黒い雨訴訟、政権、上告断念の談話を発表。今となって遅すぎると泉下で訴える多くの被爆者、それに対し、自分の責任は棚に上げ、もうずいぶん時間が経ってしまったから、ほんとうは認めたくはないけど、仕方ないので救済してあげようという「談話」こそもっと厳しく糾弾されなくてはならないのではないか。

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7月26日、菅首相は「黒い雨」訴訟の上告断念を発表した。

この日、松井広島市長と湯崎広島県知事は官邸で菅首相と面会の予定だった。市、県ともに被告として最高裁に上告しないことを国に強く要請する予定だった。一審時も県と市は控訴をしない方針を国に伝えたが、被告でもない(被爆者手帳交付は自治体の業務)国は被爆者援護の制度設計をした立場。

 

この面会に先立って菅首相が記者会見を開き「上告断念」を発表したのは、これもまた政治判断。要請を受けて、ではなく国が主体的に「上告断念」を判断したのだということを印象付けたかったのだろう。

 

コロナに適切な対応ができず、無謀とも思えるオリンピック開催を強行した菅政権は支持率が危険水域に入っている。これ以上の支持率低下を招かないためにも、何らかの手を打たねばならず、使える物は何でも使えのたとえのごとく「黒い雨」も使ったということだ。

判決内容に対し「政府として受け入れがたい部分もある」として「談話」を発表するとした。

 

受け入れがたい部分とは「談話」の中ほどに示されている。

 

 

「今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点があり、政府としては本来であれば受け入れ難いものです。とりわけ、「黒い雨」や飲食物の摂取による内部被ばくの健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相いれないものであり、政府としては容認できるものではありません。」

 

科学的合理的な被爆の立証がなければ被爆者とは認めないというのが国の立場。これに対して高裁判決(引用は判決要旨から)

 

「黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があったことから、黒い雨に直接打たれた者は無論のこと、たとえ打たれていなくても、空気中の放射性微粒子を吸引したり、地上に到達した放射性微粒子が混入した飲料水、井戸水を飲んだり、付着した野菜を摂取したりして、放射性微粒子を体内に取り込むことで内部被ばくによる健康被害を受ける可能性がある。/黒い雨に遭った者は、「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」が認められ、被爆者援護法に寄る被爆者の認定要件に該当する。」

 

直接黒い雨に打たれなくても、放射性微粒子を体内に取り込んだ可能性は被ばく地域のいてはかなり高いということだ。さらに

「国が援護の対象とする特例区域を含め、それぞれの調査に基づき範囲が異なる三つの降雨域は、黒い雨が降ったと蓋然性が高いということができる。範囲外だからと言って黒い雨が降らなかったとするのは相当ではない。実際には特例区域よりも広範囲に黒い雨は降ったと推認される。/原告らは少なくとも原爆投下後、黒い雨降雨域の各地に雨が降り始めてから降りやむまでのいずれかの時点で、黒い雨降雨域に所在していたと認められるから、黒い雨に遭ったと認められる。」

 

76年前に原爆投下によって降った降雨域を「合理的」に特定し、それ以外のところに所在していたものは被爆者とは認めないという国の立場は、戦争遂行の主体としての国の立場から責任wもって救済を図るという視点が全く欠けている。

 

「談話」においても、

「・・・原子爆弾の投下から76年が経過しようとする今でも、多くの方々がその健康被害に苦しんでおられる現状に思いを致しながら、被爆者の皆様に寄り添った支援を行ってまいります。」

という言葉には、戦争を始めた、あるいは戦争を早期に終わらせることのできなかった国の戦争責任を厳しく認めようとする姿勢は全く感じられない。

「上告断念」など今となって遅すぎると泉下で訴える多くの被爆者、それに対し、自分の責任は棚に上げ、もうずいぶん時間が経ってしまったから、ほんとうは認めたくはないけど、仕方ないので救済してあげようという「談話」こそもっと厳しく糾弾されなくてはならないのではないか。

 

 

官邸を訪れた県知事、市長に対し

菅首相は午後5時からの知事と市長との面談では「熟慮に熟慮を重ねた」として被爆者援護法の理念を重んじる考えを伝えた。湯崎氏は面会後の取材に、「黒い雨を浴びた方々の痛みを理解してもらい、感謝したい」と述べた。」

 

互いにシャンシャン、である。とうてい彼らが「黒い雨を浴びた方々の痛みを理解」したなど信じることができないが、「救済」を決めた以上、長崎を含め原告となっていない人も含め、早急に被爆者手帳を交付すべきだ。

民間人への戦争被害は、東京大空襲をはじめ各地への多くの空襲、沖縄戦、占領地での被害も含めいまだに放置されたままだ。「痛みを理解」しているならば、国として「戦争責任」を明らかにし、被害者救済を進めるべきだ。