職務上の義務違反。
・本件では16時間を超過する時間外命令が命じられており、原告が被った苦痛は軽微
とは言えない。しかし、一年団会議などは学校行事として臨時的に実施されたもの
で、長時間労働が恒常的に命じられたものではないことから、前記苦痛を慰謝する
ために必要な金額は2万円が相当。
(労働時間の把握)
・本件において時間帯乙の終了時刻が記録されていなかったことから、校長は職務上
の義務違反。
(法律上保護された利益の侵害)
・原告は校長の職務上の義務違反によって原告が医師の面接を受ける機会を失ったと
は評価できない。これによって被告は国賠法上の賠償責任を負わない。
この判決の意義
1 勤務時間の割り振りについて
東京高裁判決(埼玉超勤訴訟)は、時間外労働の労働時間該当性を一部認めた
が、国賠法上の責任については認めていない。本判決は、時間帯乙は限定4項目
内(緊急やむを得ない場合)、丙については労働時間として認めなかったが、1年団
会議における時間外勤務については自主的自発的勤務ではなく、違法な割り振りと
明確に認め、それに対し損害賠償を命じている。その根拠は、東京高裁の「渾然一
体論」を超えて、団会議も指揮命令下にあるものであり、合宿当日も「教員の動
き」などから教員が業務に従事する時間特定、管理できたはずとして、校長の正規
の勤務時間割り振りに枠をはめたことは大きい。
また本件合宿においても、大幅な長時間勤務に対し、自主的割り振りに任せたこ
とを校長の過失とした点も大きい。校長が勤務時間を正確に把握し、条例、規則に
応じた適法な正規の割り振りをするのが義務であることを示したことは、全国の現
場に波及する重要な判断。
2 時間帯丙について
判決は、深夜時間帯にあたる時間帯丙は教員が「自由に行動することが許容されて
おり」として校長の具体的指示命令はなかったとし、緊急時には第一次的な対応は養
護教諭が行うとしているが、これは現場の現実を知らないという他ない。12歳から13
歳の中学生は集団での宿泊経験は少なく、個別に身体的精神的な課題を抱えている生
徒も少なくない。そのため事前の健康チェックは実施の2週間ほど前から始めるケー
スもあり、また保護者との面談を実施しているケースも多い。
日常の活動と違って、長時間友人と起居を共にしている分、さまざまな問題行動が
起きる可能性も少なくない。対応マニュアルがなくても、教員はいつ何時でもすぐに
対応できるよう心の準備をしているのが現場の実態である。仮眠不活動時間とは言い
切れない、いわばスイッチが入ったままの時間帯である。私の経験では2泊3日の修
学旅行、宿泊行事で睡眠時間が2時間にも満たないということも珍しくなかった。
「自由に行動することが許容されており」はあり得ない。現場を知る者からすればこれ
は明らかに労働時間と認定すべき時間である。
3 休憩時間について
裁判所は元来教員の休憩時間については、渾然一体論から校長が明確に把握できな
いという判断が多かったが、ここでは労基法34条の規定(労働からの離脱、解放)が
原則的に押さえられており、校長による休憩時間の付与、明示はなかったとしてい
る。
また1年団会議の際の8時間を超える勤務に対し、4回とも1時間の休憩時間を与えて
いなかったことも校長の職務上の義務違反と断じており、重要。これに対し2万円の
損害賠償を命じていることも、全国の現場に与える影響はかなり大きいと思われる。
4 労働時間の把握について
時間帯乙、つまり23時からの職員打ち合わせの終了時間について、校長が記録をし
ていなかったことを持って、職務上の義務違反としていることも大きい。宿泊行事に
おける「時間」は一般的に生徒の行動が主となっており、教員の行動はそれに則した
形で指示されている。この判決によって、教員のうごきは「労働時間」として把握さ
れなければならないことが明らかになったと言える。
総じて
この50年余、教員の労働時間、休憩時間をめぐる裁判では、給特法制によって多く
の基本的な労働権が不問にふされ、たとえ適用が除外されていない条項であっても、
給特法の法理によって適用されないことが当然といった風潮が裁判所の判断に長らく
続いてきた。
現在、国会の上程されている給特法改正案も成立前からその効力が疑われる代物で
給特法体制を維持するものに過ぎないし、文科省は今だに「勤務時間の内外を包括的
に評価して俸給の4%を教職調整額として支給する」などというねむたい回答を続け
ている。
しかしこの10数年の学校現場の悲惨な状況と教員不足の恒常化といった状況が相ま
って、ようやく給特法体制という岩盤が切り崩され始めているようにも思える。2019
年の改正給特法の中にきわめて不当な文言であるが、時間外在校等時間という文言も
使われるようになり、教員の労働時間も計測可能であることがあ当たり前に論じられ
るようになってきた。
ここ数年のさいたま地裁、東京高裁、さらにこの高松地裁判決では、労働時間該当
性について議論がなされるようになり、少ないとはいえ教員の労働を労基法上の労働
時間と認定するようになってきている。
今回の判決を現場の人たちがどんなふうに活用できるのか、四国の1老教員が給特
法体制に打ち込んだ杭をなんとしかして生かしていってほしいものだ。
