『やさしい猫』(中島京子・2021年8月刊・中央公論新社)「品川で捕まったんだ。出頭申告の前に」 「ちぇ、ひでえな、品川の職質は、オダアツのネズミ捕りみたいなもんだからな」

Mさんが図書館から借りた『やさしい猫』(中島京子・2021年8月刊・中央公論新社をまた借りした。

話題になった本なのに図書館の順番が意外に早く回ってきたらしい。読まれているようで読まれてないのか。

自分が住むこの国が、外国人にとってどんな国なのか、よくわかる本だ。

ウクライナの人を救えと、政府専用機に避難民を連れて帰った外務大臣。その避難民のために生活費や仕事を与え、学校にも行けるよう配慮するというこの国が、アジアやアフリカを中心とする外国人に対しどれほど不条理な対応をしてきたのか。

スリランカ人のウイシュマ・サンダマリさんの死だけでなく、映画『牛久』でも厳しく糾弾しているこの国の入管制度。

この小説は、ウイシュマさんと同じスリランカ人クマラさんと日本人母子ミユキさんとマヤさんの物語だ。

入管制度に対する怒りと批判が根底にあるが、そのプロバガンダの小説ではない。

小説としての完成度はかなり高い。タイトルが小説の質を高めている。

入管制度の実態を知る点でも丁寧に書かれているが、とりわけ外国人として日本に来たクマラさんの心情がよく伝わってくる。

母子とクマラさんとの会話は出色。

さらに後段の法廷のシーンは迫力満点。たくさんの人に読んでほしい本だ。

 

入管制度かみ砕いた形で表現しているところをいくつか。

 

「…マヤちゃん、なぜ、難民保護と入国管理を同じ部署の同じ人間が担っているのかってこと。変だと思わない? 助けてあげたいというのと、追い出してやるぜっていうのが、同じ部署なんだよ」

 

在留資格に問題がなくて、きちんと日本で難民申請できても、結果が出るまで、そうねえ、二年とか三年とかかるでしょ。そして申請者の九十九%以上が認定されない。」

 

「こういう、結果待ちの難民申請のことを、国連難民高等弁務官事務所は『法的幽霊』って名前を付けたの」

「法的な幽霊?」

「うん。まるで存在しないかのように、法に無視されている存在だから」

 

「ビザを出すのも出さないのも、収容か仮係放免かも、全て決めるのは入管です。空港で難民申請をしようとする人たちに対して、あなたたちは難民ではないと言って水際で追い返すのも入管がやっています」

「…在留特別許可も、法務大臣の裁量で決まります。厳密に言うと法務大臣から委任を受けた各入管の局長がが決めるんだけど、一つひとつのケースを吟味する時間がないから、下の人たちが決めたものを上にあげてハンコを押してもらう。これ、全部、入管の『裁量』です」

「自由自在な的な!」

 

小説は裁判で勝つ確率がほとんどない裁判で勝ってクマラさんは日本にいられるようになるのだが、現在も各入管に拘束されている外国人はかなりの数にのぼる。

 

ウクライナの避難民に対する対応が、日本の入管制度の運用の変化につながることを願いたい。

 

最後にMさんが唸ったところ。

クマラさんが自らオーバーステイを入管に告げようとして品川駅で逮捕されたことについて弁護士が語るシーン。

「品川で捕まったんだ。出頭申告の前に」

「ちぇ、ひでえな、品川の職質は、オダアツのネズミ捕りみたいなもんだからな」

品川駅ではクマさんみたいに入管に相談に行こうとするオーバーステイの外国人を狙って捕まえることがあるらしく、「小田原厚木道路のスピード違反を摘発する覆面パトカーみたいなもん」というと、わかる人はわかるらしい。

 

Mさんは「わかる人」。オダアツでこのネズミ捕りに2度引っ掛かっている。今でも無駄な税金を払ってしまったと嘆いている。