『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』抑圧的な社会主義国家を忌避、西側社会へ憧れて、自由な行き来が保証されるされる代わりにスパイ行為を強制されたと考えるのだが、グンダーマン自身は東ドイツの社会主義に対して一定の愛着を持っている。東ドイツの秘密警察のスパイとして西側を往来するうちに、それを利用して亡命するのならばわかるのだが、グンダーマンは統一後も東ドイツに残り、自分のスパイ行為を公表する道を選ぶ。そして、歌い続ける。

映画備忘録

6月17日 若葉町シネマ ジャック&ベテイ

 

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(2018年製作/128分/ドイツ/原題:Gundermann/監督:アンドレアス・ドレ―ゼン/出演:アレクサンダー・シェアー アンナ・ウィンターベルガー/5月15日日本公開)

 邦題は薄っぺらいが、映画は決して薄っぺらくないし、見終わってからもかなりあとを引く映画だ。

 

ゲアハルト・グンダーマンは1955年生まれ。東ドイツの炭鉱労働者だ。この広大な石炭採掘の現場が見事に再現されている。グンダーマンは仕事が終わるとステージに上がり、自ら作った曲を仲間とともに歌う。歌詞は労働現場の苦渋だけでなく、ロマンチシズムがあふれている。映画の中で18曲がうたわれるが、アレクサンダー・シェアーの歌は、グンダーマンが東ドイツボブ・ディランと言われたことを十分に裏打ちしていて歌声はこちらの奥深く染み入ってくる。映画として成功している一つの要因がここにある。シェアーの演技と歌は称賛に値する。

 

グンダーマンは、社会主義国家の労働現場にあって、党幹部が指示する生産計画が現場労働者を抑圧するものなっていることに感情的に反発。社会主義に夢を込めながら、裏切られていく。党幹部を侮辱したことに謝罪を求められるが、グンダーマンは謝らない。そして党籍をはく奪されてしまう。

しかし、一方で、秘密警察(シュタージ)はグンダーマンに接近し、仲間の動きをスパイするよう説得する。グンダーマンはさながら相互監視社会の一つのコマとなる道を選ぶ。友人を売り、その妻と結婚する。卑劣な生き方と同時に、労働者を鼓舞する歌をつくるグンダーマン。

 

1990年、ドイツが統一されると、シュタージが保持していた大量の情報が公開されていく。グンダーマンが密告したことで社会から排除されていった仲間たち・・・グンダーマン自身もまた仲間から監視され、密告されていたのだが。

 

分かりにくさ。

ソ連が占領した東ドイツでつくられた、ソ連の傀儡的な東ドイツ社会主義統一党の事実上の一党独裁(実際にはほかに3つほど政党があったが)の中で、反党的労働者として本来なら切り捨てられていく運命のグンダーマンが、シュタージのスパイとなって仲間を裏切り、西側世界へ出かけていく歌手となっていく。

抑圧的な社会主義国家を忌避、西側社会へ憧れて、自由な行き来が保証されるされる代わりにスパイ行為を強制されたと考えるのだが、グンダーマン自身は東ドイツ社会主義に対して一定の愛着を持っている。東ドイツの秘密警察のスパイとして西側を往来するうちに、それを利用して亡命するのならばわかるのだが、グンダーマンは統一後も東ドイツに残り、自分のスパイ行為を公表する道を選ぶ。そして、歌い続ける。

 

最後までわからなかったのは、なぜ、シュタージのスパイとなったのか。多くの労働者がスパイとなり、相互監視社会を構成していたのか。党に対する幻滅があるのなら、党を支えるスパイとなるのは…。

 

また、夥しい量のスパイの情報が、統一後に請求すれば公開されるというのもよくわからない。それにそれが日常的に話題とされ、かといってそれで訴追されるふうでもないのはなぜか。

 

映画は、統一後の1990年代と80年代を行き来する。

グンダーマンの中の葛藤と音楽の美しさ、このミスマッチが映画を支えていると思う。グンダーマン自身、自分の精神が、統一後の社会にあって、逆に統一されないアンビバレントな状態にあることをさらけ出しているとみていいのだろうか。

 

ナチスドイツの一員として働いていた人間がその責任を逃れるために何十年もその事実を隠して・・・というのとは全く違う人間のありよう。

「優しき裏切り者の歌」というような偏頗な言い方では表しきれない暗部があるように思えた。

 

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