『コレクティブ 国家の嘘』権益をつくりだし、集金マシーン守ろうとする亡者たちが医療システムを食い物にする。社会主義国家の悪弊が引き継がれているというが、構造は日本も同じ。モリカケも日大事件も。

映画備忘録。12月6日。

『コレクティブ 国家の嘘』(2019年製作/109分/G/ルーマニアルクセンブルク・ドイツ合作/原題:Colectiv/監督・脚本・製作・撮影・編集:アレクサンダー・ナナウ/日本公開2,021年10月2日)

ルーマニアを震撼させた巨大医療汚職事件を題材に、市民、ジャーナリスト、政治家ら異なる立場から事件に立ち向かう人々の姿を捉え、第93回アカデミー賞で国際長編映画賞と長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたドキュメンタリー。2015年10月、ブカレストのクラブ「コレクティブ」でライブ中に火災が発生し、死者27名、負傷者180名を出す大惨事となった。さらに、命を取り留めたはずの入院患者が複数の病院で次々と死亡、最終的に死者数は64名にまで膨れ上がった。調査に乗り出したスポーツ紙の編集長は、事件の背後に製薬会社と病院経営者、政府関係者の巨大な癒着が隠されていたことを突き止める。ジャーナリストたちは命の危機を感じながらも、真相を暴くため進み続ける。一方、報道を目にした市民の怒りは頂点に達し、内閣はついに辞職。正義感あふれる新大臣は、腐敗まみれのシステムを変えるべく奮闘するが……。監督は「トトとふたりの姉」のアレクサンダー・ナナウ。

 

秋の封切り前から評判が高かったが、時間が合わず見に行けなかった。満を持して?でもないけど、ようやく見ることができた。

 

これがドキュメンタリーかというのが率直な感想。

役者(のように見えてしまう)抑制されたセリフ。

カメラはベストポジションで被写体を追う。

まるで劇映画を見ているような。

被写体となって言葉を発している人たちに気負いなど感じられない。カメラの前で人が自然に動いているように見える。

登場する人たちの監督に対する信頼度が高いということか。

アレクサンダー・ナナウは監督・脚本・製作・撮影・編集をすべてひとりで。とんでもない人がいたものだ。

 

社会主義国家の成れの果て。権益をつくりだし、集金マシーン守ろうとする亡者たちが医療システムを食い物にする。助かるべき患者が助からない。

 

10月30日に事故が起き、かなり早い段階で政府に対する抗議行動が始まり、3日後にクラブ経営者が逮捕され、1週間後には首相が辞任。

スピード感が違う。抗議行動が政治を変えようとするエネルギーを生み出す。なかなか変化は訪れないが。

 

スポーツ紙のカタリン・トロンタン記者たちが、これはおかしいと事件を取材を開始するのは1か月後。

それをカメラが追う。

対象は医療スキャンダルだ。

助かるはずの命が助からない。

亡くなった若者の家族が悲痛な思いで告発する。カメラは正面からこれをとらえる。

記者たちが打ち合わせをするシーンも印象的だ。

彼らの死亡原因が火災による熱傷ではなく、感染症によるものだということがわかってくる。

その原因は、消毒液を違法に薄めて使用していたため感染症が防げなかったということだ。

病院経営者と薬品の納入業者の癒着。

これをきっかけに、日大事業部同様、トンネル会社を通して不当な利益を上げ、その金が私腹を肥やすのと同時に政界へのわいろに使われていることがわかってくる。

消毒液の希釈も裏金作りの手法の一つだ。

日大背任事件・所得税法違反事件と構造は同じ。

政界への裏金問題まで共通している。

 

内部告発する看護師たち。

知らぬ存ぜぬを通す理事長ら。

まるで役者が演じているような臨場感だ。

 

後半は、カメラは33歳の新しい保健相を追う。ウイーンの銀行で投資部門の副社長だった人。

若さにも人物にも驚かされる。

大臣の執務室での取材はもちろん、スタッフとの打ち合わせが公然とカメラの前で行われる。

足元をすくわれかねない保健相にとっては、カメラを入れることで人々の目に癒着の実態や改革の方向を見せようということなのだろうが、なんともけれんみのない表情と行動は素晴らしい。

病院の理事長たちのバックにいる(ように見える)ブカレスト市長は、保健相はウイーンの回し者といった批判を繰り返す。

政治的暗闘が繰り広げられるが、結果として保健相はブカレスト市長に敗北する。

選挙で敗れた夜の父親との電話のやり取りのシーンは胸が詰まる。こういうシーン、つくろうとして作れるものではないだろう。

私たち見る側はカメラの後ろにいるため、保健相の視点で流れを見ることになるから、女性のブカレスト市長は「悪者」のように見えてしまうが、どうなのか。

 

保健相にも複雑な政治的な立場があるようにも見えるし、単なる勧善懲悪のドラマではないことはわかる。

 

はっきりとした結論は見えてこない。医療制度が改革されたのかどうか。ルーマニアの医療全体が、事件後どう変化したのかも正直よくわからない。

 

映画1本で国や社会が変わることはないが、利権に群がる亡者を告発する人々の姿をとらえようとする映画人たち。それは視聴者と相まって一つの社会運動だ。

日本でこれだけの映画はつくられていない。

『新聞記者』のようなドラマはつくられるが、ドキュメンタリーとして実際に起きている事件を追うものはない。日本では、規制が多すぎて、また妨害工作が激しくて核心にまで迫るのは並大抵のことではないだろう。それだけ既得権益を守ろうとする勢力の力は強い。

 

日大事件では、田中理事長に現金を渡した錦秋会の藪本被告が、安倍前首相と親密な関係にあったことが報道されている。田中理事長は「もし自分が逮捕されたら政治家に配った裏金のことを話すぞ」といったことが報じられているが、この発言の先に安倍前首相がいないとも限らない。いや、かなりの確率でかかわりがあるのではないか。藪本逮捕は、安倍首相が政権投げ出しと黒川高検検事長がかけマージャンで退場したことをきっかけに地検特捜部が仕掛けたものと言われている。

モリカケ桜を見る会も安倍の金にまつわる問題はまだ何の決着もついていない。黒川が灰をかぶせて消しまわった火は、まだ熾火となってくすぶっている。

唐突だが、大学病院を舞台に繰り広げられた日大事件を、ライブで追うような映画は撮れないのだろうか。たった一人の男とその取り巻きに牛耳られていたとはいえ、知識人たる大学人の中には忸怩たる思いの人もいるのではないか。彼らが口を開けば、真相は徐々に明らかになるはずだ。問題は恐怖心だけで、構造は至極簡単なのだから。

こんなことを無責任に夢想してしまう、『コレクティブ』はそういう映画だった。

 

アレクサンダー・ナナウ監督の『トトと二人の姉』(2017年)という映画も評判が高いようだ。こちらは、Amazonプライムで視聴可能とのこと。見てみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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