『天上の花』入山法子、東出昌大が重厚な脚本とゆったりした演出に支えられ名演。

快晴。風なし。気温-2℃。初めての結氷。川面が鏡のようだ。

なかなか実をつけなかった庭のゆずが今年は豊作。


映画備忘録

12月12日(月) 『天上の花』(2022年製作/125分/PG12/日本/原作:萩原葉子/脚本:五藤さや香 荒井晴彦/監督:片嶋一貴/出演:東出昌大 入山法子 吹越満 浦沢直樹 萩原朔美ほか・公開2022年12月9日)

萩原朔太郎の娘・萩原葉子の小説「天上の花 三好達治抄」を映画化した文芸映画。

萩原朔太郎を師と仰ぐ青年・三好達治は、朔太郎の末妹・慶子に思いを寄せるが拒絶されてしまう。十数年後、慶子が夫と死別したことを知った三好は、妻子と離縁して彼女と結婚。太平洋戦争の真っただ中、三好と慶子は越前三国でひっそりと新婚生活を送り始めるが、潔癖な人生観を持つ三好は、奔放な慶子に対する一途な愛と憎しみを制御できなくなっていく。

東出昌大三好達治入山法子が萩原慶子、吹越満萩原朔太郎、漫画家の浦沢直樹が詩人・佐藤春夫を演じ、原作者・萩原葉子の息子である萩原朔美も出演。「火口のふたり」の荒井晴彦が五藤さや香と共同で脚本を手がけ、「いぬむこいり」の片嶋一貴が監督を務めた。

 

萩庭朔太郎没後80年、大回顧展「萩原朔太郎大全2022」の記念映画だというが、朔太郎は脇役。しかし吹越満の朔太郎は雰囲気があった。

主役は三好達治と朔太郎の妹慶子。

達治を演じる東出昌大は好き嫌いの分かれる俳優だが、私は嫌いではない。独特の声音がいいし、目もいい。今回もダメ男ぶりをしっかり演じている。

慶子を演じた入山法子。和服で振り返るシーンで初めて顔を見せるのだが、竹久夢二の描く美人画を彷彿とさせる。モデル出身だそうだが、すばらしく力の横溢する演技。

この映画の面白いところは、性にも食にも奔放な慶子と、才能を十全に表現しきれず鬱屈する詩人のやり場のない暴力がぶつかるところ。いくつもの性、食、暴力のシーンが強く眼をひいた。

それを動とすれば、静のシーンも、はっとさせられる美しいシーンがいくつもあった。

 

映画の後景にあるのが文学者の戦争責任の問題。

朔太郎が三好の戦争賛美の詩を批判するシーンがあるが、三好は「萩原さんだって・・・」と同様の詩を書いた朔太郎を批判する。

才能はいつだって権力に取り込まれ、利用されるもの。戦意高揚の詩を書いた高村光太郎は戦後隠遁したが、多くの文学者は新しい時代に自分を合わせて生きのびていった。

ただ、朔太郎はじめ多くの文学者や音楽家、美術家などは食うために国家と寝るしかなかった。

映画はそれをそらさずにとらえていると思った。こうしたテーマを扱うのは日本の映画では珍しい。

萩原葉子は『蕁麻の家』しか読んだことがない。朔太郎という人の独特の日常が描かれていたと記憶するが、『天上の花』も、三国港での生活(達治は慶子をこの海辺の漁村に呼び寄せる。破局まで2年間の生活が描かれる)をフィクションであるとしているが、実際はかなり正確に取材した上で書いたようだ。

物書き、文学者なんだから多少の暴力など仕方がない、我慢すべきとする風潮に異を唱え、自分を貫こうとする慶子を萩原葉子は描きたかったのか。

だとすると俳優の起用も含めそれは成功しているのではないか。

 

いくつもの時間を前後させる手法も新鮮で成功していると思った。

ただやや長いかなとも。

見かけとおおきなギャップのある入山法子という俳優は楽しみ。東出昌大も私生活ではミソをつけたが、もっとどんどん出てきてほしい。

香川照之も『宮松と山下』で静かな復帰を期している。世間は乱行ぶりを叩くが、生活の糧まで奪う権利はない。

五藤さや香荒井晴彦の重厚な脚本はたぶん原作にも支えられいいものになったのだろう。演出もあわてておらずいいと思った。