『ミッシング』自己犠牲とか他人のためにというのとは違う、自らのうちから湧いてくるような、突き動かされるように行動を起こすこと、それがある化学反応を引き起こす。沙緒里の変化に涙が出た。吉田作品としては『Blue』と双璧。次の作品が楽しみ。

2024年6月の映画寸評①

<自分なりのめやす>

お勧めしたい   ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

みる価値あり   ⭐️⭐️⭐️⭐️

時間があれば    ⭐️⭐️⭐️

無理しなくても  ⭐️⭐️

後悔するかも   ⭐️

 

㊻『ミッシング』(2024年製作/119分/G/日本/脚本・監督:吉田恵輔/出演:

石原さとみ 青木崇高 森勇作 中村倫也ほか 劇場公開日:2024年5月17日)

               6月14日 グランベリーシネマ ⭐️⭐️⭐️⭐️

 

「空白」「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔監督が、石原さとみを主演に迎えてオリジナル脚本で撮りあげたヒューマンドラマ。幼女失踪事件を軸に、失ってしまった大切なものを取り戻していく人々の姿をリアルかつ繊細に描き出す。

沙織里の娘・美羽が突然いなくなった。懸命な捜索も虚しく3カ月が過ぎ、沙織里は世間の関心が薄れていくことに焦りを感じていた。夫の豊とは事件に対する温度差からケンカが絶えず、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田を頼る日々。そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で育児放棄だと誹謗中傷の標的になってしまう。世間の好奇の目にさらされ続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じるように。一方、砂田は視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、沙織里や彼女の弟・圭吾に対する世間の関心を煽るような取材を命じられてしまう。

愛する娘の失踪により徐々に心を失くしていく沙織里を石原が体当たりで熱演し、記者・砂田を中村倫也、沙織里の夫・豊を青木崇高、沙織里の弟・圭吾を森優作が演じる。(映画.comから)

 

午前中、胃の内視鏡検査。鎮静剤がなかなか抜けず、帰宅してから寝たり起きたり。

エイッと声を自分とMさんにかけ、駅前のグランベリーシネマへ。封切り1ヶ月を過ぎても上映が続いている。評判も聞いている。

鎮静剤などぶっ飛ぶ勢いの映画。素晴らしかった。なんと言っての吉田恵輔監督の脚本がいい。

ストーリーは、子どもがいなくなったというだけなのだが、石原演じる母親の沙緒里の持って行き場のない揺れ動く感情の様を脚本が丁寧にトレースし、石原が見事に演じている。こんな女優だとは思わなかった。画像2

青木崇高もいい。「子どもがいなくなった」という事実の受け止め方が、沙緒里と豊では明らかに違う。ベクトルの違いだ。その感情を押し隠して沙緒里に寄り添おうとするのだが、世間体や周りとの関係の中で、ことあるごとにポロッと表に出てしまう受け止めきれない弱さ、そんな男のダメさを見事に演じている。

この二人のやり取りのリアリティは、二人の演技はもちろんだが、吉田の脚本によるものだ。

映画『空白』では、娘を亡くした父親の吹き出すような感情を古田新太が体当たりで演じたが、見ている方からは演技も演出もやや過剰過ぎ、空回りと思われ、脚本があと少しなんとかなればと思ったものだが、本作は隅々まで作りの目が行き届いていて素晴らしかった。

 

弟圭吾役の森勇作も素晴らしい。石原との絡みも迫力十分。引きずられずに自分の演技にしっかりこだわっていて、堂々と演じられている。出演映画を調べてみると『花束みたいな恋をした』『野火』『佐々木、イン、マイマイン』『騙し絵の牙』の4本を見ているが、印象が薄い。本作はたぶん出世作になるのではないか。画像4

ストーリーの展開は、我が子の他にも行方不明になった幼女の捜索に、沙緒里と豊が率先して市民への呼びかけを行うシーン。

ここで初めて沙緒里の中に世間や周囲への呪詛ではなく、希望のようなものが生まれていく。

このシーンがいい。自己犠牲とか他人のためにというのとは違う、自らのうちから湧いてくるような、突き動かされるように行動を起こすこと、それがある化学反応を引き起こす。沙緒里の変化に涙が出た。

 

ネット上での悪意に満ちた執拗な嫌がらせ、被害者の感情を逆撫でするような嘘の通報。それとは別の巷間の人々の遠慮がちな共感と手助け。現代の人々の心のありようの一面を丁寧に掘り出した。

 

自ら脚本を書いて成功している人は多くない。その意味で吉田監督は稀有な人。私の今までのベストは『Blue』だったが、『ミッシング』で双璧のベスト?となった。