『花椒(ホアジャオ)の味』四川料理にホアジャオが欠かせないように、人生は合理性や理屈だけでなく、ほんのちょっとしたスパイスが大きな役割を担うことがある。 映画全体から立ち上る香りは、何処か小津安二郎を思わせる。

映画備忘録。12月13日。kikiにて。

花椒ホアジャオ)の味』(2019年製作/118分/G/香港/原題:花椒之味 Fagara/脚本・監督:ヘイワード・マック/音楽:波多野裕介/出演:サミー・チェン メーガン・ライ リ・シャオフェン/日本公開:2021年11月) 

お互いの存在を知らずに育った3人の異母姉妹が家族と向き合い、自分自身を見つめ直して生きる癒やしと成長の物語。ある日、ユーシュー(サミー・チェン)は疎遠になっていた父親が突然倒れたとの知らせを受ける。会社から病院に駆けつけるが、すでに父は亡くなっており話すこともできなかった。遺された父の携帯電話には自分の名前に似た知らない2人の名前があった。葬儀の連絡をすると、その日、台北から次女のルージーメーガン・ライ)が、重慶からは三女のルーグオ(リー・シャオフォン)がやって来た。初めて顔を合わせた3人だったが、父を亡くした悲しみを共有するのだった。一方、父の火鍋店「一家火鍋」の賃貸契約はまだ残っており、解約すれば違約金が発生する。従業員もいる。長女のユーシューは父の店を継ぐことを決意する……。(朝日新聞デジタル:坂口さゆり)

 

あらすじは単純。互いを知らずに育った3姉妹が、父の死をきっかけに出会い、父の残した火鍋の店を短い間だが引き継いでいく。その過程で起こるさまざまな出来事を描いている。

3人がそれぞれ全く違う個性を見せながら交わっていく。画像として際立っている。

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面白かった。3人それぞれが、父の死という事実を前に立ち止まらざるを得ない。そこで振り返る過去と何より「今」。みなそれぞれ父との思い出があるのだが、それぞれ違っているのは当然で、出会う中で互いに知らない父を知ることになる。

この父との思い出がどれもあざとさがなく自然。特に父役のリウ・ルイチーという俳優がまぶしくていい。その象徴が四川料理に欠かせない花椒だ。

とはいえ物語の本題は、亡くなった父親と3人の娘の間の感情のぶつかり合いではない。3人は少しずつ距離を縮め、一人の父親を共有しそれを互いのアイデンティテイーとして確かめていく。そうして父ののこした店をやりくりする。

映画の本題は、それをベースにそれぞれが迎えた人生の曲がり角で、踏み出せない一歩に向き合う瞬間だ。

長女のユ―シューは、いっとき母親を捨てて出て行った父親を許していない。亡くなった父親にも不満をもっている。3姉妹の中で最も父の近くにいながら、父との距離を持て余し続けてきた。そんなユ―シューには婚約をした男性がいるが、その男性の包容力に飛び込んでいけず、気持ちはすれ違うばかりだ。クルマの中の二人の会話がいい。父に対するアンビバレントな感情が時として顔を出す。相手役の男優はアンディ・ラウ。いい男だ。

 

次女のルージーは母親が台湾で結婚した裕福な男性の家庭にいつかない。義父も異母兄弟もやさしくしてくれるが、ルージーは実の父親と別れて安定した生活を選んだ母親を許していない。

ルージーはプロのビリヤードの選手として活躍しているが、今一つのところで皮を破れず伸び悩んでいる。

ふたりの気持ちはすれ違ってばかりだが、母親は香港の店を手伝うルージーを訪れる。

この二人の会話もいい。愛してやまない娘に伝わらない感情をもてあます母親。母親を求めながら拒否する娘。ありがちな感情のぶつかり合いだが、香港の風景とともにしっとりと伝わってくるものがある。

 

三女のルーグオを演じるのはリ・シャオフェン。『芳華 Youth』(2017年)に出演と資料にはあるが、記憶にない。

髪をオレンジ色に染めて、奔放な娘のように登場するが、抱えている問題は深刻だ。

ルーグオは母親の再婚に伴ってカナダに移住するが、結婚した母親は自分を「おばさん」と呼べと言ったという。傷つきながら重慶に戻ったルーグオは祖母と暮らす。何かと面倒を見るルーグオに祖母は良縁をと奔走するが、ルーグオは受け入れない。自分の面倒を見るよりルーグオは自分の幸せをもとめてと願うが、ルーグオはかたくなだ。

この祖母と孫のやり取りもいい。

 

このほか、父親が病院で知り合ったドクターとユ―シューの関わりなどもあり、どのエピソードもなにがしの進展をするわけではないが、それぞれに味わいがある。父の下で働いていたボクサー崩れの少年や薬物から立ち直った少年とのかかわりも父親の人柄をよく表している。

四川料理にホアジャオが欠かせないように、人生は合理性や理屈だけでなく、ほんのちょっとしたスパイスが大きな役割を担うことがある。

映画全体から立ち上る香りは、何処か小津安二郎を思わせる。

監督は女優としてデビューしたヘイワード・マック。30代にしてゆったりとした滋味深い映画をつくった。

 

無責任な言い方かもしれないが、台湾、香港、中国・・・。才能豊かな人たちがつぶされずに映画をつくり続けていけること願うばかりだ。

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ヘイワード・マック監督