『明日の食卓』(椰月美智子 2016年 角川書店)を読んだ。

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『明日の食卓』(椰月美智子 2016年 角川書店)を読んだ。

映画をみたあとだから、新鮮味に欠けるかなと思ったが、最後まで面白く読み通した。惹きつけられる小説だ。だが・・・。

 

たいてい、原作をのほうが映画より勝っている印象を受けるものだが(先日の映画『素晴らしき世界』と佐木隆三の『身分帳』もそうだった)、今回は映画のほうの印象のほうが勝っているように思えた。

3組の夫婦6人の人物造形は、映画のほうが奥行が感じられた。3家族のいくつものエピソードも、脚本化する段階で分かりやすく整理されたようだ。シーンによっては新たに書き加えられているところもある。つまり脚本がいいということ。演出も緩んだところが感じなかった。思い起こしてみても、かなりいい出来の映画だと思う。今まで見た瀬々監督のいくつかの映画の中では断トツにいい。じょうずにまとめてしまう監督という印象はもう上書きしないようにしなければ。

 

椰月美智子の文章は淡々としているが、ときに映像では表しきれない心理の深部を鋭く描く。

 

冒頭の文章

 

 ユウが、おもねるような表情でこちらを見る。その顔が腹立たしく、頬を思い切り打つ。恐怖でゆがむ顔に、更なる憎悪が湧いてくる。さっきとは反対側の頬を打ちのめし、肩を押してその場に倒す。

 馬乗りになって平手打ちをし、髪をつかんで頭をゆする。立ち上がろうとするユウを、力いっぱい突き飛ばす。まだまだこちらの思い通りになる九歳の身体。

 壁にぶつかったユウが、大げさなうめき声をあげる。その声に神経を逆なでされ、思わず蹴り上げる。それでもまだ向かって来ようとするユウを、思い切り突き飛ばす。

 血液が逆流したみたいになって全身が熱くなる。何かに突き動かされるように、髪をつかんで力任せに頭を床に打ちつける。肩が持ち上がるほど息が荒れ、汗がしたたり落ちる。

 ぐったりしたユウを見て、一つ仕事を終えたような感覚になる。もやが晴れるみたいに、ようやく頭の中がクリアになっていく。