『キャララクター』(2021年製作/125分/PG12/日本/原案:長崎尚志/監督:永井聡/出演:菅田将暉 Fukase 高畑充希 小栗旬 中村獅童/2021年6月11日公開)  ロングランの理由がわからない。誰か教えてください。

8月5日、グランベリ―パークシネマ。

『キャララクター』(2021年製作/125分/PG12/日本/原案:長崎尚志/監督:永井聡/出演:菅田将暉 Fukase 高畑充希 小栗旬 中村獅童/2021年6月11日公開)

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一時の気の迷い。

6月に封切られて、とっくに終了したと思っていた『キャラクター』が、あちこちで2か月近いロングランになっていることに気がついたのが先週。近くのグランベリーパークでも早朝や深夜でなく15時過ぎに設定されていたので、ついふらふたと暇つぶしに出かけてしまった。

 

結論からいえば、どうしてこの映画が高評価となっているのかわからないということだ。そこそこ画面に重みあるし、安っぽく作っているのではないことは伝わってくるのだが、大事なところが底が抜けているというか。ひとことで言えば、

リアリティの感じられない既視感満載の安っぽいサイコパス映画だ。

Fukaseの起用は失敗とは思わないが、演技も想定もみな二番煎じ。独特の挙措や部屋のつくりは「ああ、こういうのね」という感じ。

 

菅田将暉はそこそこやっているけれど、面白くない。

 

 

漫画のアシスタントの山城圭吾は、一本立ちを目指して努力するも、その性格のやさしさから際だつキャラクターがつくれない。

ある夜、「先生」の指示で住宅のデッサンを描きに自転車を走らせる。

一家団らんの温かさを感じる「家」を見つけ、外からデッサンをしていると、家の中からクラシック音楽が大音量で聴こえてくる。山城が門扉から中を覗いていると、隣の住戸の住人が

「知り合いなら静かにするように言ってくれ。さもないと警察を呼ぶぞ」。

そういわれた山城、門扉を開け中へ。ドアを開けて「ごめんくださ~い!」。

 

これだけでもかなりおかしい。そのままその場を離れるのがふつうだ。

 

ところが山城、玄関に入り、靴を脱ぎ、家の中に入る。入った瞬間、足もとに広がる血のりを踏むが、そのままダイニングへ。

ダイニングでは4人家族が椅子に縛り付けられて殺されている。

その時に輪を横切る犯人の顔が見える。

 

山城は警察の取り調べに犯人の顔は見ていないと証言。

その後、憑かれたように事件を題材として具体的犯人像を作り上げ、作品を仕上げる。

週刊誌の連載は大変な評判となり、山城夫妻(高畑充希が妻)は安アパートから超高級マンションに移っている。

 

小栗旬中村獅童の神奈川県警「単独行動班?」が捜査を開始、山城の連載と事件が酷似していることに気づく。

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それほど売れている作品なら警察でなくてもその類似性に気がつくはず。

ところが気がつくのは漫画好きの小栗旬だけ。

 

犯人の両角(Fukase)は、連載を模倣しながら殺人を続け、しまいには山城の身辺にまで現れ、「共犯」を促す。

 

警察の捜査の描写もルーズすぎる。

なんどか数十人体制の操作が行われているかに見えるが、会議のシーンのみ。ほとんどは小栗ら二人で捜査。なかなか両角にたどり着けないばかりか、逆に・・・。びっくりさせられるシーンはこれだけ。

 

監視カメラをたどれば、姿を現した犯人の動きは今ではかなりの部分把握されるはず。

クルマを使っての犯罪も単独犯ならばNシステムに捕捉されれば逃げ切れない。

 

一介の刑事が個人的にアタマをつかってやる捜査なんていまでは成立しないのではないか。まして暴走族上がりの刑事とか居酒屋で捜査対象と呑んでしまう刑事とか。

 

穴だらけ、つっこみどころ満載のこの映画が、なぜこれほどのロングランとなっているのか。

私のみた回は、半分近くの座席が埋まっていた。みたところ高校生から大学生くらいの男女がグループで来ている。本編が始まってもしばらくはポップコーン片手にスマホの画面をのぞき込みながらおしゃべりしている。私だけがかなり浮いている。

こうした若者の間で「高評価」となっている原因がわからない。どなたか教えてください。

 

比べては何だけど、菅田将暉のサスペンスなら『3年A組今から皆さんは人質です』のほうが、断然面白かった。リアリティのなさはどっこいどっこいだけど、ストーリーの重層性と菅田将暉演じる教員と3年A組の生徒とのからみはかなり深みがあった。

人気俳優菅田将暉の映画としては本作は残念なものだった。