人に会う機会は多くないが、会うごとに話題に上らせる本がある。
2月に読んだ太田愛の最新作『未明の砦』だ。
2860円・角川書店
登場するのは大手自動車工場に勤務する4人の非正規、派遣社員の若者たち。
労働組合結成に来るまでのスリリングな展開は、そのベースに4人の若者が海辺の町にある「文庫」の中で「学ぶ」シーン。学ぶことで彼らの中の何かが始める。
ぶ戦後日本のアメリによる占領政策から1960年から70年代にかけての派遣会社の急増、85年の労働者派遣法の成立、そして前世紀末の派遣業務の原則自由化、00年代初めの際限のない規制緩和によって、非正規労働者が四割にも達していること、実質賃金は全く上がらず、企業は内部留保を増大させ、平均賃金はG7の中で最下位になったこと、要するに労働者がまともに扱われず、連合をはじめとする労働組合が不能化してきたこと。
さらにドイツやフランスの労働者の闘い、イギリスの女性参政権運動のサフラジェットの運動や、アメリカの黒人の公民権運動に至るまで、ひたすら学ぶうちに、彼らは自分たちが今どういう位置にいるかを学んでいく。
ストーリーは、彼らを追う刑事は、容疑者となった4人がそこで読んだ本やメモを見て彼らを「発見」していく。
ネタバレになるからストーリーは書かないが、660ページを超えるサスペンスは久しぶりにワクワクした。読み応え十分である。
若かった頃の自分を思い出した。
教員になってからの1年半ほどは「やめる」ことしか考えなかった。学校も教育もそして労働組合も思っていたものとあまりに違っていた。
そして24歳の時に日教組・浜教組を脱退、小さな独立組合に加入した。
人生で初めての大きな決断だった。
そんな経緯を重ねながら読んだ。
学校や教育をめぐる旧来の言説と現実の落差を目の当たりにして、深まるばかりの不安を前にして、新しい現実の読み解き方、地図が欲しいと思った。
日々の労働のありようを下支えできる自分の理屈が欲しかった。
手当たり次第に本を読むこと、不安を払拭してくれるのは本しかなかった。
そんな時代を少し思い出した。
声を出して彼らを応援したいと思った。
小説としてはとっても高価。
紹介した友人から「品薄で入荷待ちです」とのメールが来ている。
『未明の砦』のあとに、この夏刊行されているものを読んだ。
単行本刊行の時には太田愛の名前すら知らなかった。
『犯罪者』(上・下 角川文庫 各924円)
『幻夏』(角川文庫 880円)
『天上の葦』(上・下 角川文庫 各924円)
『彼らは世界に離ればなれに立っている』(角川文庫 946円)
ベストは今のところ『未明の砦』。