映画備忘録
7月27日の2本目。
『やすらぎの森』(2019年製作/126分/G/カナダ/原題:Il pleuvait des oiseaux/ゲンサク:ジョスリーヌ・ソシエ/監督:ルイーズ・アルシャンボー/出演:アンドレ・ラシャペル ジルべーと・スコット他/2021年5月21日公開)
配給会社も簡便かつ安易なタイトルをつけるものだ。
映画は、つかの間のやすらぎの場を追われる人たちの話。
その中心が、山で気ままに暮らす老人たちの中に突如入りこんでくる老女ジェルトルード。彼女は新しい生活の中で名前をマリー・デネージュと変える。
カナダ・ケベック州の深い森で静かに暮らす年老いた世捨て人たちの姿を描いた人間ドラマ。カナダ・ケベック州、人里離れた深い森にある湖のほとり。その場所にたたずむ小屋で、それぞれの理由で社会に背を向けて世捨て人となった年老いた3人の男性が愛犬たちと一緒に静かな暮らしを営んでいた。そんな彼らの前に、思いがけない来訪者が現れる。ジェルトルードという80歳の女性は、少女時代の不当な措置により精神科療養所に入れられ、60年以上も外界と隔絶した生活を強いられていた。世捨て人たちに受け入れられたジェルトルードはマリー・デネージュという新たな名前で第二の人生を踏み出した。日に日に活力を取り戻した彼女と彼らの穏やかな生活。しかし、そんな森の日常を揺るがす緊急事態が巻き起こり、彼らは重大な決断を迫られるようになる。
映画ドットコムから
これだけを読むととってもわかりやすい「人間ドラマ」?なのだが、この映画、「やすらぎ」とは程遠い。
山中で大麻を育てながら(これが彼らの現金収入のようだ)世捨て人のように生活する3人の老人たち。
ひとりは画家ボイチョク。自分のイメージをひたすらキャンバスに埋め込む。彼はジェルとルードが来る前に亡くなってしまう。
犬と一緒に罠を確かめ、ウサギを捕獲。家に戻りウサギをさばいているうちに気分が悪くなり、ベッドで亡くなる、隣には犬のジャックも一緒に。
残された絵に価値を見出して、発表して自分の成果としたい若い女性が3人の生活に入り込んでくる。映画のラストに彼の作品がこの若い女性のアートの一部として公開される。映画はこれに対し何ら批評しない。
二人目の男トムは、アルコール依存症とがんを発症しているが、ジェルとルードや若い女性が入り込み静かな生活が壊されていくことに我慢がならない。命が長くないことを察し、みずから死を選ぶ。3人はそれぞれ青酸カリを準備していたのだ。トムがチャーリーとジェルとルードの二人に送られるこのシーンが印象的。一枚の絵のようだ。
森の中で暮らす3人の老人の生活の自由さ、自然さを十分に引き立たせるのが森の自然の風景だ。
遠くから山火事が数日間かけてじわじわと迫ってくる。
この山火事こそ、彼らの精神的な安息地を脅かすメタファーとなっている。それは時にジェルとルードであり、若い女性でもある。
ジェルとルードは60年間の精神病棟で生活から抜け出す。ひたすら静かに守り切ってきた内的な心理を、チャーリーとの間に解放していく。
ジェルとルードとチャーリーのベッドシーン、カナダケベック地方の雄大な自然と年老いた男女の性的な営み。老いていくことが引き算のようにたくさんのことを失くしていくことではなく、関係の中に新たに積みかさねられていくものがあるということを考えさせる素晴らしいシーンだ。
ジェルとルードはおなかの帝王切開のあとをチャーリーに見せる。
子どもの性別も生死もジェルとルードは知らない。セックスはいつも看護人や収容者との間で小階段や踊り場でするもの。チャーリーとの行為にジェルとルードは「こんなにやさしくしてもらったのははじめてよ」。
予言遊びをするうちに父親に精神病ときめつけられ、60年間精神病院に収容されていたジェルトルードが、自然やチャーリーとの交流の中でやわらかい部分がどんどん開いていく。演じたアンドレ・ラシャペルの演技は自然この上ない。彼女はこの撮影が終わった直後、88歳で亡くなっている。
年老いてやすらぎのうちに消えていくといった「老い」イメージでは語り切れない「生」の強さが、この映画の中にはある。『やすらぎの森』という邦題だけがだめな映画である。