『イル・トロバトーレ』(〈友〉音楽工房主催)シンプルどころか音楽的には本格オペラ。とりわけアルトの城守香に感銘を受けた。

これじゃ、もう梅雨明けだね、とは昨日の散歩のときの会話。そうしたら、昼間、梅雨が明けたとの気象庁の発表。2018年に続いて梅雨明けだとか。そうだったかな。記憶にないけど。

 

朝、閉めていた窓やドアを全開。涼しい風が入ってくるが、9時を過ぎると、外気が温まって侵入してこようとする。窓辺に立つと熱気がムッとくる。

締めきって薄くエアコンをかける。ここ数日この繰り返し。

夕方に下がった気温が明け方まで続いてくれ、エアコンを切って寝られるので助かる。

 

境川の散歩、東京女学館大学の跡地にできたパークビレッジ南町田。580を超す部屋数。10階建ての建物のおかげで東側の遊歩道に100㍍近い日陰ができた。冬は対岸までも日陰になって寒いことこの上ないのだろうが、夏の朝にはいい具合だ。

 

 ボーダーコリーを連れて歩いていた男性。最近は犬を連れていない日が何日か続い

た。つばのある帽子と大きめのバッグをななめがけして、しっかりとリードをもつ姿が
散歩というより、狩猟で野山を歩いているような印象があってかっこう良かった。

いつも、小声でものあいさつ。

言葉を交わしたのは一度だけ。名前の知らない鳥を二人で見上げているときに、後ろから

ジョウビタキですよ」と言葉少なに教えていただいた、その時だけ。

 

何日か目に「どうなさったんですか?」とMさんが訊く。

「亡くなったんですよ」。

いろいろ聞くのもはばかられる空気。

大事に育てていたのは見ていても分かったから、落胆ぶりも想像できる。

ウチも実は・・・という話はしない。

「そうですか。つらいですね」とだけ伝えた。

「いやあ・・・」

今朝もすれ違った。いつものようにお互いに小声での挨拶をした。

 

昨夜、紀尾井ホールでシンプル形式による

イル・トロヴァトーレ』(ヴェルディ 4幕8場 イタリア語上演)

1853年にローマで初演されたもの。

オペラとしては短く休憩を入れて3時間弱。

シンプル形式というのは、まずオケがオケピではなくステージ上手にいて弦5本(パートすべて一楽器)フルート、ティンパニ、ピアノ。指揮者だけがステージ下で指揮をする。

ステージに大道具はなく、階段と箱が並ぶ。小道具の箱を移動することで8場をつくり出す。

なにより字幕がない。今まで見たオペラはすべて字幕がついていた。緞帳上部に横向きにあるいは袖に縦に電光掲示板が設置され、歌手が歌う中身やあらすじが次々と映し出される。それを見ていれば、オペラの流れはわかるのだが、オペラ自体がそれほどしっかりした筋だてになっていない、飛躍が多かったりするから、あまり役に立たないことも多い。

 

主催は〈友)音楽工房。98年からこうしたシンプル形式のオペラ上演を続けているという。

字幕がなくて観客はどうやって流れをつかむか。

この〈友〉音楽工房のやり方は、一幕ごとに演出家が出てきて、上演の流れ、意味を説明してくれる。

最初は違和感があったが、これはこれ、なかなかいいものだった。

15世紀初め。スペインが舞台。

アラゴン地方の貴族ルーナ伯爵には誘拐された弟がいた。

先代の伯爵(ルーナの父)が、かつてジプシーの老婆を火あぶりにかけたときに、なぜか弟が消えてしまったのだ。焼け跡からは赤ん坊の骨が見つかった。しかし、兄のルーナ伯爵は弟の死を信じず、いつか会えるはずと信じていた。

 

弟は実はビスカヤ山中のジプシーの村で育てられ、昼はビスカヤ侯爵に仕える隊長、夜はリュートを抱えて歌を唄う吟遊詩人マンリーコとなっていた。

母親アズチェーナ(火あぶりになった老婆の娘で育ての親)をマンリーコは愛しいたわっていた。

 

ここに一人の女性が登場する。女官レオノーラ。この人がこのオペラのプリマドンナ

 

いつしかマンリーコとレオノーラは愛し合うようになるが、それを知ったルーナ侯爵は二人に嫉妬し、何とかしてレオノーラをわが身にしたがわせようとする。

 

戦いの中でアズチェーナはルーナ伯爵に囚われる。そしてアズチェーナが実は弟を火あぶりにしたジプシーの老婆の娘であり、恋敵のマンリーコの母親であることが分かる。

 

ルーナ伯爵はアズチェーナを餌にマンリーコを捕らえる。そのことに失望したレオノーラは毒をあおったうえに、マンリーコを助けてくれれば自分は伯爵のものになると約束する。

これでレオノーラは自分のものとほくそ笑んだ伯爵のまえでレオノーラは息絶える。

我慢のならない伯爵はマンリーコを殺してしまう。

 

ここでアズチェーナが叫ぶ。「お母さん、復讐しましたよ!」

ルーナ伯爵は実の弟を手にかけてしまったのだ。

アズチェーナは、母親を殺された恨みを晴らすためにマンリーコを育ててきたというわけだ。

 

こんな話。

ほとんどセリフなく、アリアでこの流れをつづっていく。

 

関定子さんという有名なソプラノ歌手がいる。

〈友〉音楽工房が98年に第1回のシンプルオペラを上演したときの演目がこの『イル・トロバトーレ』だそうで、その時のレオノーラ役が関定子さん。そして今回も。

彼女は今年喜寿を迎える。衰えを見せない歌声は年齢を感じさせない。すばらしかった。

ルーナ伯爵役のバリトン清水良一、マンリーコ役のテノール土崎譲、その他合唱も含めてとにかくよく練られていて、まったくほころびを見せない圧巻のオペラだった。小編成のオケも時にドラマチックに時に流麗に、よく聴かせてくれた。

しかし、今回途中から惹きつけられっぱなしだったのは、アズチェーナ役のアルト歌手城守香。圧巻。アズチェーナの不気味さから哀しさまで深みのあるアルトで十分に表現。どんな体勢でも響きのある深い抑揚の歌声が出てくる。アルト好き?ではあるけれど、特にピアニッシモで聴かせる低声が素晴らしかった。ナタリー・シュトットマンまで低くない程よい低い声がステージを締めたものにしていた。

カーテンコールも何度m繰り返され、どの人にも大きな拍手が送られていたが、城守香には倍する声援が飛んだ。みな私と同じように感じていたようだ。

シンプルオペラではあるけれど、その中身は本格的なオペラだった。

 

電車、タクシーと乗り継いで家に帰りついたのは、23時過ぎ。Mさんは疲れていたが、城守さんに乾杯をして、寝た。