『コーダ あいのうた』ストーリーは変哲のないものだが、シーン一つひとつの凝集性、稠密性がすばらしい。 観衆がそこからうけとめるものは、多様で豊かで深いものだ。

映画備忘録。

5月3日。

『コーダ あいのうた』(2021年製作/112分/PG12/アメリカ・フランス・カナダ合作/原題:CODA/脚本・監督:シアン・ヘダー/出演:エミリア・ジョーンズ トロイ・コッツアー マーリー・マトロン ダニエル・デュラント/日本公開2022年1月21日)

 

1月に封切られていまだに全国で上映が続いている。こんなロングランは珍しい。

3月のアカデミー賞の作品賞、助演男優賞、脚色賞の受賞が追い風になっているのだろうが、リメイクの映画がこれほど大きな反響を得たのは、何よりろうの役者たちの演技のすごさと主役エミリア・ジョーンズの魅力によるものだ。

 

ストーリーは変哲のないものだが、シーン一つひとつの凝集性、稠密性がすばらしい。

観衆がそこからうけとめるものは、多様で豊かで深いものだ。

コーダ(coda)は、 Children of Deaf Adult/sの略称。ロッシはいわばヤングケアラー。

ろうの両親、そして兄のなかで、ロッシ一人が歌うという天賦の才能をもつ。ロッシがうたう歌を、愛する音楽を両親と兄は聴けない。

トロイ・コッツアー マーリー・マトロンの夫婦の猥雑なやり取りが秀逸。

兄のダニエル・デュラントも魅力的。彼がストーリーを締まったものにしている。

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彼らの音のない世界と、ロッシをはじめとする若者のコーラス、音楽の世界。

聴こえてくる音、とくにコーラスの練習シーンは優れている。ハーモニーに鳥肌が立った。

エミリア・ジョーンズの歌。巧い、だけでない何か人に伝える特別なものを彼女はもっているように感じた。

聴こえない音を聴こうとする夫婦、これにもしびれた。ろうにはろうの聴き方があるということだ。

 

映画はろうの人たちの世界をしっかりと見せてくれた。

障害が単なる「負」ではなく、人と人との関係の中で「0」になる可能性を示してくれた。稀有な映画だと思う。

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メキシコ出身の音楽教師を演じるエウヘニオ・デルベスが印象的。エキセントリックな演技の中に、人間としての明確なバックボーンがあることを示してくれた。

リメイクとはいえ、脚本は監督のシアン・ヘダーが書いている。キャスティングの確かさとセリフの巧さ。これまた一級品。

元版の『エール』も印象に残っているが、本作がリメイクとして全く別の魅力を放っているのは、やはりトロイ・コッツアーとマーリー・マトロンによるもの。二人が土台をつくり、そのうえでロッシきょうだいが踊っている、そんな映画だ。